第8話 あるバイト門番の祝杯
セルドさんは豪快な人だが、裏表の無い後輩思いの本当に良い先輩だと心から思える。
隣の部屋になったのも何かの縁だろう。
こういう付き合いも社会人って感じがして、自分が成長した様な気がする。
歓迎会って言う位だから、先輩であるセルドさんの奢りだろうけど、最低限のお金は持っていた方が良い気がする。
俺は、銀行に二万ロームを預けている中、手持ちのの全財産、五千ロームを財布に忍ばせ、セルドさんに着いて行く。
夜でも人々の活気溢れる時計下通りに出た俺達は、目的地の冒険者ギルドに併設されているという、人気の飲食店【ヤニー亭】に向かった。
「ここ、飯も酒も旨いからよく来るんだよ、さあ、入ろうぜ!」
「はいっ!」
俺達は、店に入る前から大勢の客の声で賑わっているのが伝わる、ヤニー亭へと足を踏み入れる。
店内に入ると、そこには、既に酔っぱらっているであろう、大声で語り合う冒険者達や仕事終わりに一杯飲みに来ている様な商人まで、多くの人で賑わっていた。
「いらっしゃいませー! 何名様ですか?」
「二人ですけど、空いてますか?」
「はいっ! こちらにご案内しますね!」
ウエイトレスのお姉さんに案内され、テーブル席に着く。
すると、案内されたテーブル席の後方にあるカウンターから、聞いた事のある声が聞こえてくる。
「おっそいぞ! 二人共っ!」
「うげっ、アーチかよ!」
「わりぃ姉御、ちょっと遅れちまったわ!」
もう既に何杯か飲んでいるのだろうか、空のジョッキが置かれたカウンターの丸椅子に胡坐をかいて座るという、男、女関係無く、究極に行儀の悪い姿勢で俺達を出迎えたアーチは、待ってましたと言わんばかりに、気付けば同じテーブルに座り出していた。
「ったく、あんまり遅いから、一人で始めちゃう所だったぞー」
「とっくに始めてんだろ! アーチが来るなら来るって言っといて下さいよ!」
「だってよ……姉御が来るって知ったら、お前、断ったろ?」
「まあ、それは……」
「ともかく、今日はお前の歓迎会だ、楽しんで行こうぜ!」
「はい!」
セルドさんはやっぱり良い先輩だ。
初対面の俺に濡れ衣を擦り付けて来るアーチとは大違いだ。
「とりあえず生三つ下さい!」
アーチが気づけば勝手に麦酒を注文している。
「カーマは酒、結構いける口か?」
「店とかで飲んだことは無いんですけど、全然行けると思います!」
「なら、安心だな」
「はーい、生三つお待たせしました!」
ウエイトレスのお姉さんが、麦酒が並々注がれたジョッキを俺達の前に並べる。
「「「カンパーイ!」」」
三人でジョッキを合わせ、同時に冷え切った生麦酒を乾いた喉に流し込む。
「「「ぷはぁーーー!!!」」」
「やっぱ仕事終わりはこれでしょ!」
「どうーだカーマ! 最高だろ!」
「最高です!」
「だろ! 今日はお前の警備隊デビューの記念だ! どんどん飲んでいいぞ!」
「頂きます!」
仕事終わりに飲む酒場の麦酒は、それはもう絶品だった。
酒場の経験が無い俺に代わり、セルドさんとアーチが、頼む揚げ物や炒め物など、おすすめの摘みを片手に麦酒を飲む手が止まらない。
「コケ鳥の胸焼けと、くねくねつくね、後は、ギザギザピッツァ下さい!!」
アーチが次々に注文を繰り返す中、セルドさんは、俺に串物を渡しながら、問いかける。
「ほらよ。……でさ、カーマは何でうちに来たんだよ?」
「それなー」
「いやー……俺、ガキの頃から騎士に成りたくて。それで、田舎から王都の騎士団に入る為に出て来たんですけど、肝心の求人が無いんで、取り敢えずでバイトしようって思って、それでって感じです!」
セルドさんからの質問に、俺も酔いが回って来たのか、必要以上に真剣に答えてしまった。
正直に自分の夢を語るのは、やっぱり恥ずかしい限りだ。
「そっか、お前も大変だな……」
「カーマ、騎士なんて止めといた方がいいぞ、あんなとこ」
しみじみと話を聞いてくれるセルドさんとは対象的に、アーチは俺の夢を真っ向から否定してくる。
