第6話 あるバイト門番の研修②

「あーあ、笑った、笑った。よーし、あいつらに巻き添えもくらわした事だし、私は着替えて来るわー」


 アーチはこの場を逃げる様にそそくさと事務所に向かおうとする。


「アーチ、今事務所にいる新人を連れて一緒に正門のサポートに入れ!」

「はいはーい!」

 フェイさんの命令にもアーチはこちらに振り返る事無く、返事のみで去っていった。


「「「ふうーーーーっ」」」

 アーチが去った正門前は、大人達の深い溜息で溢れ返っていた。


「まーお前ら、あいつに関しては悪い見本とでも思っといてくれ。そんじゃ、このまま警備頼むぞ」


「「「はいっ」」」


 警備長が呆れた様な顔で俺達に告げるとフェイさんと共に、疲れ切った様子で事務所に帰っていった。


 賑やかだった正門前は、俺、セルドさん、トーマス、ゲータさんの四人に戻る。


「何とか、巻き込まれなくて済んだようだな、風が落ち着きを取り戻した」


 今まで影を薄くしていたトーマスが呟く。


「ごめんね、うちのアーチが迷惑かけたみたいで」


「何だったんすか!あの竜巻みたいなきったない女は!あいつのせいでひどい目に会いましたよ!」


 突然巻き込まれてラリアットまで食らった俺は、先輩達に愚痴らずには居られない。


「まー姉御はいつもあんな調子だけどなー」


「何で二人は平然としてるんですか?」


「そんなもん簡単だ、慣れだ」


「うん、慣れだね」


 セルドさんはともかく、ゲータさんも、アーチに関しては気にもしてない様子だ。


「アーチはあんなんでも、戦いにおいての実力だけは凄いから、多めに見てやってよ」


「ゲータさんがそんなに言うならいいですけど……」


「そうだ、さっきフェイさんが言ってたサポートって何なんですか?」


「ああ、それはね、サポートはその名の通りメインで警備に当たる僕達の補助に入るポジションの事でね、僕達は、この門の前から就業中、十二時間離れる事は出来ない。それでも、急なトイレ休憩や昼休憩は必要だから、普段は城壁の上で周囲を監視して必要な時に代わって警備に入ってくれるのが、サポートの仕事ってとこかな」


「なるほど、確かに長時間の警備には必須って事ですね!」


「まー、そういうこった!」


 ゲータさんの丁寧な説明を受けていると、街道からぞろぞろと、たくさんの荷物を載せた馬車の列がこちらにやってきているのが見える。


「おっ、そろそろだな。カーマ、トーマス、お前らも気合入れろよ、今から昼の通行ラッシュが始まるぞ」


「そーだね、とりあえずマニュアルを渡すから、僕たちの動きを見といてね」


「はいっ!」


「良いだろう」


 俺とトーマスはマニュアルの用紙を受け取り、それぞれ教育担当の先輩の後ろに控え、目の前の街道に広がる馬車の行列を待つ事にした。


 そろそろ本格的に受付の仕事が始まりそうだ。

 マニュアルに一通り目を通し終わった頃、目の前には通行人達の行列が出来上がっていた。


 先輩達は、正門の左右に別れ、受付を始める。


「それでは、お次の方、お名前と年齢、ご来訪の理由をお聞かせ下さい」


「それでは、通行料千ロームになります」


「確かに千ロームお預かりしました。ありがとうございます!」


 もはや熟練の技とでもいうべきか、二人がマニュアル通りの対応で一人ずつ正確に捌いていく。


 そんな二人の雄姿を前に俺とトーマスは、机の上に広げられた報告書に通行人の数を一人ずつ数えて記入していくという誰にでも出来そうな雑用しか出来ない。


 だが、俺達のやっているこの簡単な作業も、実は、重要な作業との事で気は抜けない。


 というのも、終業時に数えた通行客の数と徴収した通行料を比べるそうで、差異が生じる際には、担当者が自腹で補填する羽目になるという、あの警備長が考えそうな、すこぶるブラックな仕様になっているそうだ。


 そんな中、正確さよりもスピードを重視している様に見える二人はやはり凄い。


 言ってる事も、やってる事もマニュアル通りの単純な作業なのに、対応スピードのせいで熟練の達人技に見える。


 先程までとは違い無駄話をする余裕もなく時間だけが過ぎていく。


 いったい、この通行ラッシュが始まり、どれほどの時間が経ったのだろうか。

 少し行列に陰りが見えてきた頃。


「おっまたせー!アーチ参上!」


「お、お待たせしました……」


 先程のボロボロの恰好からは想像もつかない程に、すっかり装備に着替えたアーチと片手をアーチに繋がれ、いや、強引に引っ張られていると言った方が正しい様にも思えるメリサが正門前に現れた。


「おのれ、濡れ衣女め! さっきはよくもやってくれたな! ……って、ええ!?」


 俺は濡れ衣女、ことアーチに悪態をつこうとした、丁度その時、目の前の光景に驚愕する事となる。


 自分でアーチ登場と言い放ったその人物が、俺がこの町に来た時に正門で見かけた、派手な見た目の美人門番その人だったからである。


「まあ、お前の気持ちは痛いほどよーくわかる、俺もそうだった。でもな、これも慣れだ、来週には何にも思わなくなるからよ」


 セルドさんは、俺に肩を組みながら同情してくれている。


「そんで、新人君、どうしたん?」


「……えっとー、あなたは本当にアーチさん何ですか?」


「そだよー! 可愛いっしょ?」


「まあ……」


「何、照れてんだよお前! さっきの恨みをすっかり忘れてんじゃねーか!」


 そうだった、危ない、危ない。


 しかし、あの時、遠目から見ていたあの美人門番の正体が、あんな汚い身なりで遅刻してくる竜巻みたいな女だとは思いもしなかった。


 都会的な美人を目の前に耐性が無い分、不意打ちで照れてしまったが、もう大丈夫の筈だ。


 俺もとっとと先輩達の様に,すぐにこの職場と人に慣れて見せる。


「にしてもあれが、ああなるかー……」


 トーマスはアーチの変貌について、何故か感心しながら一人で呟いていたので、特には触れないでおこう。


「おっせえよ姉御! こっちはもう腹ペコペコだぞ!」


「残念っ! 交代するのはゲータの方だってよー」


「ごめんね、セルドとカーマ君、僕達が先に飯に行ってくるから、ちょっと待っててね」


「そんなぁっ!」


「じゃあトーマス君、ここはアーチとメリサちゃんに任せて、先に飯行っちゃおっか!」


「そうだな」


 サポートの二人と入れ替わる形でトーマスとゲータさんは、昼休憩に入って行った。


「カーマ、俺達は後一時間経てば飯食えるから、それまで頑張ろうぜ!」


「はいっ」


 俺達は無駄口を合間に挟みながら、ピークが過ぎまばらになった通行客の対応を始める。


 通行客の対応に余裕が出来てきたこともあり、俺やメリサも先輩達に倣ってマニュアル通りに受付を試みる。


 すると、俺の前に馬車を引いた一人の青年が近づいてくる。


「それでは、お、お次の方、お名前と年齢、ご来訪の理由をお聞かせ下さい」


「王都に行商でやって来たウルドです」


「それでは、通行料千ロームになります」


「はいっ、これでいいですか?」


「えーっと、たしかに千ロームお預かりました。ありがとうございます」


 ウルドと名乗った馬車を引いた青年は、こちらに会釈をして正門を潜っていく。


 マニュアル通りではあったが、何とか対応出来た様だ。


 後ろでセルドさんが親指をこちらに立ててくれている。


 正直な所、さっきのピーク時に見た二人程のスピードはまるで無いが、最低限の対応は出来たと思う。


 難しそうに見える仕事もやってみると案外、単純で簡単だったりするものだ。


 反対側では,恥ずかしがり屋のメリサでも難なくこなせている様だ。


「セルドー、あんた後輩出来て嬉しそうだね、すっかり先輩面してるし」


「姉御こそだろ?」


「そだねー、特にメリサは私の妹にしたいから大事にしないとね」


「ア、アーチさん……」


 アーチとメルテさんの何気ない会話の中、メリサはアーチに妹宣言されてもまんざらでは無さそうだ。

 俺としては、メリサには付いて行く先輩を間違えないで欲しい限りだ。


 程無くして、ゲータさんとトーマスが帰って来た為、俺達は、昼休憩に行く事になった。


「やっと飯だなー」


「ですね!」


 事務所の中に併設されている休憩所で、人数分注文されている弁当をセルドさんと、頬張り始める。


「うまいっすね! これなら毎日の昼飯が待ち遠しいですね!」


「だろー、最初は特に感動するよな」


「ちょっと少ない気もするけど、これなら安心できそうです」


「まー、これも給料天引きだけどなー」


「えっ! マジ、ですか……」


「……マジ」


「まーいっか! 旨いなら何でも」


「おう、細かい事は気にすんな!」


 これからほとんど毎日食べる事になるこの昼飯は、白米と総菜がセットになった、王都の中でも安いと評判のテイクアウト専門店、ホントチョットの弁当という事で昼飯の心配は要らない様だ。


 もちろん、給料天引きだそうだが。


「みんな、ここで代わる代わる食べてるんですか?」


「基本的にはな。ルートさんとかは、何でか毎回寮に帰ってるみたいだけどな」


「そうなんすね」


「まー女の人は何かと大変なんだろ」


 初めての昼休憩も、あっという間で終わってしまい、俺達は休憩所を後にする。


 だが、丁度その時、事務所で裏門を担当している、たしか他の隊から応援で来てくれている先輩達とばったり鉢合わせる。


「お疲れ様です」


「あー、第三警備隊の新人の子だよね、色々大変だろうけどさ、頼むから、また直ぐ辞めないでよ、まーた俺らが、入んなきゃいけなくなるからさ」


「分かりました」


「それじゃ、お疲れ」


「お疲れ様です」


 どうやら、第三警備隊の離職率は、他の隊の先輩からも忠告される程、異常な問題の様だ。


 午後の仕事は、午前と特に変わった事は無く、少ない通行人を相手に新人の教育が進められた。


 同じ様な流れ作業でも、初日という事もあってか、新鮮な為、時間が経つのも早く感じた。もうすっかり薄暗くなって来た頃、本日二度目の鐘の音が王都中に響き渡る。


 つまり、俺達にとっては終業の合図だ。


 

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