第26話 あるバイト門番の潰し合い

「失礼しまーす! お会計の方、こちらになります」


ニーナさんは、すっかり元気の無くなったフェイさんに、お会計の金額が書かれた伝票を手渡す。


フェイさんは、金額を確認するや否や、無言でルートさんの前に滑らせる。


ルートさんも金額を確認すると、再度、フェイさんに突き返す。


「な、何してるんですか? もう、帰りましょうよ!」


俺は、この店の会計で揉めるのが一番嫌いだ。


「お前は一旦、黙っていろ。なぁ、ルート。お前が予約したコース、思ったより高く無いか?」


「そう? 私からしたら普通だけど……」


「普通か? それなら、このお土産代、四万ロームって何だ? お土産何て、何も貰ってないぞ」


「……そ、それは、新人達の為に、後日発送って事で……」


「そうか、お前に聞いた俺が悪かった。ニーナ! ちょっと来い!」


「はい! 只今、向かいます!」


ニーナさんは、駆け足でフェイさんの元に向かう。


「このお土産代とは、何か説明してくれるか?」


「これは、予約時に注文頂いた人数分のお土産を、明日の昼頃に、ルートさんまで届ける約束で料金に含ませて頂いてます!」


「ほう、それじゃあ、一人五千ロームもする、そのお土産って何だ?」


「これは、当店が独占販売している人気銘柄、バツポロを一人当たり、二カートンでご用意させて頂いてます!」


フェイさんは、伝票をルートさんの前まで滑らせると、今度はアーチの方に伝票を滑らせた。


「お前なぁ、そろそろ観念したらどうだ? 後輩の前でみっともないぞ」


「違うのフェイ、これは誤解だわ! そうだ、やっぱりみんなで折半しましょう! その方が平和に済むと思うの!」


「なら、どうして金が無いって分かりきってるアーチに紙を渡したんだよ?」


「無いって決めつけるのも可哀そうでしょ!」


「こいつが、飲み会に金を持って来た事があったか?」


「失礼だな! あたしだって少しは持ってるよ! てゆーかさ、そもそも、今回は二人で折半するって言ってたんじゃないの?」


「そのつもりだったぞ。ちゃんとした伝票だったらな」


「じゃあもうさ、あれで決めた方が早いんじゃないの?」


「久しぶりにあれをやるのか」


「そうね、その方が公平よね」


「ちょっと待て! 絶対に俺はやらねえぞ! 俺は先に帰らせて貰う!」


セルドは、が何かを理解している様で、慌てて個室から出ようと試みる。


「具現出力、【氷壁アイスウォール】!」


すぐさま、分厚い氷の壁によって出入口は封鎖されてしまった。


「フェイ! てめえ、何しやがる!」


「一々説明させるなよ。金が掛かってんだ、参加者は多い方がスリルを味わえるに決まってるだろうが!」


何? 金が掛かってるだと!?

だからセルドは一早く逃げようとしたのか。


だが、俺達三人は新人であり、この回の主役である筈だ。

今回は、高みの見物をするとしよう。


「新人共! 勿論、お前達も参加してもらうからな」


「ふざけんなよ! 俺達まだ一回も給料貰ってねえぞ!」


「その通りだ、着火マン」


「止めろトーマス、その名で俺を呼ぶな」


「ルー姉! 今すぐにあのクソリーダーを止めてよ!」


「……ごめんなさい、メリサ。私にはどうしてもあの人を止める事は出来ないの……」


「どうして! 何か弱みでも握られてるの?」


「ううん、私もね、少しでも負ける確率を減らしたいのよ」


「ルー姉!! 全然納得出来ないよ!」


「メリサ、社会はこういう物よ。納得出来なくても、参加しなさい」


「そんな!」


こうして、この密室に集ったニーナさんを抜いた八人は、有無を言わさず、全員がに参加する事となった。


フェイさんが意気揚々と、机に散らばっている箸を八本集め、その中の一本をニーナに渡し、残りの七本を空いている食器に指し込んだ。


「ニーナ、それに目印を付けろ」


「はい! それではこちらを入れますので、皆さん後ろを向いてくださいね」


ニーナは持っていたナイフで、箸に十字の切り込みを入れると、俺達に背を向ける様に促した。


「お前、何だか楽しんでないか?」


「違うよセルド、早く後ろ向いてくれる?」


「はい、はい」


ニーナはフェイの用意した食器に八本目の箸を入れ、中身をかき混ぜ、机に勢いよく叩きつける。


「準備完了です!」


「よし、それじゃあ始めるか!」


「何をですか!」


「決まってるだろ。ここの支払いを懸けた一発勝負のくじ引きだ」


「一人が全部払うんですか? それはあんまりですよ!」


「当たり前だろ。被害者は少ない方がいいに決まってる」


「そんな理屈で……」


「よーし、それじゃあ引く順番は、最年長からでいいか?」


「そうね、年の功って奴よね」


「あたしも賛成!」


「僕も異論はないよ」


次々と賛同する先輩達の中に、優しさの塊である筈のゲータさんまで賛同している。

何という事だ、これじゃあ、多数決で一方的に決められてしまう。


「ちょっと待った! あんたら本気でそんな事言ってんのかよ! こんなの最初に引いた方が有利に決まってるじゃないですか!」


「落ち着けカーマ、あくまで確率の話だ」


何時にもなく冷静なトーマスが、肩を組みながら俺を止める。


「けどよ、お前だって引く順番が最後になるんだぞ」


「だが、絶対に不利とは限らないだろ。俺達はそれを信じて待つだけさ。それに、こういうのは大概、悪事を働いた奴や、調子に乗りすぎた奴に決まって天罰が下る様に出来てるんだ。俺の予想では、最年長のどっちかが自爆すると思うぞ」


