第10話 あるバイト門番の極秘任務
俺には重要な任務がある。
そう、失敗は許されない、何故ならこの任務の結果次第で、俺の職場内のいや、人としての評価が決まってしまう恐れがあるからだ。
この任務を控えた俺は、まだこの仕事を始めて四日目の仕事中も気が気ではない。
今日は、初めて裏門の警備に当たる事になった。
俺とトーマス、メリサの同期三人と、目付け役としてフェイさんの四人で裏門の警備を行っている。
フェイさんが外壁の上で周囲を監視する中、残った俺達は、只々、変わらない光景を目にしながら、時間が経過するのを待っている。
初めての裏門の警備であるが、裏門は王都の北に広がる魔物達の住処とされる険しい山々に囲まれている事もあり、一般人の通行を禁止している。
その為、出入りするのは、腕利きの冒険者か騎士団のどちらかという事もあり、必然的に裏門の警備は慣れていない俺の様な新人門番であっても暇を持て余す程だ。
俺としては、今日の仕事終わりに遂行する任務の事で頭が一杯になるのは、仕方が無い事だと言える。
「ふあぁーあー、なんか面白い事でも起きないもんかな」
欠伸をしながら誰に言う訳でも無く呟いてみる。
「そんな事言ってると、ほんとに何か起こるから止めてくれないか」
「そ、そうだよ」
二人はこの暇な時間が続いて欲しいと願っている様だが俺は、違う。
だが、この暇な時間を使って、まだ名前くらいしか、ろくに知らない同期2人と距離を縮めてみたいと思う。
特にメリサとは仲良くしたいと切実に思う。
そんな邪な気持ちの元、俺は、二人の事を知る為に、世間話でもしながらコミュニケーションを取ってみる事にした。
「二人はどうしてこの仕事をやろうと思ったんだ?」
「うーん、俺は、安定した仕事と住居が欲しかったからだな」
「そっか、トーマスは冒険者をやってたんだっけ?」
「そうだな、俺の知識と違って、全然安定しないからもう辞めたんだけどな」
トーマスは自己紹介の時でも言った通り、若い内から苦労して生きて来ているみたいだった。
たまに俺の知らない言葉や痛い言動をするが、兎に角、悪い奴では無さそうだ。
「じゃあ、次メリサは?」
「わ、私は、他の人みたいな理由は無くって、大好きなルー姉が誘ってくれたからかな」
「ルー姉って?」
「副警備長のルート姉さん」
「「あぁー」」
メリサの慕うルー姉の正体が、ルートさんと聞いて納得し、二人で相槌を打つ。
まだ出会って数日だが、確かに二人の持つ空気感は何故か似た者を感じていたから納得である。
「る、ルー姉は、年が離れてるんだけど、昔から私を気にかけてくれる優しいお姉ちゃんなんだよ」
メリサは、心からルートさんを尊敬している様で、嬉しそうにルートさんの話をしてくれる。
「で、カーマ、お前はどうなんだ?」
「俺は、成り行きでここに入ったけど、騎士団に入る為の繋ぎでやってるだけだな」
「夢って奴か?」
「ああ、トーマスもバイトでここに入ってるなら最終的な夢は別にあるんじゃないのか?」
「勿論だ、俺にだって夢はある!」
俺の問いにトーマスは急に前のめりになり語気を強めだしだ。
凄く続きを聞いて欲しそうな顔をしているので、仕方なく聞いてみる事にする。
「トーマスの夢って何なんだ?」
「俺の事をお兄ちゃんと慕ってくれるケモ耳幼女達に囲まれ、田舎で気ままなスローライフを送る事だ!!!」
「ふぁっ!?……おま、え、正気なのか?」
「ああ、誰であろうと俺の事を止める事は出来ないさ」
うん、やっぱりこいつは駄目だ。
反射的に変な声が出てしまった。
メリサに至っては、開いた口が塞がらないといった様子で変態発言をしたトーマスを見つめている。
いや、正確には、ゴミを見るような目で睨んでいるといった方が正しいのだろうか。
俺もトーマスがここまで可哀そうな男だとは思っていなかった。
だが、人の夢を批判するのは、いくら変態であっても可哀そうだ。
ここは、同期のよしみで俺だけでも優しくしてあげよう。
「そうだよな、夢の形は人それぞれだもんな。俺は、理解こそ出来なかったが、お前の事は応援するよ!」
「カーマ! お前、実はいい奴だったんだな!」
「実はってどういう事だよ」
トーマスは俺の手を取りながら、感謝しながらも失礼な言葉を吐いてくる。
こいつは、セルドとの距離の詰め方といい、少し常識外れで変態的な思想を持っているが、決して悪い男ではなさそうだ。
まあ、もう一人の同期であるメリサにはドン引きされたままなのだが。
そんな中、初めての理解者となったと言える俺にだけ聞こえる様に、耳元でトーマスはある事実を打ち明けて来るのだった。
「……カーマには一応話しておこうと思うんだけどさ、俺には他の奴には無い、特殊能力が使えてさ……」
「特殊能力?何だよそれ?」
「ああ、一日に一度しか使う事が出来ないんだがな、対象者の数時間後に起こる未来の一部分を覗き見る事が出来るんだ」
「そ、それって、本当なら凄い事じゃないのか?」
「勿論、本当の話だ。俺はこの力を使って危険な事から逃れて生きてこれた」
トーマスが小声で伝えてくれた事は、にわかには信じ難い話ではあるが、この嫌でもお金が必要な王都で、単身生き延びてきたトーマスが何よりの証拠と言っていいのかも知れない。
