第13話 あるバイト門番の失態

「確か、この辺りだったよな」


「ああ、ここから短剣を抜いた筈なんだが……」


「ほ、ほんとにここであってるの? 綺麗に何にもないけど……」


 おかしい、ここで俺が囮になってトーマスが短剣を投げたが、元は林の中の獣道だった筈だ。


 しかし、尻尾は愚か、槍が刺さっていた穴も無くなり綺麗な更地になっていた。


「なあトーマス、場所はここで間違い無いんだよな?」


「ああ、間違いない。やたら綺麗になってて見間違えたが、俺はここで回収した筈だ」


 トーマスはまるで整備された様に整った地面をしゃがみ込みながら、何かを確かめていた。


「じゃあ何だってんだよ、あれか? 他の魔物がここにあった尻尾を持って帰るついでに、穴が開いた地面を直していったって事か?」


「そうは言って無い。だが、そんな奴でも現れないと説明がつかんだろ」


 確かにトーマスが言う通り奇妙な話だ。


 そもそも、メタルリザードの尻尾は俺達、人間からすれば高額で換金できる貴重な素材だが、魔物からすれば金属の様な鱗が表面についた、身の少ない尻尾だ。


 好んで食べようとする魔物は少ないだろう。

 それに、どうして獲物を取りに来た魔物がわざわざ穴を埋める必要があるのだろうか。


「なぁ二人共、尻尾を強奪した奴ってどうやって地面を整えたんだろうな」


「どうだろうな。空いた穴を塞いで、太い丸太でも上から転がせば、ある程度は平らになりそうだが、短時間でやったにしては綺麗すぎる。魔法とか?」


「そ、そんなの事、出来てアーチさんくらいしか……」


「「あいつだっ!!!」」


 俺とトーマスは全てを理解し、全力で走りです。


 もし、あいつが本当に尻尾の強奪犯であった場合、今正門には居ない筈だ。

 フェイさんか警備長に告げ口をして、捕まえて貰えばまだ尻尾を取り返せるチャンスがある。


「ちょ、ちょっと二人共待ってよー!」


 メリサも遅れて着いてくるが、今は可愛い同期より、目の前のお金が優先だ。

 あっいう間に林を駆け抜け、フェイさんの待つ裏門まで戻る。


 先程まで、城壁の上で監視をしていた筈のフェイさんは、俺達の代わりに裏門の下まで降りて来ている。


「遅いぞお前達! 一体、何処まで行ってやがった!」


 すっかり待ちくたびれたのか、頼りの綱の筈のフェイさんはかなり怒っていた。

 遠目でもかなり怖い顔をしているが、今は一刻を争う事態だ。

 気にしてられない。


「すいません! でも、アーチが、アーチの奴が俺達の尻尾を!」


「俺とカーマが証人です。 今すぐアーチを捕まえて下さい! あいつは勤務中に正門の警備から抜け出して俺達の尻尾をーー」


「何だ、さっきから俺達の尻尾って。そんな事よりもだ、お前らには言っておきたい事がある」


「何ですか、今はそれどころじゃ……」


「なあカーマ、お前達の仕事って何だ?」


 俺達の訴えを遮って、フェイさんが問いかける。

 俺の隣には、遅れてやって来たメリサが、気まずい空気を察して無言で俯いている。


「門の警備です」


「だよな。で、トーマス、お前らは今まで何してた?」


「何って、リーダーの指示通り、裏門に来た魔物達を撃退した所です」


 トーマスもフェイさんの気迫に押されてか、珍しく語尾が敬語になっている。


「そうだな。俺の指示通りにお前ら動いたんだよな?」


「「はい」」


「だったら尚更だ、メリサ、何でお前は門の前を離れた?」


「え、え、えっと……」


 フェイさんは不意に厳しい視線をメリサに送り、追及を始める。

 メリサは自分が責められる事を全く予想していなかった様子で、動揺し言葉を詰まらせていた。


 メリサは俺達の為に良かれと思って動いてくれた筈だ。

 悪いのはメタルリザードを深追いした俺達だ。


「メリサは俺達の援護に来てくれたんです。メリサが来なかったら俺達も危なかったかもしれません」


「カーマ、俺はそういう事を言いたいんじゃない。俺が言いたいのは、お前達三人がやってる仕事は、あくまで門の警備だ。魔物の討伐じゃないって事だ」


「ですが、メリサは仲間を助けようと……」


「お前ら、俺が言った事を忘れたのか? 俺の事はいない者だと思って戦えって言った筈だ。勝手に林まで深追いした奴を、門の前を離れてまで助けに行く必要はないって事だ」


「そこまでじゃ、フェイ」


 俺達がフェイさんに詰められている最中、外壁の上から警備長とおぼしき大きな声が聞こえる。


 外壁の上から一際大きな人影がこちらに向かって来る。

 おそらく、ピンポンパンを聞いていた警備長が裏門側に様子を見に来てくれたのだろう。


 フェイさんは外壁の上にいる警備長を見上げながら問いかける。


「警備長、どうして裏門に?」


「フェイ、ちっとばかし言いすぎじゃ。まだこやつらは入ったばかりの新人じゃぞ」


「しかし、まだこいつらに、この町の門を守る事の重要性をーー」


「す、すみません。全部、わ、私の判断ミスです。本当にごめんなさい!」


 メリサは自分の行動に非を感じていたのか、上官二人の会話に割り込んで頭を下げた。

 涙目になりながら謝る姿は、軽率な行動をした俺達にに罪悪感を抱かせるのには十分だった。


「いいんじゃメリサちゃん、初めはみんなそんなもんじゃからな。な、フェイ?」


「……そんな昔の事はとっくに忘れましたよ」


「フェイもルートも入った時はお前達と何ら変わらん。じゃがな、これだけは覚えといてくれるか。一度でもこの門を魔物や賊に突破された時、この平和で活気溢れる王都は一瞬にして崩れさるという事を」


「「「はいっ」」」


「よし、それだけ覚えといてくれればもうこの話はおしまいじゃ。メリサちゃんも反省しとる様じゃし、いいなフェイ?」


「……分かりました」


 警備長はこの場を収めると一仕事終えた様にため息を吐いて事務所に引き上げようとする。


 そんな中、俺は忘れかけていた事を思い出す。


 警備長とフェイさんがこんなに熱弁してくれたにもかかわらず、門の前を飛び出し俺達のメタルリザードの尻尾を盗んだであろう、あの女盗賊を。


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