「……何でだよ?」
「辞めさせられたからだよ」
「そーいや、姉御は昔、騎士団に入ってたんだっけ?」
「そそ、三週間で辞めさせられたわ」
「なんで辞めさせられたんだよ? お前って、めちゃくちゃ強いんじゃねーのかよ?」
俺の問いかけに、アーチは何時もより真剣な顔つきで語り始める。
「私はその辺の騎士より強いよ。でもね、いくら強くても駄目だったんだ……私なりに努力もした、やれる事は何でもやった、団長に何度も頭を下げた。それでも……起きれなかったんだ」
「「お前が悪いんじゃねーか!」」
気付けばアーチに2人でツッコんでいた。
「でも、カーマにはあんな堅苦しい所、無理だと思うけどなぁー……」
「お前と一緒にするな! 俺は、早寝早起きは昔から大得意だ!」
「あっそ」
アーチの非常識というか不摂生の様な失敗談は置いといて、騎士団はやっぱり規律を重んじる、真面な所の様で内心、一安心だ。
そういえば、この2人もまだアルバイトだった筈だ。
急に二人の身の上話を来てみたくなった俺は、まずセルドさんに聞いてみる事にした。
「セルドさんは、どうしてバイトやってるんですか?」
「何でって、そりゃあー、俺にも夢があるからな」
「それって聞いてもいいですか?」
「……まあ、いいけどよ、笑うなよ二人共」
「笑いませんよ」
「笑わないって!」
すると、セルドさんは、顔を赤らめながら、将来の夢を語り出した。
「……俺さ、何でも良いんだけどよ、将来、この通りで自分の店を経営したいんだ」
「「プッッ」」
俺とアーチは、屈強な身体つきの男が抱く、予想外の夢に吹き出しそうになる。
「笑うなよっ! 分かってるんだ。俺みたいな図体だけの頭空っぽな奴が、経営何て出来る訳ないって。それでも、この町の商業エリアに自分の城を構えたいんだよ。だからバイトしながら地道に勉強してるんだ」
「やっぱ、セルドさんかっこいいっす! 俺は応援しますよ!」
「私も!」
「ありがとよ二人共! だからよカーマ、もう俺に敬語使うの辞めてくれよ、姉御と喋る時みたいにさ、だって、俺達もう仲間だろ?」
「分かりました! いや、分かったよ、セルド!」
「おう、俺の事は同期だと思ってくれ」
セルドさんの思いに応える為、お酒の力を借りながら勢いで呼び方を変えてみる。
お互い将来の夢を語った後という事もあり、自然と熱い握手をテーブル越しに交わす。
「で、アーチは?」
「私にも聞くのかよ」
「当たり前だろ」
アーチも話の流れを察していたのか、すぐさま、真剣な顔つきで語り出す。
「いやー、こんな事言うとさ、この国舐めてんじゃねーぞ、って言うと思うんだけどさ」
「言わないって」
「そうだぞ、姉御! 俺だってよ、さっき笑われた側なんだ、言う筈が無いだろ」
慎重に保険を掛けるアーチに俺達は約束して見せる。
俺達の即答を聞いて安心したのか、アーチは先程の続きを口に出す。
「私さ、王様に成りたいんだよね」
「「この国舐めてんじゃねーぞ、てめえ!!」」
「ほら見ろお前ら! 約束を一瞬で破りやがって! だから言いたく無かったんだよ!」
「すまん、なんか許せなかった」
「同じく」
「まあいいや、私ら燻ってる者同士さ、折角だから仲良くしようよ!」
「「おう!」」
結果的にアーチの予想通りの返しをしてしまったのは申し訳ないが、我慢出来なかったから仕方がない。
常識外れのアーチが、無謀ではあるがちゃんと夢を持ってるのは意外だった。
アーチは案外、俺が思ってるよりも悪い奴じゃ無いのかも知れない。
俺はこの歓迎会をきっかけに、アーチの認識を改める事にしようと思った。
騒がしかった店内も徐々に落ち着いてきた頃、ウエイトレスのお姉さんが空いた食器を片付けながら、俺達に問いかける。
「そろそろラストオーダーですが、どうされますか?」
「最後に生三つ!」
アーチが勝手に頼んだ麦酒を味わいながら最後に喉に流し込む。
気付けば席に着いてから三時間程が経過していた様だ。
