第12話 あるバイト門番の連携

 先程と同様のゴブリンが二体と、その後方に銀色に光り輝く、鱗を纏った大型の蜥蜴とかげの様な魔物がゆっくりと姿を現す。


 緑が一面に広がる中で、一際目立つ全身銀色の蜥蜴とかげは、三メートル程の体長を誇るも、四足歩行で地面に沿う様にこちらに近づいてくる為、余り大きさを感じない。


 向かい合ってみると、寧ろ小さく思える程である。


「って、あれメタルリザードじゃないか! 生で見るのは初めてだ。おいっカーマ、あいつの鱗は高く売れるぞ!」


 一早く存在に気付いたトーマスが情報をくれる。


 どうやら、かなり希少価値の有る魔物の様だ。


 高値で換金できるなら借金返済に貢献してくれそうだ。


 この際、あの銀色の蜥蜴とかげがどれだけ強かろうが関係ない。


 あいつの鱗が臨時ボーナスになってくれるなら、喜んで突っ込むまでだ。


「ほんとか! ならあいつの相手は俺がやる」


「ゴブリンと互角のお前じゃきついだろ、ここは二人で協力して討伐するぞ!」


「わかった! メリサ、ゴブリンを頼めるか?」


「うん、二人共、無理しないでね」


「おう」


「任せろ」


 恐らく俺よりも強く、そして優しいメリサに手前のゴブリン達を任せ、男二人掛かりでメタルリザードに挑む為、形振なりふり構わず駆け出す。


「具現出力、【光の槍ライトスピアー】」


 俺達が走る真横で、ゴブリンが光の槍に貫かれている。


 援護もお手の物の様で、残った一体もメリサなら難なく倒せるだろう。


 俺達は、何も考えず目の前の獲物に集中するだけだ。


「おらぁっ!! さっさと鱗を寄こしやがれ蜥蜴野郎!!」


 門の前から裏山に続く林の入口まで走り、間合いを詰めた勢いで何度も剣を振るうが掠りもしない。


 メタルリザードは剣先が当たる直前で、剣の軌道を見切っているかの如く、最低限の動きで躱している。


 そして、この状況はトーマスと挟み撃ちにしても何ら変わらない。


「くそっ、長いくせにチョロチョロと!」


「ばかっ突っ込みすぎるな。あいつは、通常の個体と比べて三倍の速さと硬さを持った変異種だ。真正面から行っても避けられるだけだ!」


「何だとっ!? そもそも通常のあいつとやらを知らんが、どうすれば……」


「カーマ、一度、距離を取るぞ」


「でも、鱗が目の前にあるんだぞ」


「だからだ、勝つ為に一度引くんだ」


「わかった」


 俺達は、メタルリザードの攻撃を警戒しながら林の入口付近から離れる。


 メタルリザードは、素早さと防御面には秀でた物があるようだが、積極的に襲い掛かってくる事が無いのが幸いだった。


「……俺に策がある、少し手伝ってくれるか?」


 トーマスは、人としては少々残念な男だが、こと戦闘においては今一番信用出来ると言って良い。


 戦闘経験の豊富なトーマスなら最善の一手を選んでくれるに違いない。


「いいぜ。けど、あいつは早くて固いんだろ? 一体どうするつもりだ?」


「簡単な話だ、餌をあえて蒔き、食いついて来た所を必殺の一撃で仕留める」


「そうか……トーマス、ちょっと待ってくれるかな?」


「どうした?」


 俺にはこの作戦に一つ疑問点がある。


 確かに、ゴブリンと違い自分から攻撃を仕掛けてこないメタルリザードを相手にトーマスの案は合理的だ。


 攻撃の当たらない相手に無闇やたらに仕掛けるより、あえて隙を作らせる事で確実に一撃必殺の攻撃をぶつける。


 二対一だからこそ成立する確率の高い作戦だ。


 一つの引っ掛かりさえクリア出来ればの話であるが。


「トーマス君や、一つ聞いてもいいかな?」