だが、俺にはこの能力は使い方次第で無限の可能性を秘めているのではないかと思う程に魅力的に聞こえた。
「トーマス、まさかとは思うが、お前のその力をフル活用すれば、俺達は憧れのラッキースケベの世界を大きく変える事が出来るんじゃないのか?」
「何っ!? ラッキースケベだと!?」
「馬鹿、声が大きい。メリサに聞かれたらどうする?」
「悪い、まさかの話でテンションが上がってしまった。……で、どうやってラッキースケベをするつもりだ?」
「まあ、そんなに慌てるな。こういうのは色々試してから実行に移すべきだろ」
「それもそうだな」
そもそもこの話は、ターゲットになりうるメリサには聞かれる訳にはいかない。
より一層、小声でトーマスと作戦会議を続ける事にする。
一方のメリサはトーマスの夢を聞いた辺りから、五メートル程離れた門の反対側に場所を移しているので、多少の誤解程度であれば、誤魔化せそうではあるが、用心するに越したことはない。
「なあ、トーマス。その能力は誰にでも使えるのか?」
「ああ、知ってる人で、頭に思い浮かべれる人なら誰でも使えるぞ」
「そうか、今日はまだ使ってないよな?」
「ああ、試しに使ってみるか?」
「ちょっとな、数時間後の動向が気になる人がいてな、フェイさんなんだけどさ……」
「えっ、お前……そういう趣味だったのか!?」
「違うって!」
「大丈夫だカーマ、俺は、どんなお前でも受け入れてやる準備は出来ているぞ」
「みんながみんな、お前と一緒の人種だと思うな! ちょっと事情があるんだよ」
「ほう、禁則事項ですって事か……いいだろう」
トーマスがなにやら気味の悪い顔でブツブツ呟き始めたのは、置いておいて。
トーマスには協力者として話しておいてもいいと思い、事の顛末とこれから俺が特殊能力とやらを利用して挑む、失敗の許されない極秘任務の案件を伝える事にした。
「ふむふむ、つまりお前は、フェイさんの名前を勝手に使い、借金の保証人にしたにもかかわらず、今日届くであろう、借用書を先回りして燃やそうとしてるクズ野郎って事で間違って無いか?」
「全く恥ずかしい限りだが否定はしない」
否定はしたい限りだが、決して出来ない。
何故なら、事実でしかないからである。
だが、この極秘任務をやり遂げる事が出来ればクズ野郎で済むが、失敗した暁には、最悪、除隊何て事もあり得る。
また職探しはまっぴらごめんだ。
「正直、お前のやろうとしてる事は最低だけど、良いだろうカーマ、今回で貸し一つだぞ」
「ありがとうトーマス!」
「良いって事よ、それにこれがうまくいけば俺の能力も信じてくれるんだろ?」
「だな。ところで、その特殊能力ってどうやって使うんだ?」
俺は、この作戦においての一番の疑問点をトーマスにぶつけてみる事にする。
通常の魔法であれば、魔力を込めながら頭の中でイメージを固めて発動させているが、特殊能力となると発動方法に違いがあって当然だろう。
「ただ、頭の中で、その人をイメージしながら、能力名を口にするだけだな」
「そんな簡単に使えるものなのか。で、その能力名は何て言うんだ?」
「【よちよちタイム】だ!」
「えっ!? 悪い、上手く聞こえなかったからさ、もう一回言ってくれるか?」
「いいけど、【よちよちタイム】だよ」
「ほんとにそんな犯罪臭のする名前なのかよ」
「悪いか!もう説明も面倒くさいから、使うぞ、【よちよちタイム】」
トーマスが変な能力名を唱えると、数秒後には、片膝をついて右手で頭を押さえだした。
酷い頭痛に見舞われているのだろうか、額には油汗が滲んでいる。
てっきり、トーマスが軽い気持ちで作戦に賛同してくれるものだから手軽な能力だと思っていたが、実際はかなりの体力を消費してると知り、今後、ラッキースケベ目的で悪用するのは止めておいた方が良さそうだ。
「大丈夫トーマス君? 具合悪いなら回復する?」
「大丈夫だ、問題ない」
先程まで、変態同期にドン引きしていたメリサがトーマスの異変を感じ、こちらに向かって来ていたが、トーマスは立ち上がりながら、メリサの申し出を断った。
「でも、念のため使うよ! 具現出力、【
メリサは歩きながら光属性の魔法を唱えると、神々しい光がトーマスの頭上から降り注ぎ、トーマスの体を癒していく。
回復魔法が使える光魔法は、存在自体が他の属性の使い手より希少とされているが、光属性使いのメリサにとっては朝飯前といった様子で、慣れた作法でトーマスの体調を回復させた。
「ありがとうメリサ、だいぶ楽になったよ」
「どういたしまして」
トーマスはメリサにお礼を告げると、俺の元に近寄り耳元で、フェイさんの未来の動向を囁きだした。
「コロシアムだ、辺りが暗かったから仕事終わりに向かったと見て、間違いない」
「そうか、なら安心して任務に取り掛かれそうだ」
信じていいか分からないフェイさんのの手掛かりを手に入れる事が出来た俺は、頭の中で、どうやって自然に借用書を持ち出して燃やすかを考えていた。
目撃者は少ないに越したことは無いだろう。
そんな、殺人でも計画するかの如く、綿密に作戦を考えていると、変化の無かった目の前の景色に異変が生じ始めた。
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