第11話 あるバイト門番の初陣

 辺りに夕暮れの気配が混じり始めた頃、裏山に面している木々や茂みの中に不自然な揺れが生じていた。


 故郷のブレー村で下級の魔物を狩猟していた時にも、似たような光景は目にした事がある。


 間違いない、あの林の中に魔物がいる、しかも単体ではない。


 この仕事に就いてから、初めて支給された片手剣を背中の鞘から抜き、辺りを警戒する。


 トーマスとメリサも同様に、気配を察知し、武器を構えている。


「お前ら、林の中から魔物が出て来るぞ!  ピンポンパンを押せ!」


「「「はいっ」」」


 門の近くにいたメリサが素早く三回、ピンポンパンを押す。


 ピーンポーンパーン。

 緊迫した空気の中に、場違いな明るい音が響く。


 これで警備隊全隊に、裏門にて敵襲があった事を周知出来た筈だ。


「今は研修中だから俺が付いているが、実際の勤務は門ごとに三人態勢で警備に付く事もある。俺はいない者だと思って、お前らだけでやってみろ!」


「「「はい!」」」


 一早く異変を察知していたのであろうか、外壁の上で警備に当たっていたフェイさんから指示が聞こえる。


「カーマ君が変な事言うからだよ」


「でも、丁度いい暇つぶしにはなるだろ」


「だといいけどな……」


 トーマスが意味ありげに不穏な事を口に出してはいるが、俺達は勤務開始から四日目の終盤でようやく魔物との戦闘に入る事になる。


 不足の事態ではあるが、フェイさんやまだ実力の知れない同期の前で目立ち、手柄を立てるチャンスだと前向きに捉える事にした。


 ようやく、騎士っぽい事が出来る気がする。


 今までの努力と地元で培ってきた実力を見せつけてやる。


 俺が静かに意気込んでいる中、林の向こうから、襲撃者達がぞろぞろと姿を現す。



 目の前に現れた魔物は、汚れた緑の肌に尖った耳と鼻先が特徴的な、拾い物で最低限の武装をした、地元でも戦った事があるゴブリンの群れであった。


 ゴブリンは、俺の肩より小さい程の身長で身体能力もさほど高く無い為、最下級の魔物と知られているが、集団で行動する事が多い為、決して油断できる相手ではない。


 目の前で確認出来ているのは、初めに林から現れた三匹のみだ。

 だが、木々の揺れを見るに、後数匹は現れても不思議ではない。


「行くぞお前らー! 着いてこい!」


「言われなくてもそのつもりだ」


 数が増えては面倒だ。

 一気に相手の数を減らす為に二人に合図をして畳みかける。


 トーマスと共に前方にいるゴブリン達との間合いを詰めると、俺達の間を眩い光が駆け抜ける。


「具現出力、【光の槍ライトスピアー】!」


 早速、メリサが後方から魔法を使った様だ。

 放たれた光の槍は、一体の胴体を完全に貫き、瞬く間にゴブリンを葬り去った。


 流石はメリサ。

 正規隊員に採用される実力は伊達ではないらしい。


「次は俺の番だな……【憑依】っ!!」


 可憐なメリサの活躍を横目に、腰に携えた短剣を抜いたトーマスは、自身の両足と短剣に風を纏わせて、走り出す。


【憑依】とは、自身や装備に魔力を纏う事で、属性による特性を生かした能力を底上げ出来る、接近戦には必須の強化魔法だ。


 トーマスの様に、一度に複数の箇所に憑依させる事は、卓越した魔力コントロールが必要になる為、それだけでも、この男が只物では無い事を証明していた。


 風を纏った両足で、加速しながら駆け抜け、錆びた短剣しか持っていないゴブリンに向かって、疾風が如く一撃で腹部を両断する。


「ぐぎゃああー!!!」


 圧倒的な速度で放った風を纏った鋭い斬撃に、ゴブリンは為す術無く、地に伏していった。


 トーマスは見立て通り、戦闘慣れをした実力者で間違いない。


 二人の活躍をまざまざと見せつけられた俺は、最後の一匹に狙いを合わせ、昔から幾度となくゴブリンを仕留めてきた炎の矢を作り出す。