「……そう、なのか? お前もしかして、ヨチヨチタイムを使ったのか?」


「こんなくだらん事で使ってたまるかよ。予想だよ、予想」


トーマスの予想が正しければ、この宴会で一番調子に乗っていた人に天罰が下るそうだ。

そうなれば、今から引く最年長二人は、最初から最後まで調子に乗っていた気がする。


「行くぞ!せーの!」


「「ほい!」」


迷いの無い最年長二人は、勢いよく掴んだ箸を天井に掲げる。


「「セーフ!」」


無事に生還を果たした二人は、先程までのいがみ合いも忘れ、他人に支払いを押し付ける事に成功した喜びで抱き合っていた。

特にルートさんは、タダで八カートンもの煙草を手に入れたのだから、さぞ、嬉しいに違いない。


「おい、トーマス」


「まあ、待て。まだ焦る人数じゃない」


続いて、アーチとゲータさんが机の前に進む。


「僕の方が先に入隊したから僕が先に引くよ!」


「数週間の違いでしょ、そんなん、一緒に引けばいいでしょ」


「じゃあ、行くよ、せーの!」


「「ほい!」」


何だかんだ、一緒に引いた二人も、掴んだ箸を天井に掲げる。


「「セーフ!!」」


続いて机に向かったのは、先程、一早く逃げようとしていたセルドだった。


「セルド―!男見せなさいよー!」


「うるせぇ! お前が辞めたから俺は一人じゃねーかよ!」


ニーナさんに悪態を付きながら一人で箸を引いたメルテは、掲げる前にガッツポーズを決める。


「よっしゃーセーフだ!」


「何!? これじゃあ俺達の誰かが……」


「ああ、こんな歓迎会滅茶苦茶だ」


「トーマス、お前さっきまであんなに余裕そうだったのに」


「余裕な訳あるか、俺だってこれを喰らったら借金生活になっちまう!」


「私もだ! こんな所で今月の酒代を失うわけにはいかない!」


俺達は三人で、二つの椅子を取り合う覚悟を決め、机の前に集まる。


「皆、状況は変わらないって事か。いいかお前ら! 勝っても負けても恨みっこ無しだぞ! 恨むならこの職場を選んだ事を恨みやがれ!」


「おう!」


「分かった!」


「行くぞ!せーの!」


「「「そい!」」」


俺達は、自分から一番近くの箸を力一杯に掴み、天に掲げた。

そして、自分の箸の先に目印が無い事を確認する。


「「セーフ!!」」


俺は、反射的にトーマスとハイタッチをし、喜びを分かち合う。

って事は、当たりを引いたのは……。


「……えっ……嘘?……私、なの? そんなぁ……」


メリサは愕然とその場に座り込む。

メリサは今の出来事ですっかり酔いが醒めたのか、瞳の色も水色に戻り、口調もいつものか弱いメリサに戻っていた。


「メ、メリサ、大丈夫か?」


「か、カーマ君、私、こ、こんなに払えないよ。どうしよう?」


メリサの瞳には今にも零れそうな程に涙が浮かんでいた。

正直、酔っ払い状態のメリサになら、遠慮なく払わしていたが、いつものメリサにそんな事させられる訳がない。


だが、そんな罪悪感にさいなまれていたのは、俺だけでは無かった様だ。


「すまないメリサ、こんな事になってしまって。礼といっては何だが、今、少しくらいならここで奢ってやる。だから、泣くのは止めてくれ、な?」


「そ、そうよ、メリサ。私達で払うから何でも好きなだけ頼みなさい」


元凶を作った最年長二人が、メリサに寄り添う様に頭を下げる。


「……わ、分かったよ。ルー姉がそう言うなら」


メリサは、その後、五分程じっくりメニュー表を吟味した後、ニーナさんに注文を行った。


「す、すいません。このー、さっきボトルで飲んでたワイン、ズボズボヌーボーってありますか?」


「はい、ございますよ」


「それじゃあ、それ、ボトルで一つと樽をキープで買えますか?」


「え、えっと、ボトル一つと樽で購入ですね」


「はい、私の名義でお願いします!」


「かしこまりました!」


こうして、メリサは宴会代の支払いと引き換えに、気に入ったワインを、樽ごと手に入れる事が出来て、本人はかなり満足している様に見えた。


勿論、足りない分は、アルアルファイナンスで、立て替えて貰う事となった。

何故か、保証人に俺の名前を書いた事に、納得は出来ていないが、メリサ本人が、酔いが醒めても、特に気にしていない様で、一安心だ。


一方で、メリサに情けを掛けた二人は、六十万ロームと書かれた伝票を見て震えあがっていたが、女将さんに詰められた事もあり、最後には観念したのか、大人しく折半して払う事に決めた様だ。


寮に帰宅後は、皆で大浴場に入り、騒ぎ疲れた体を労り、次々と倒れる様に床に着いていった。

俺の初めての休日は、何とも騒がしく、あっという間に過ぎ去ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る