「なんだい、囮君?」


「やっぱ、俺が囮じゃねーか! 何か、他に策は無いのかよ?」


「無いからお前に頼んでいる。お前と俺だと、俺の方が一撃で奴を倒せる確率が高いからな」


 くそっ、ぐうの音も出ない。


 ここはトーマスの案に乗るしかないか。


「分かった。で、どうすればいいんだ?」


「簡単だ。そんなの防具を外して尻を叩けばいいだけじゃないか」


「本当にそれでいいのか?」


「ああ、あいつは必ず乗ってくる筈だ」


「そうだよな、これしかないんだもんな。……しょうがない、囮は俺に任せろ!」


「頼んだぞカーマ。ちなみに……」


「何だよ?」


「やっぱ何でもない」


「そうか。なら行くぞ」


「おう!」


 作戦を固めたトーマスとハイタッチ交わし、配置に着く。


 配置といっても林の中に留まっているメタルリザードに、見える様に目の前で鎧を脱ぎ、尻を半分露出させ、右手を振り上げる。


 後は、トーマスがメタルリザードの死角になるであろう後方に準備を完了すれば、俺の合図、もとい、尻のドラム音で作戦が始まる。


 そろそろか。

 気配を上手く消したトーマスは目的地に辿り着き、既に短剣を構えている。


 頼もしい限りだ。

 幸い、メリサはまだこっちに来ていない為、躊躇する理由もない。


 それじゃあ、行こうか。

 目指すは一番注目を引けるであろう、乾いた歯切れのいい甲高い音だ。


 肩より上に振り上げた右手で勢い良く、自分の尻を引っ叩く。


 林の中にパチンっという乾いた高音が響き渡ると同時に、メタルリザードとトーマスが俺に向かって駆け出してくる。


 しかし、こちらに近づくにつれ、僅かではあるが先にスタートを切った筈のトーマスがじりじりと離されていく。


「おいっ! トーマスお前頼むぞ! このままじゃあ俺が……」


「大丈夫だ、ここから決める! 【憑依】!!」


 トーマスは、半分尻を露出した剣だけを装備している俺に自信満々に告げると、短剣に風の魔力を纏わせ狙いを定める。


 あれは、さっきの斬撃じゃない。

 もしや、そのまま短剣を投げる気なのか。


「くらええ! ゲイ・ボォルグー!!!」


 トーマスは何故か伝説の槍の名前を叫びながら、風の魔力を纏った短剣を一直線に投擲する。


 トーマスから放たれた短剣は、林の中をぐんぐんと進み、俺に向かって来ていたメタルリザードの背に後方から迫り、地響きの様な激しい轟音と共に、辺り一面の土煙を上げる。


「やったか!?」


 視界が悪い中であるが、取り敢えず、俺の所まではメタルリザードは来ていない。


 つまり、俺達の作戦が無事成功したという事なのだろうか。

 何はともあれ、まずは、落ち着いてズボンをたくし上げ状況を確認する事にした。


 視界を遮っていた土煙が辺りから姿を消した頃、ようやく状況を把握出来た。


 トーマスの放った短剣は、見事にメタルリザードの後方から尻尾ごと貫き、メタルリザードの体を固定する形で、地面に深く突き刺さっていた。


 メタルリザードは槍を外そうと藻掻いているが、地面深くまで刺さった短剣は、そう簡単には抜けそうにない。


「カーマどうだった?」


 しっかりとメタルリザードの動きを止め、一撃を加えた大手柄のトーマスは結果が気になるのか小走りでこちらに駆け寄ってくる。


「ああ、ばっちりだトーマス! 後は、俺がとどめを刺してやるぜ!」


 俺は、剣を両手で構え、いまだ藻掻いているメタルリザードの前に立つ。


「ちょっと待て、カーマ。ここは一度こいつに一撃を喰らわした俺がとどめを刺そう。その方が確実だ」


