第7話 あるバイト門番の入寮
夜勤の警備隊に引継ぎをして事務所に引き上げる。
「やっと終わったー!」
「ちゃっちゃと帰るぞー!」
「黙れ馬鹿共っ! 今から、カーマとトーマスを俺らの寮に案内するから男共は着いてこい」
アーチとセルドさんが事務所内で、大きな声で騒ぐ中、フェイさんが場を鎮める。
「「はいっ」」
警備長は一足先に帰った様で、事務所に残った男だけで、共同生活をする寮に向かう。
「メリサは私達と帰ろうねー」
「はいっ」
一方、メリサも、ルートさん、アーチの女性組で寮に案内される様だ。
正門から延びる時計下通りから一本曲がり、壁に向かって歩みを進める。
辿り着いた先にあった第三警備隊の寮は、朝方、フェイさんが氷の塊をぶっ放した事故現場すぐ近くの、多少年季の入った、木造二階建ての建物だった。
「ここが今日から寝泊まりする所かー……」
俺とトーマスが、新しい寝床に興味を示している最中、女性組と一緒に後ろを歩いていたアーチが、何かを思い出した様に突然走り出した。
そして、事故現場を前にして急遽、立ち止まる。
「まーた、家作らなきゃだなー、メリサちゃん、ちょっと待っててね」
「はいっ」
アーチが事故現場前で両手を広げ手に魔力を集めていく。
「具現出力、あたしん家!」
すると、数秒後、事故現場の地面に変化が訪れる。
急に地面が割れ、崩れかけの民家をすぐさま飲み込んでいく。
その後、綺麗な更地となった事故現場は、アーチがありえない速さで土の魔法を器用に操り、朝見かけた、氷塊が激突する前の綺麗な民家が出来上がっていた。
何だよ、今の魔法は……。
具現出力とは、体内の魔力を使って、頭に思い描いた物を発現する、攻撃にも防御にも使用出来る、最も主流とされる魔法の使い方とされている。
朝のフェイさんが作り出した氷塊が分かりやすい例だ。
だが、アーチは、攻撃や防御の魔法が主流のこの世界において、魔法を応用して数秒の間に民家を作り上げて見せたのだ。
皆は、どう思っているか知らないが、こんな芸当を目の当たりにしたのは、初めての事だった。
「何と言う事でしょう!」
トーマスはそんな神業を前に、口調まで変えてアーチの事を讃えている。
「よし、今日の寝床は完成! フェイー、明日も目覚まし宜しくー!」
「やるか馬鹿」
そのやり取りを見て、俺達、新参物はやっと理解した。
「フェイさん、ちょっと、待ってくださいね。朝の奴って……」
「ああ、そこの寝ぼすけを起こしただけだ」
「いや、さすがにやりすぎじゃあ……」
「なら明日、お前が起こしてみるといい。この馬鹿はあの位やらないと起きんと思うがな」
「遠慮させてもらいます」
何はともあれ、フェイさんの奇行の謎が解けた所で、寮の中を案内してもらう。
俺達の宿舎は二階建ての男子寮となっており、裏には、メリサ達が入る女子寮が並んでいる。
女子寮の隣には、アーチが先程、魔法で建築した民家が並び、いつまた、寝坊して家を壊されてもいいように、寝る時にだけ使っている様だ。
それは、さておき、肝心の宿舎の中身については、男五人で共同生活するには十分な広さの居間と大浴場、トイレなどの共同スペースと、俺達の部屋が並んでいる一階があり、二階には、寮長でもあるフェイさんの個室と、半分倉庫となっているベランダが存在する様だ。
一階の部屋割りは、玄関の手前から順に、俺、セルドさん、トーマス、ゲータさんという並びになっていた。
色々、フェイさんから共同生活の説明を受けた後、少ない荷物を手に自分の部屋に向かう。
木製の扉を開けると、簡易的なベッドと部屋の中央に小さな机が置かれているだけの質素な部屋が出迎えてくれた。
今まで、少ない残金を気にしてまで、宿屋を使っていた俺にとっては、十分魅力的に見えた。
「どうだ?気に入ったか?」
お隣のセルドさんが、俺の様子を見に来てくれた様だ。
「はいっ、まだ何にも出来てないけど、気に入りました」
「なら、良かった。こないだまで、俺も隣が居なかったから寂しかったんだよ」
「そうなんですか? それじゃあ、この部屋は空き部屋だったんですか?」
「いーや、最近辞めちまった、変な先輩がずっと使ってたぞ」
「そうなんですね。変な先輩ってのが気になりますけど、これから宜しくお願いしますね!」
「おう、宜しくな!」
一人になった俺は、荷解きを済ませながら、これから寝床となる狭い部屋を軽く掃除していると、窓側の角にある柱に、刃物の様な物で乱雑に彫られた文字を見つける。
(何だよ、これ?)
近づいて目を凝らしてみると、そこには、何とも
【我 刈り取るは コネ育ちの生え抜き 我 願うは 粛清と転覆】
どうやら、この部屋の前任者は、とんだイタイ男だったらしい。
俺は、本人の名誉の為にも、柱の傷は見なかったことにして、掃除を続けた。
しかし、いくら自室とはいえ、狭く慣れない空間では、暇を持て余してしまう。
特にやる事もない俺は、気になっている大浴場行こうと思い、隣の部屋のセルドさんを誘ってみる事にした。
「セルドさん、風呂行きませんか?」
「えぇーもう風呂かよ、折角、今からお前の歓迎会を開いてやろうと思ってたのに」
「そうなんですか?」
「おうよ! これも社会人としての責任って奴だ。今から繁華街に飲みに行くぞ!」
「飲みですか!? さすがに明日も仕事なんで、今からはちょっと……」
「おいおい、カーマ、こういうのに参加するのも社会人の責任ってやつだぞ。俺にも先輩らしい事させてくれよ」
「……分かりました、行きましょう!」
こうして、俺達は、初日早々、繁華街に繰り出す事にした。
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