第14話 あるバイト門番の脱出

「警備長!フェイさん!一つ聞いてもいいですか?」


「どうしたカーマ?」


「お二人は、もし、今、門番の仕事を放棄して金稼ぎをしている奴がいたら、どうしますか?」


「急にどうしたんじゃ?」


「そうだった、ナイスカーマ。危うく忘れる所だったぜ」


「どうした二人揃って?」


 トーマスも本題を思い出したのか顔を上げ生き生きとした表情を浮かべている。

 俺とトーマスだけでは捕まえられるか怪しい所だったが、警備長とフェイさんならあの女盗賊を捕まえられるに違いない。


「警備長とフェイさんが築いてきた、この誇り高き第三警備隊の中に、職務放棄してまで人様のメタルリザードの尻尾を持ち逃げし、売りさばこうとしている賊がいるとしたら?」


「どっちじゃ、男か女か?」


 俺の言葉に警備長が眼光を鋭く光らせながら振り返り、何故か性別を聞いてくる。


「女の方です」


「まーたあいつか!」


 トーマスが即答すると警備長の頭から血管が浮き出始めた。


「アーチならあそこにいるのがそうじゃないのか? 具現出力、【氷釘アイススパイク】!」


 フェイさんが正門側の城壁の上を指さしながら氷柱をアーチらしき影に放つ。

 流石はフェイさんだ。

 対アーチに関して容赦が無さすぎる。


 フェイさんが放った氷柱は寸分狂う事無く、アーチらしき影の首元を確実に貫いた。


「「やったか!?」」


「いや、あいつに当たったって事は、あそこにいるアーチはダミーで間違いない」


「なっ、ダミーだと!?」


「何ですか、それ!?」


「ああ、土魔法を悪用して毎日家を建てるような奴からしたら、自分の姿をした土人形ぐらい作るのは容易いからな。それにあいつは、ガキの頃からそうやって色んな事から抜け出してきた前科持ちだからな」


「それじゃあ、本物はどこに?」


「あいつなら今頃、買い取ってくれる店でも探して町中走り回っとるんじゃろ」


 確かにアーチの魔法を操る技術は悪用と言って良いレベルだと思うが、警備長にぶっ飛ばされるリスクを負ってまでやる事なのか。


 俺には到底理解出来そうもない。

 アーチの真意は付き合いの長そうな上官達に聞いて見る事にした。


「あいつは、どうしてそんな事までして強盗紛いの事を?いくらメタルリザードの尻尾が高額で取引されるっていっても……」


「まあ、大方今月の支払いが厳しいだけじゃろ」


「そんだけ!?」


「カーマお前、そんだけって言ってるがメタルリザードの尻尾は、ギルドに解体に出すとそうでもないが、裏のルートで売り捌けば十万ロームは確実だぞ」


「ほんとですか!?」


「う、嘘だろ!?俺達が逃したあいつにそんな価値があったなんて……」


 トーマスと二人で想像の数倍の値段に驚愕していると、メリサが首を傾げながらフェイさんに質問をする。


「フ、フェイさん、そ、その裏ルートって何ですか?」


「ああ、まだこの町に来て日が浅いと分からんかも知れんが、商業エリアの奥には胡散臭い商売をやってる輩がいてな、その中にギルドの数倍の値段でレアな素材を買い取ったりしてる危ない連中がいるって訳だ」