「ダメだ、俺がとどめを刺し、このレア素材を高額で売り払い、そして借金を完済する」


「馬鹿な事を抜かすな、こんなレア素材だ。分けてもお前の借金くらい直ぐに返せる額だ。報酬は二人で山分けにすればいいだろ?」


「それもそうだな、ならこいつ、俺の愛剣を使ってくれ。大切にしてるんだ。くれぐれも壊したりするなよ」


「任せておけ」


 報酬の分け前までしっかり確認した俺は、トーマスに愛剣を手渡し、メタルリザードの前から下がる。


 トーマスは、先程まで俺の居た位置に立ち、俺の愛剣を両手で持ち上段に構える。

 だがここで、トーマスの様子に少しだけ異変を感じる事になる。


 魔力が剣先に集まる様子が見られないのだ。


 そんな俺の心配をよそに、トーマスは深呼吸をした後、一歩踏み出しながら勢い良く俺の愛剣を振り下ろす。


「エクス、カリーー」

 トーマスが何かを叫びながら振り下ろすと同時に、メタルリザードの頭部に当たった俺の愛剣が、パリんッという甲高い音と共に、真っ二つに割れる。


「うわあああああ!」

「うわあああああああああああー!」


 俺もトーマス自身も、予想外の出来事に反射的に叫んでしまう。


 そして、我に返って理解する。

 こいつ、わざと魔力を込めなかったなと。


「何してくれてんだてめえっ! 俺達約束したじゃねえかよ!!」


「悪い、わざとじゃないんだ。くれぐれもとか、お前が言うからつい……」


「ふざけんなよ、ほんとは名前だって決めてたんだぞ!」


「いいだろこんな一本くらい。どうせ、支給品のよくあるロングソードだろ! 名前なんて付けてる馬鹿いないだろ」


「お前が言うな!」


 そんなこんなで、獲物の前で言い合いを続けていると、刺激が加わった所為か、瀕死だった筈のメタルリザードが、唸り声を上げながら想定外の行動に出る。


 あろうことか、地面に固定されている尻尾を、自ら千切り逃走を図ったのだ。


「嘘だろ!?」


「さすがは蜥蜴とかげだな。やるなー」


「感心してる場合か! 追うぞトーマス!」


「ああ、短剣を回収したら、俺もすぐ向かう」


 目の前で臨時ボーナスを取り逃した俺達は、急いでメタルリザードを追いかける。


「おらぁっ!! さっさとくたばりやがれ! 具現出力、【炎の矢フレイムアロー】!」


「具現出力、疾風の刃ウインドエッジ!」


 メタルリザードを追いかけながら、この町に来てまだ一度も役に立っていない炎の矢を放つも、案の上動きの速いメタルリザードには掠りもしない。


 追いついてきたトーマスも風の刃を放っているが空を切るばかりだ。


 そんな俺達の後方、裏門の方から天使の様な声が聞こえ、だんだんとこちらに近づいてくるのが分かる。


「ふ、二人共、だ、大丈夫だった?」


 天使の様な声の主こと、正規隊員のメリサが、戻ってこない俺達の様子を見に来てくれた様だ。


「メリサか! すまん、今は逃げたメタルリザードを仕留める方が先だ。手伝ってくれ!」


「え、もう追い払ったなら、それでいいんじゃ?……」


「それじゃあ駄目なんだ! 頼む! 俺の今後の生活が懸かってるんだ!」


「……か、カーマ君が、そんなに言うならいいけど……」


「よし、まとまったみたいだな」


 何故、最後にお前が纏めるんだと、トーマスに言いたい所だが、時は一刻も争う状況だ。

 逃げていくメタルリザード相手に、魔法を放てるチャンスは距離的にも一度しかないだろう。


 これ以上先は、深い茂みが広がっている為、膝程の高さで動き回るメタルリザードを捜索する事は困難だと思われる。


「チャンスは一度切りだ、いいかお前ら、俺にとっておきの策がある」