明日も仕事だ、そろそろお開きが丁度良いだろう。
「お姉さん、お会計!」
セルドがお姉さんを呼ぶと、すぐさま領収書を持って来てくれた。
そこには、21663ロームと記載されていた。
まあ、三人で好き放題食べて、鱈腹飲んだらこの位の値段が妥当なのかも知れない。
何はともあれ、セルドには感謝だな。
初日からこんなに楽しく飲んでお互いの距離を縮める事が出来たんだ、いつか別の形で恩を返せたら、何て考えてしまう。
「セルド、今日はありがとう!ご馳走様!」
「何が?」
「えっ、だから、奢って頂きありがとうございます!」
「何言ってんだよ、お前、酔いすぎなんじゃねーか?」
「えっ今日ってセルドの奢りじゃあ……」
「んな訳あっかよ!」
「勿論、ここは三人で割り勘でしょ!」
セルドとアーチの予想外の提案に俺は到底納得出来ない為、何とか食い下がる。
例え、三人で会計を割っても一人辺り七千ロームは確実に必要だ。
対して俺の財布には五千ロームしかない。
ここは、何とか逃げ道を探さなくては。
そうだ、一旦下手に出てあいつ等の出方を見てみよう。
あいつ等の言い分を聞いた後に正論をぶちかましてやる。
大丈夫だ、俺には責任と社会人という二枚の強力な切り札を残している。
「ちょっと待ってくれ、こういうのって普通、先輩が全部奢ってくれるんじゃないの?」
「甘えるなっ!」
隣に座っていたアーチから、先制攻撃とばかりに突然、平手打ちを食らう。
「てめえ、何しやがる!」
「あんたが先輩とか後輩とか関係なくー、とか何とか言い出して、あたしらにタメ口使いだしたんだろ!」
「ゆってねえ! それにセルドは朝から俺に敬語を止めろって言ってきてたぞ……ってまさかお前、最初から俺の事をっ!」
ここで、先程熱い握手をした男の方に目線を送ると、テーブルに肩肘を立て、厭らしい笑みを浮かべながらウインクを仕掛けて来た。
こいつっ、気の良い奴に見せかけて、狡猾な男だったとは。
だが、俺ももう出し惜しみはしない、切り札を使わせて貰う。
「お前ら、社会人としてどうなんだよ! 恥ずかしく無いのか後輩に金出させて! 誰だって最低限の責任とかプライドとかある筈だろっ!」
「おいおい、カーマ。お前は、真っ当な社会人でも相手にしているつもりか? 俺達は大人になっても所詮アルバイトだ! そんな夢みたいなもん、端から持ち合わせちゃいねえんだ!!」
「お前ら大声でそんな事言って、恥ずかしく無いのか?」
「あたし達は、そんな安いプライドとっくに捨てて来てるんだよ!!」
「どーしてこうなるんだよ! 俺、今五千ロームしか持ってないぞ!」
「安心しろカーマ、俺は三千ロームしか無い!」
「あたしは五百!」
「どのみち足りじゃねーか! どうすんだよ!」
いったい、こいつ等は何を安心させるつもりだったのだろうか。
アーチに至っては、俺達と合流する前に飲んでいた分も余裕で足りていないだろう。
こういう時ってどうすれば……ツケは流石に常連じゃないと無理だよな。
何とか打開策を捻り出そうとしていると、この状況に一切焦る様子の見えないセルドから新たな提案を持ち掛けられる。
「安心しろカーマ、足りない分は下ろせばいいだけだ」
「下ろすっつっても、この時間って銀行なんて空いて無いだろ?」
「あるんだなーそれが」
アーチが言うには、商業エリアの裏路地に二十四時間営業をしている銀行がある様だ。
多少の怪しさはあるが、解決策は今のところ、それしか無さそうだ。
「女将さん、お会計ちょっと待ってて貰っていい?すぐ用意するから」
「はいはい、とっとと行ってきなさい」
アーチは、厨房で仕事中の女将さんとは顔見知りの様で、既に呆れられているのか、特にお咎めも無く、話を付ける事が出来た様だ。
許可を貰った俺達は、店を出て、人通りが少なくなった時計下通りから商業エリアの裏路地に入って行く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます