第15話 あるバイト門番の捕獲

 意外な事に警備長もフェイさんも、俺達を追って来ることは無かった。


 やっぱり俺は、アルバイト先の信頼より、目先の大金の方が大事なのかもしれない。

 トーマスに協力したのも結局は、金に釣られたからだ。


 これじゃあ、いつまで経ってもフェイさんの言う通り、二流のままなのかな。


 だが、過ぎた事は後回しだ。

 今は考えていても仕方ない。


 取り敢えず、アーチが向かったと思われる商業エリアの奥地を目指す。


 王都の裏側から貴族街を横目に通り過ぎ、時計塔の向こうにある商業エリアに足を踏み入れる。


 とはいえ、俺の知っている奥地は先日の苦い思い出が残るアルアルファイナンスくらいなので、まずはそこでトーマスを探そう。


 上手くいってれば、トーマスが既に、アーチを確保しているかも知れない。


「おーい! カーマ! こっちだ!」


 裏路地の中からトーマスらしき声が聞こえる。

 角を曲がり、声の方に駆け寄ると、そこにはトーマスと見知らぬおじさんが俺を待ち構えていた。


 おじさんは、裏路地街に似つかわしくない、上下青一色のかっちりとした制服と帽子を身に纏っていた。


 勝手な想像だが、たぶん、偉い人で間違いないだろう。


「悪いトーマス、遅くなった。で、アーチはいたか?」


「駄目だな、警備長が言ってた青い看板とやらも,俺にはさっぱりだ」


「そうか。で、隣のおじさんは誰だ?」


「ああ、お前は初めてだったっけ? この人は王都の治安を守る警務官のオー・マワリーさんだ」


「宜しく! えっと、君はカーマ君で良いかな?」


「はい、マワリーさん。俺はトーマスと同じく門番しているカーマです。宜しくお願いします」


 挨拶と同時に固い握手を交わす。


「それで、どうしてマワリ―さんが?」


「俺が呼んだんだよ。このオー・マワリーさんは、この町の犯罪を取り締まる防犯のプロだ。そんな人が味方になってくれたら百人力だろ?」


「それもそうだな」


「まー、我々警務官としても、アーチには散々手を焼かされてきた。今日こそは現行犯で捕まえて見せますからご安心を」


 さすがベテラン警務官。

 安心感が他の大人と段違いだ。

 これなら俺の尻尾も取り返せそうだな。


「まずは、その青い看板の店を見つけましょう」


「「分かりました」」


 散開し、各々が目的の青い看板の店を目指し、探し回る事、数分後。


「カーマ君、トーマス、目標を見つけたぞ! 至急こちらに集まって来てくれ!」


 マワリ―さんの声のする方に向かうと、そこには裏路地街には珍しい巨大な青い看板を掲げた店舗が姿を見せた。


【買取実績ナンバー1!! 高価買取、販売、加工、ビックリクラフト!!】


 うーん、実に怪しい限りだ。

 それにここは確か、前に求人で見た怪しい工房と名前が一致している。

 あの時は確か、火起こし要員を募集していた様だが……。


「マワリ―さん良く見つけましたね」


「青い看板を探していたら、丁度この看板が目に入ってね。店内に人影も無かったから、まだ来てない筈だよ」


「さすがはオー・マワリ―さんだな。あとはここでアーチが来るのを待てばいいんだな」


 遅れてきたトーマスも合流し、後はアーチを取り押さえるだけだ。

 拘束はその道のプロであるマワリ―さんに任せて、俺は尻尾の奪還に専念しよう。


 数分後、沈み始めた夕日が青い看板を照らす頃、その時は訪れた。


 物陰に俺達が潜んでいる事も知らずに、背中にメタルリザードの尻尾を背負ったアーチが姿を現したのだ。


「現れました!」


「オ・マワリーさん、あいつです!!」


「任せろ! おいっ、アーチ・クルーパー!! 窃盗の容疑でお前をこの場で現行犯逮捕する!」


「確保っー!!」


 何故か、トーマスの合図ではあったが、マワリーさんは、一心不乱にアーチに向かい走り出した。


「あたしの事知ってるみたいだけどさ、誰だよ、おっさん」


「私は、この街の愛と平和と、その他諸々を守る警務官、オー・マワリーだ!」


 マワリ―さんは勢いよく駆け出し、アーチとの距離を詰めていく。


「あっそ、なんでもいいけどさー、そろそろ邪魔だよ。具現出力、【大地の巨腕ギガントロック】!!」


 アーチは不敵に笑みを浮かべながら、右手の拳を地面に叩きつけると、同時にマワリ―さんがいる周辺の地面が揺れ始める。


「オー・マワリさん、離れろ!」


 トーマスが一早くマワリ―さんに異変を知らせるも、間に合わない。


 地面から凄まじい速さで生えた、まるで巨人の腕の様な岩石が、マワリ―さんの体を上空に吹き飛ばす。


「ぎゃあああああああああああああああああああああーーー!」