 トーマスは先程同様に、不気味な笑みを浮かべながら俺とメリサに語り掛ける。


 さっきの囮作戦は何とか上手くいったが、果たして今回はどうだろうか。

 不安が積もるばかりだ。


 それに、トーマスが俺達同期の中で、何故かリーダー的存在になりつつあるこの序列を何とかして変えたい、いや、寧ろ、ぶっ壊してやりたい。


 そして同時に、この退廃した職場に現れた天使の様なメリサに、頼れる男としてアピールするチャンスでもある。

 こんな絶好の機会逃すわけにはいかない。


「まあ、待てよトーマス。今回は俺の案で行かせてくれ」


「どうした急に。さっきの囮がそんなに嫌だったのか?」


「違う、そうじゃないが、こればっかりは譲れないんだ」


「ふ、二人共、さっきから何言ってるの? 早くしないと逃げられちゃうよ!」


 確かにメリサの言う通り、逃亡を図ったメタルリザードは、茂みの奥に今にも辿り着きそうにも見える。


 いきなりだが仕方ない。


 我がブレー村に太古より伝わる、対魔物用必殺の連携技を披露する時だ。


 悔しいが、この二人は俺より実力は数段上だ。


 間違いなく初見でも俺の意図を読み取って合わせてくれる筈だ。

 二人を信じよう。


「お前ら俺に合わせろ! ユニゾンアタックだ!」


「え、そんなマニュアルあったっけ?」


「わ、私も全然知らないけど……」


「貫けっ! 具現出力、【炎の矢フレイムアロー】!」


 俺は二人を信じ、先陣を切って炎の矢をメタルリザードに放つ。


 ユニゾンアタックは二の矢、三の矢と違う角度から連続した魔法の連携攻撃で、どんな魔物が相手でも三の矢で致命傷を与える必殺奥義だ。


 少なくとも、俺はそう聞いている。


 案の定、メタルリザードは俺の放った炎の矢を右に素早く飛び難なく躱した。


 だが、問題ない、本命は俺じゃない。


「今だ、トーマス、メリサ!」


「「えっ?」」


 隣を見てみると、ぽかんとした様子の同期二人が何をするでもなく、只々、立ち尽くしていた。


「えっ? じゃないだろ! 俺の作戦を無駄にする気か! 取り敢えず、いい感じのタイミングで魔法を撃て!」


「ちょっとカーマ君、さすがに急すぎて分かんないよ!」


「そうだぞ! 普通、合図くらいくれよ!」


「しょうがないだろ、時間なかったんだから。それよりお前らとっとと撃て!」


「「わ、わかった!」」


「具現出力、【疾風の刃ウインドエッジ】!」


「具現出力、【光の槍ライトスピアー】!」


 俺の攻撃から少し間を開け、メタルリザードが体勢を立て直した頃、ようやく二人が別々に得意の魔法を放つ。


 風の刃と光の槍が、茂みを掻き分け一直線にメタルリザードを襲うが、森の奥に向かって飛び上がったメタルリザードに惜しくも躱されてしまう。


 連携でも何でも無い、個々の遠距離魔法は躱すに容易い攻撃だったのだろう。

 メタルリザードは森の奥に消え、俺達の前から姿を消した。


「ああ、俺のボーナスがぁー! なんでお前、さっきみたいに短剣投げ無いんだよ!あれなら行けただろ!」


「えー、投げたら取りに行くのめんどいだろ」


「そんな理由かよ!」


「とりあえず、あいつの事は諦めろカーマ、幸い尻尾は確保したんだ」


「そ、そうだよ。フェ、フェイさんが裏門でずっと待ってるから、早く戻らないと」


「メリサの言う通りだな、とっとと尻尾を回収して戻ろう」


「そうだな」


 俺達は茂みの中に消えたメタルリザードを諦め、林の入口まで引き返す事にした。


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