「くらえ! 具現出力、【炎の矢フレイムアロー】!!」


 ゴブリンに向け放つ必殺の一撃は、標的に向け直線に飛んでいくも、当たる寸前に危険を察知したゴブリンは、ひらりと体を反らし炎の矢を回避する。


「何っ!?」


「大丈夫、カーマ君?」


「ハハハッ! カーマの奴外してやがる」


「うるっせえ! 次で仕留めるからお前らは黙って見てろ!」


 既に仕事を終えたと言わんばかりの二人が、高みの見物を始めているが気にせず目の前の相手に集中する。


 皆が一撃で仕留めていた中、初手を外したという焦りが生まれるが、まだ挽回できる。


 まぐれで俺の魔法を避けたゴブリンをとっとと葬ってやる。


「だったら、これでどうだ! 具現出力、【炎の矢フレイムアロー】【炎の矢フレイムアロー】【炎の矢フレイムアロー】!!!」


 先程よりも間合いを詰めながら三連の炎の矢を放つ。


 だがしかし、ゴブリンは難なく全ての矢を躱し、あろうことか錆びた短剣でこちらに切り掛かってくる。


「嘘だろっ!? ゴブリンの癖にっ!」


 何とか、構えていた片手剣で防ぎ、体格の差を活かし、ゴブリンを短剣もろ共弾き飛ばす事に成功する。


 しかし、致命傷は与えられていない、ゴブリンはすぐさま起き上がり、足元に落ちた短剣を拾いあげ再度、こちらに向かって飛び掛かってくる。


 そんな中、後方からは、仕事を終えた同期の会話が聞こえて来る。


「メリサー、カーマの奴、ゴブリンと互角だけど、どうするよ?」


「ど、どうするも何も、無いでしょ。加勢しようよ!」


「だな、死なれても困るしな」


 だが、ここで、俺だけ二人に加勢して貰っては情けない。


「大丈夫だ、これは俺の獲物だ」


「な、なら、いいけど……」


 メリサはトーマスと違い心配してくれているが、その親切心が余計に辛い。


 そもそも、ゴブリン一匹と互角の勝負をしている時点で、既に笑い物かもしれないが、であれば、尚更負けられない。


 奥の林の中に新手がいる事を考えると、あまり時間を掛けてもいられない。


 残りの魔力の大半を使い切ってでも、このゴブリンは俺が仕留めてやる。


 体中の魔力を剣先に集中させ、深紅の炎を刀身に纏う。


「【憑依】!!」


 炎の纏った剣を目にしたゴブリンは危険を察知して、後退りをしているが、容赦なく葬らせて貰うまでだ。


「悪いな、くそゴブリン。俺は、自分の名誉の為にも、最下級と言われているお前にだけは負ける訳にはいかないんだ。俺の全力を体で味わえー!!!」


 戦意を喪失しつつある、ゴブリンに向けて剣を振り上げ、肩から腰に掛けて袈裟切りを放つ。


「ぎゃあああああー!!」


 渾身の一撃を食らったゴブリンは、悲鳴にも聞こえる何かを叫びながら体が二つに分かれた事を理解出来ずに息を引き取った。


「お疲れ様、カーマ君!」


「ナイスファイト、カーマ」


「ああ、二人もお疲れ」


 二人が一撃で仕留めた相手に全力で戦った俺が同じ場にいるのは、なんだか居心地が悪い気がしたが、二人はそれでも優しく出迎えてくれた。


「お前達、まだ、奥に新手がいるから気を抜くなよ」


 外壁の上で高みの見物をしていたフェイさんから、新たな指示が飛ぶ。


 どうやら林の中の気配は、ゴブリンとは別の何かが控えている様だ。


 気配がこちらに近づいてくるにつれ、こちらにも緊迫した空気が伝わってくる。


 そんな中、トーマスが短剣を構えて、一歩前に出る。


「何が来るかわからん、俺が前衛をやるから、二人は援護してくれ」


「わ、分かった」


「了解っ!!」


 トーマスを前衛に待ち構える俺達の前に林の中から魔物が飛び出してくる。

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