「あの青い看板の所じゃろ、店の名前は何じゃったかなー?」


 青い看板の店か……などと思考を巡らしていると、トーマスが俺に近寄り俺だけに聞こえるくらいの声で耳打ちをしてくる。


「おいカーマ、行くぞ、追って取り返すぞ」


「ちょっと待てよ、分かってるのかお前、あんだけ、門の前を離れるなってフェイさんに叱られたばかりだぞ」


「そこは任せておけ、俺に策がある」


「断る!」


「何故だ!」


「そんなもん、信用出来ないに決まってるだろーが」


 もうトーマスの作戦には乗りたくない。

 俺は目先のお金じゃなく、自分の保身を選ぶ。


 それに、メリサが涙目を浮かべる程、詰めてきたフェイさんとあの警備長がいる前から逃げたら、それこそクビまっしぐらだ。


「そうか、ならいい。無理強いして悪かったな、俺は一人でも取り返してやるぞ、お前はここで指でも咥えて待っているがいい。俺があの女盗賊を倒し英雄になる様を」


「トーマス、グッドラック!」


 英雄にはなりたいが、アーチと言う一門番を倒したところで英雄にはなれないだろう。

 とりあえず、どや顔のまま固まっている、この痛々しい同期に親指を立てて戦場に送り出す事にした。


「そうか、ならいい。無理強いして悪かったな、俺は一人でも取り返してやるぞ、お前はここで指でも咥えて待っているがいい。俺があの女盗賊を倒し英雄になる様を」


「だから、一人で行って来いっての!」


 何で、全く同じテンションでもう一回言ったんだろうか。

 耳悪いのかなこいつ。


「そうか、ならいい。無理強いして悪かったな、俺は一人でも取り返してやるぞ、お前はここで指でも咥えて待っているがいい。俺があの女盗賊を倒し英雄になる様を」


「もう止めてくれ、頭がおかしくなるって!」


 こいつ、俺が話に乗るまで永遠と同じドヤ顔で同じ事を言うつもりか。

 こんな痛いセリフしか聞いてない俺の右耳はもう限界だ。


「そうか、ならいい。無理強いしてわるかっーー」


「もういいっ! 分かった、分かったから! まずその顔を辞めてくれるかな?」


「任せておけ、俺に策がある」


「あっ、そこまで話が戻るのね。で、なんだよ?」


「俺がここから離れる為に捨て身で突破口を開ける。お前は俺が行動を起こしたら、俺に便乗して付いてこればいい」


「……お前本気か? 死ぬかも知れないんだぞ」


「分かってるさ、でも今度は俺が囮をやる番だ。俺の犠牲を無駄にするなよ」


「トーマス、グッドラック!」


 何時にもなく真剣な、眼差しで覚悟を決めたトーマスにもう一度親指を立て、再度戦場に送り出す。


「お前らさっきか何コソコソやってるんだ? さっさと配置に戻るぞ」


「はいっ」


 さすがに耳打ちが長すぎたか。


 しかし、トーマスがどんな風に突破口を開けるか分からない状況では、警備長はともかく、勘の良さそうなフェイさんには、気を付けなくてはいけない。


 すると、先程まで隣にいたトーマスは急に股間に手を当て内股になり、もじもじしながら警備長とフェイさんに向け、歩みを進める。


「えー、お、お取込み中すいません、今が業務中というのは百も承知ですが、わたくし、急にお腹と膀胱の方が痛みまして、トイレに行って来ても宜しいですか?」


 トーマスがもじもじしながら上官二人に交渉を始める。


「もうちょっと何とかならんかトーマス、もうちょっとで定時になるじゃろ」


「だ、駄目です警備長。もう半分くらい出て来てます」


「もう、半分出て来てるのか!? 仕方ない行ってこい! 定時には戻って来いよ!」

「ありがとうございます!」


 トーマスは、股間押さえもじもじしながら裏門から姿を消した。

 俺に早く来い、と言わんばかりに親指を立てながら。


 そのわざとらしい演技と内容に、メリサはトーマスに向かって、トーマスが半分出しかけた何かを見るような軽蔑の目を向けている。


 あいつ、これが本当に命を懸けて開けた突破口とでも言うのか。

 それでいいのかトーマス。


 だが、しかし、トーマスがメリサからの好感度を犠牲に作った数少ないチャンスだ。

 俺もこれに続くしかない。


 やってやる。

見様見真似だが、俺も左手を腹部に右手を股間に当て、内股でよろよろとしながら警備長まで歩み寄る。


「け、警備長、お取込み中すいません、今が業務中というのは百も承知ですが、急な腹痛と膀胱炎に襲われまして、トイレに行っても宜しいでしょうか?」


「お前もか、あと少しじゃぞ、どうにかならんか?」


「だ、駄目です警備長! もう、もう、もう!」


「もうって、お前は何が出てるんじゃ?」


 どうする、さすがにトーマスと同じではバレてしまう危険がある。

 それにメリサにトーマスを見る様な目で見られたら、俺は立ち直れる自信が無い。

 ここは、深刻な状態を装ってみよう。


「ち、血です。さっきから血尿が止まらないんです!」


「何じゃと!?」


 よし、反応は上々、警備長はクリアした、後はフェイさんを欺けば……。


「具現出力、【祝福の光ヒールライト】!!」


「へっ!?」


 突如、メリサの放ったお節介回復魔法が俺の下半身を襲う。


「か、カーマ君、ご、ごめんね。突然でビックリしたよね。で、でもどう? これで少しは良くなったかな?」


 天使の様な笑みでこちらを心配そうに見つめるメリサが悪魔に見えるのは、間違いなくこの世界で俺だけだろう。


 しかしこれは本当にまずい、これでは俺がこの場を離れる理由が無いどころか、ただの嘘つきになってしまう。

 すぐに対応策を考えなくては。


「か、カーマ君? そんな苦しそうな顔して、まだ血が止まってないの?」


「まだ、ちょっとな。でも後はトイレで何とかしてくるからさ、ちょっと行って来るよ」


 俺はそのまま平然を装い、町に向かって後退りを始め、警備長達と距離を取る事にした。


「おいカーマ、ちょっと止まれ」


 フェイさんに不意に呼び止められる。


「……な、何でしょうか?」


 怪しまれているのは間違いないが、いくらリーダーでも部下のトイレを邪魔する権利は無い筈だ。

 こういうのは堂々としていれば上手くいく。


「メリサに回復して貰った筈のお前が、なんで門の前を離れようとしてんだ? お前まさかとは思うが、トーマスと一緒になってアーチを追いかけに行こうなんて思ってんじゃねーよな?」


「なんじゃ、そういう事じゃったのか……」


「そ、そんな、カーマ君もあのトーマスと同じ事を……」


 駄目だ、もう全部バレてる。

 くそ、こうなったら最終手段、強行突破だ。


「違います! 違いますが、トイレだけ、トイレだけは行かせて下さい!」


「カーマ、一つ言っておくぞ。目先の楽しさや金に釣られてる様なら、お前はいつまでたっても二流のままだ。まだ一流の騎士になりたいと思ってるなら、自分の欲望を制する事を覚えろ!」


「はい! すいませんでした! 失礼致します!」


 二流どころか三流の俺は、もうとっくに嘘とバレているトイレに行くと再度宣言し、裏門に背を向け、町に向かって走り出す。


「駄目じゃ! 戻って来いカーマ!」


 警備長の怒号が響く門から離れ、トーマスとの合流を目指し、走り続ける。

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