第9話 あるバイト門番の錬金術

 商業エリアの奥に広がる裏路地は、通称【親知らず通り】と呼ばれ、所謂、歓楽街が広がっている。


 時計下通りの輝かしい雰囲気とは打って変わり、街灯も少なく少し錆びれた怪しげな街並みが俺達を出迎えてくれている。


 視線の先には、強面の男達が屯する怪しげな酒場や、露出度の高い服装のお姉さんが店先で客を呼び込んでいるグレーなお店まで、時計下通りとは、また違った魅力が飛び込んでくる。


 とはいえ、路上で平然と転がっている男がいたりと、とても治安が良いとはお世辞にも言えないので、目的を果たしたら直ぐに立ち去りたいと思う。


 明日に出勤を控える真夜中なら直の事である。


「なあ、ほんとにこんな所に銀行何てあるのかよ?」


 慣れない場所に不安を覚えた俺は、少し前を歩く二人に問いかける。


「もうそろそろっと、着いた。ここだよ」


 セルドが指差す先には【アルアルファイナンス】と書かれた、この親知らず通りにしては珍しい比較的綺麗な外装の銀行が確かに営業していた。


「へえー、ほんとに二十四時間営業してやがる」


「当たり前でしょ、あたしが嘘付く訳ないじゃない!」


「ぱっぱと足りない分、下ろして来ようぜ!」


「そうだな」


 俺達は入店し、窓口に向かう。


「じゃあ、まずカーマ下ろしておいでよ」


「はいはい」


 俺はアーチに言われるがまま、背広に身を包んだ受付のおじさんに尋ねてみる。


 二人は慣れた様子で出入口付近にある、小さな机とセットになっている丸椅子に腰掛けている。


「すいません、二千ローム下ろしたいんですけどー……」


「下ろす?貸出であればご対応出来ますが……」


「貸出って?」


「お客様は本日が初めてのご来店でいらっしゃいますか?」


「はい、そうですが……」


「左様でございますか、それでは、ご説明させて頂きますね。当店は一般的な銀行では無く、金貸しを生業にしています。まあ、簡単に言ってしまえば借金ですね」


「ふぁっ!?」


 驚きの余り変な声を出してしまった俺は、後ろを振り返る。


 するとそこには、今にも笑いそうな顔で声を堪えている二人の馬鹿がいた。


「おじさん、ちょっと失礼します」


 おじさんに会釈をし、後ろにいる二人に事実確認をする所から始める事にした。


「なあ、お前ら正気か?」


「何がよ!」


「金借りに行く時に下ろす何て言う奴、いねぇだろ!」


「いるじゃないか、目の前に」


「お前ら価値観終わってんのか?」


「何言ってんだよお前! 高々、2221ロームだけだろ? そんなの給料入ってすぐ返せば借りて無いのと一緒だろ!」


「全然違うだろ!それに端数ぐらいお前らで払えよ!」


「…わかったわ。端数は一番先輩のあたしが払うから、二千ロームはカーマが責任持って払いなさいよ」


「責任って何のだよ?」


「そりゃあ、お前がさっき熱弁してた社会人としてのって奴だろ」


「あーもー、分かったよ、払えばいいんだろ払えば! で、どうやって借りればいいんだよ?」


「ああ、この借用書に自分の名前と借入金額、それと連帯保証人を記入するだけだぞ」


 セルドは、そう言うと、受付から申請に必要な用紙を手に取り、そそくさと記入を始める。


 俺も、見様見真似で、名前、金額と必要事項を記入した所で、筆を止める。


「セルドー、連帯保証人って何だ?」


「んー、簡単に言えば、身代わりだな」


「簡単に言いすぎだろ!」


「まー、あれよ、あんたが勝手に失踪したり、乙ったりした時に代わりに立て替える可哀そうな奴っとこかな」


「ふうーん、じゃあ、アーチの名前書いとくわ」


「止めろっ馬鹿! こういうのは、社会的信頼が必要だから、あたしらアルバイトじゃ駄目なの!」


「そうなの? じゃあ……って誰にしたらいいんだ? 俺に正社員の知り合いなんて居ないぞ」


 俺が連帯保証人にする相手を見つけれずにいると、見かねたセルドが候補を絞り出した。


「うーん……そうだなー……正規雇用で言うと、フェイかゲータ先輩、ルートさんにメリサ、それから警備長ってとこだな、ちなみに俺のお勧めは警備長だな」


「絶対やだよ、俺まだ死にたくないし」


 セルドの意見は却下するとしても、誰なら借金の保証人になってくれるのか。