 とんでも無い悲鳴と共に、一瞬にしてマワリ―さんは、時計塔の高さを越えて行った。


「ビッグフラーーイ、オー・マワリ―さーーん!!!」


 何故かトーマスは、吹き飛んだマワリ―さんを見上げ、縁起物でも見るかの様に高揚している。


 こんな緊急事態になんて奴だ。

 とにかく、一刻も早く落ちて来るマワリ―さんを助け、向こうでニタニタ笑っているアーチを捕らえなくては。


「おい、トーマス。マワリ―さんを、お前の風魔法で何とか出来ないか?」


「何とかって?」


「上手い事、落ちて来るマワリ―さんに下から大量の風を送ったらよ、上空からゆっくりマワリ―さんを下ろせないか?」


「そんな無茶苦茶な、いくら俺でもそんな器用な事出来ないぞ?」


「いいから、やれ、全力で!もう落下始まってるぞ!!」


「分かった、分かった、やるよ。具現出力、【突風エアストーム】!!」


 トーマスが真上から落ちてきているマワリ―さんに向かって強烈な風を放つ。


「うわあああああああーーーーーー!!」


 すまない、マワリ―さん。

 もうちょっとだけ我慢してくれ、これは貴方を無事に助ける為に必要な事なんだ。


 凄まじい、風量だ。

 これならマワリ―さんも無事に……あれ?

 この風魔法、風量、強すぎやしないか?


 垂直に落下していたマワリ―さんの体は、トーマスの加減を間違えた突風で、もう一度、大空を舞う事となった。


「トーマスやりすぎだっ!!」


「ビッグフラーーイ、オー・マワリ―さーーん!!!」


「何、言ってんだてめえ! 不謹慎だろ!!」


「いや、チャンスかなと思って」


「そんな事言うチャンスなんて伺ってんなよ! また落ちて来る前に、軽くさっきの魔法を使ってくれよ」


「了解した。具現出力、【突風エアストーム】!!」


 今度は程よい風量で、マワリ―さんの落下をスピードを程よく減速してくれている。

 これならマワリ―さんを助けられる。


「トーマス、二人でマワリ―さんをキャッチするぞ!」


「任しておけ」


 俺達はやっとの想いで、空中を彷徨いペラペラになったマワリ―さんを二人掛かりでキャッチする事に成功した。


「む、無念……」


 マワリ―さんはそれだけ呟くと俺達の腕の中で、そのまま気を失った。


「あーあ、笑った笑った。トーマス、あんた見かけによらず、意外におもろい奴だったんだー。それじゃーお疲れー! 具現出力、大地の監獄ロックロック!」


 アーチは何事も無かったかの様に、俺達の前を通りすぎながら魔法を唱える。


 すると、俺達を取り囲むように、地面から生えた岩の柱達が重なり合い、岩石の監獄を作り出した。


 頑丈な岩に閉じ込められ、叩いても、折れた剣を突き刺しても、びくともしない。


「何だよこれ、おいアーチ! 聞こえてんのか!」


 返事がない。

 あいつ、このまま無視して売りに行くつもりか。


「トーマス、お前もなんか言ってやれよ!」


「……カーマ、俺はもう満足だ」


「何がだよ、このままじゃ目の前で尻尾を売り飛ばされるんだぞ?」


「いいんだ、俺は、もう。あんな美人に面白いって言って貰えた、それだけで十分だ」


「惑わされるな! あいつは所詮、側だけのクソ女だぞ!!」


「それでもいいんだ」


 駄目だ、こいつはまだ、アーチに対して幻想を見てやがる。

 俺だけでもやるしかない。


 幸い、岩の隙間から手は出せそうだ。

 アーチが店に入る前に、俺の魔法でぶっ飛ばしてやる。


 アーチがこちらに背を向けている分、動き回るゴブリンと違いしっかり的に当てる事が出来る筈だ。


「具現出力、【炎の矢フレイムアロー】!!」


 右手に魔力を最大限集め、威力を重視した一撃をアーチの胴体を目掛け放つ。


 死角からの一撃が、確実にアーチが付けている胸当てに命中する。


「どうだー! クソ女! 参ったか!」


「はいはい、参った参った!」


 アーチは上着の袖が多少焦げた程度で何事も無かったかのようにケロっとしていた。


「そんなに必死こいて、あたしの服に攻撃してきて、カーマはあたしの服をどうするつもり? もしかして体目当てとか?」


「ち、ちげえよ! この貧乳女!」


「具現出力、【大地の巨腕ギガントロック】」


 アーチはそう呟くと、こちらを振り返る事無く、歩き出した。


「アーチ! すまんかった!! 貧乳は言いすぎた! だから、止めてくれ!」

「俺は、勿論……大歓迎だ」


「「ぎゃああああああーーー!!」」


 地面が揺れ始めるなか、俺の弁明はアーチの耳に届く事は無かった。


 意識失う最後に見えたのは、只々綺麗な夕日と崩れた監獄の残骸達であった。


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