 そもそも、借金の保証人に勝手に名前を使われて怒らない人は、この世界にどれだけ存在するのだろうか。


 人当たりの良さでは、ゲータさんだが、良い人過ぎて逆に気が引ける。


 かといって、ルートさんやメリサに保証人になって貰う様なかっこ悪い真似はしたくない。


 消去法で、フェイさんにするしかないのか……。


 正直、始めからフェイさんにするしかないと思ってはいたが、どうにも朝の奇行が頭をよぎる。


 こういうのは、被害者に聞いてみるのが一番早かったりする。


 俺は改めて、アーチにフェイさんの印象を聞いてみる事にした。


「なあ、アーチ。お前から見て、フェイさんってどんな人? リーダーやってるから優秀な人って事は分かるんだけどさ……」


「うーん……。私は子供の時からフェイを知ってるから、優しい兄ちゃんって感じだけど、どーなんだろ? ……まぁ、悪い奴じゃないよ」


「そっか、付き合い長いアーチが言うなら安心だな。フェイさんには悪いけど保証人にさせて貰おう」


「何でも勢いで行こうぜ、じゃあ用紙出してパパッと借りて来ようぜ!」


「だな!」


 今から借金をする筈なのに、妙に清々しい顔をしたセルドに続いて借用書を提出する。


「お願いします」


「はい、それでは、カーマさんが2000ローム、セルドさんが追加で4000ローム、アーチさんも、追加で7163ロームになります」


 受付のおじさんは借用書を受け取ると、直ぐに必要な金額を渡してくれた。


 セルドの言ってた通り、案外、借金は直ぐに返していけば、気軽な利用できる物なのかも知れない。


「それと、アーチさんとセルドさんは、今回から保証人が変更されていますが、問題はありませんか?」


「問題ない」


「オッケー!」


「それでは、後日、保証人の方に借用書の控えをお送りします」


「オッケー! 給料入ったら返しに来るわね!」


「ご利用ありがとうございます。またのご利用お待ちしております」


 俺達はそれぞれの借用書を受け取り、アルアルファイナンスを後にする。


 受付のおじさんに見送られ、俺達は、急ぎ足で閉店準備を進めるヤニー亭に戻り、支払いを済ませ、何とか事なきを得る事が出来た。


「なあ、二人は保証人、誰にしたんだ?」


 先程のおじさんの発言から、ふと気になったので聞いてみる事にした。


「そんなの内緒に決まってるでしょ」


「俺も最低限のプライバシーは守りたい」


「そっかー……なんか変な事聞いて悪かったな」


「良いって事よ! それより、早く帰って明日の為に寝ないとな」


「そうだな……っと見せかけて、おりゃー!!!」


 俺は、セルドの手に持っていた借用書を取り上げ、気になる保証人を確認する。


【セルド・ザガリアス 総額46000ローム 保証人カーマ・インディー】


「セルド、お前46000ロームも借金あんのかよ! ハハハハハッ……はあっ!? 俺じゃねーか!!」


 セルドの借金総額を見て笑っていた俺に、この日、何度目かの衝撃が襲い掛かる。


 すっかり酔いが醒めた俺は、勢いそのままにセルドに詰め寄る。


「お前っ! さっきアルバイトの奴は駄目って言わなかったか?」


「わりい、わりい、姉御が真面目な顔してカーマに嘘付くのが面白すぎて、つい乗っちゃったわ、テヘっ!」


「乗っちゃった、テヘ、じゃねえんだぞ。おい、嘘つき女! お前も借用書見せてみろ!」


「えぇー? いいけどさー、あんた、もし違った時はどう責任とるつもり? レディーの個人情報は高く付くけど?」


「うるせえっ、自分からそんな事言う奴、犯人しかいねえんだよ、貸せ!」


 この期に及んで鎌をかけようとするアーチから、強引に借用書を取り上げる。


【アーチ・クルーパー 総額86163ローム 保証人カーマ・インディー】


「ほら見ろ嘘つき女! お前ら今からもう一回行って変えてこい!」


「今からは無理だって、それに、保証人は新しく借りる時しか変えれないし」


「ほんとに?」


「ほんとに」


「ほんとに、ほんと?」


「今度はマジ」


 嘘付き共の言葉は、信じたくは無いが、そうでも無ければ受付のおじさんも態態わざわざ尋ねたりしなかっただろう。


 でも、どうする?

 さすがに入隊初日で、リーダーの名前を勝手に使って借金するのは不味すぎる。


「じゃあ、お前らのはまだ良いとして、俺どーすんの? フェイさんだぞ?」


 俺の保証人事情を聞いた二人は、まるで他人事の様に吹き出し笑いだす。


「「あっはっはっはっはっ!!!」」


「ああ、終わったな。フェイにバレたらお前は間違いなく氷漬けだな」


「さっきアーチが言ってた、フェイさんは優しいってのは?」


「あれは、基本はあってるけど、あいつ、金が絡むとホントにヤバいから気を付けた方が良いわよ!」


「お前らがこの状況を作ったんだろ! 笑ってないで何とかしてくれよ! 俺は何も笑えねえぞ!」


「そう? あたしは仲間が笑えない時こそ笑ってやるのが仲間ってもんだと思うけど?」


「そんな借金仲間は勘弁だ!」


「でもよー、そんなの借用書の存在がフェイにバレなければ問題無いだろ」


「そっか、その手があったか!」


 セルドの言葉に、酔って醒めてを繰り返した俺の頭に雷鳴が走る。


「そうだぞ、バレなきゃいんだよ、バレなきゃ。お前のお得意の火でフェイが気づくより先に送られてくる借用書を燃やせばいいだけだろ」


「そう、だよな! どんな犯罪もバレなきゃセーフだもんな!」


「いやーカーマも一日で成長したね! あたしらに良い影響受けてるみたいで安心したよ」


「うるせえ、嬉しくも何ともねーよ」


 アーチに褒められるも全く良い気はしない。

 寧ろ逆だ。

 それでも、もう今日の俺に、考える気力は残っていない。


 恥ずかしい限りだが、こいつ等の言う通り、バレなきゃ良いという結論に至ってしまった。


 何とか解決策を見つける事が出来た俺達は、酔いが回り火照った体を気持ちのいい夜風で冷ましながら帰路に着く事にした。


 寮に変えると俺達はすぐさま大浴場に入り、汗を流した後、急いで床に着く。


 ベッドに横になれた時には、時計の針は午前二時が過ぎた辺りを指していた。


 肝心の借用書については明日どうやって燃やすかを考えよう。


 兎に角、今日はもう明日の為にも寝ないとな。


 そんな事を考えて目を閉じると気付けば朝になっていた。



「ふあぁーあ、よく寝た……って今何時だ?」


 眠たい目を擦りながら、時計を確認しようと体を起こしたその時、朝の八時を知らせる鐘の音が俺の耳に飛び込んできた。


 その鐘の音を聞いた俺は、状況を理解し、慌ただしく飛び上がる。


「「うわあああああああああああー!!!」」


 俺の起床と同時に、隣の部屋から同じ様な状況の男に、大きな声で呼び掛けられる。


「カーマ起きろ!! 寝坊だ!!」


「うわああーー! やっちまった! 急ぐぞセルド!!」


 俺達は、叫び声を上げながら最低限の荷物を持ち、階段を飛び降り、正門を目指す。


「こっちだカーマ! 近道だ!!」


「おう!」


 セルドに言われるがまま、大通りを使わずに、アーチの家の方面からのショートカットに全ての望みを賭け、一心不乱に走り出す。


 まだ鐘の音は止んでない、この調子なら何とか成るかもしれない。


「姉御の事は放っておけ! あれは何時もの事だ! それより、鐘の音が終わる前に事務所に急ぐぞ!」


「分かってる!!」


 置いていく事にしたアーチが、まだ眠っているであろう家の前を差し掛かった時、俺達はただならぬ気配を感じ頭上を見上げる。


 そこには、俺達の視線を覆いつくさんとばかりに、氷の塊がこちらを目掛けて落下して来ている途中だった。


「これって通勤途中だよな。労災降りるのかな?」


 頭上から迫る氷塊を前に、セルドは諦めて、事後の心配を始めていた。


「何言ってんだよ! そんな事気にする場合じゃないだろ!」


「んな事言っても、俺の水魔法じゃどうにもならないんだよ!!」


「大丈夫だセルド! 俺が魔法で何とかしてやる! 任しとけ!」


 とても避けられる距離ではない事は、セルドに言われるでも無く理解していた。

 こうなったら火属性の俺がやるしかない。


 刻一刻と頭上に迫る氷塊に覚悟を決め、右手に魔力を集中させる。


 俺が思い描くのは、炎の魔力を纏った、村での狩猟で使われていた飛矢だ。


 頭の中で描いた魔法の形状を右手から目的に向けて、魔力を使い発現させる。


具現出力ぐげんしゅつりょく、炎のフレイムアロー!!」


 俺は子供の時から修練を重ね、愛用してきた渾身の魔法を放つ。


 氷塊に向けた俺の右手から放たれた、炎を纏った矢が勢い良く氷塊に突き刺さる。


「やったか!?」


「カーマ! 駄目だもっと撃てぇ!!」


「分かった!!」


 セルドに言われ、すぐさま右手に魔力を集中させながら、矢が刺さった筈の氷塊を確認すると、俺の一撃で表面の一部が砕けているものの、九割九部は変わらず塊のまま俺達に向かって来ていた。


具現出力ぐげんしゅつりょく、炎のフレイムアロー!! 炎のフレイムアロー!! 炎のフレイムアロー!!」


 続けて連射するも、ビクともしない氷塊は、ついに俺達の目の前まで迫って来た。


「あーあ、朝っぱらから凍り付くのは勘弁だぞ!」


「諦めるな!これで最後だ!フレイムああああああああっ!!!!」


「やっぱ駄目じゃねーかああああああああっ!!!!!!!」


 悪足掻きも空しく、アーチの家諸共、俺達は氷塊に叩き潰される。


 俺の意識はここで完全に途絶えたのだった。


 その後、目覚めたアーチに事務所まで運ばれた俺達は、遅刻の罰として警備長に酷い目に合わされたのは言うまでもあるまい。


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