第5話 あるバイト門番の研修

「それでは、今からお前らには、研修から始めて貰うから、ここに座る様に」


 フェイさんにそう告げられながら、背後にあった長机と対になっている椅子に並んで腰掛ける。


「まず、この仕事の基本的な事から教えるね」

 説明係は、ルートさんが務める様だ。


「君達の仕事は、十二時間決められた場所で門の安全を警備する仕事です。勿論、その業務以外にもこの町を訪れた方に対する対応や、雑務はありますが、基本は、この町の安全を守る仕事だと覚えておいて下さい」


「「「はいっ」」」


「今日は朝の八時から夜の八時までの昼勤になりますが、来週からは夜八時から朝八時までの夜勤を控えています。君達は、四勤二休のペースで昼勤と夜勤を交互に繰り返して貰います」


「「「はいっ」」」


 俺達は、ルートさんの喋る言葉を一語一句逃さずに、貰った紙に書き写す。


「君達、第三警備隊の他にも、第一、第二、と全部で三つの隊に分かれて別々に勤務をして貰います。初めは慣れないと思いますが、先輩達もサポートするので、心配し無いでも大丈夫です。ここまでで、質問はありますか?」


 ルートさんから仕事と職場の基本的が説明されていく中、俺は恐る恐る手を挙げながら、朝からずっと気になっていた事を聞いて見る事にした。


「はいっ、あのー、この職場って警備隊が三つあると思うのですが、なんで、僕らは全員、第三警備隊に配属なんですか?……こういうのって普通、一つの隊に一人新人を配属になると思うのですが……」


「……それはですねー、単純に第三警備隊だけ人が足りないからです」


「それってどういう……」


「……簡単に言うと、第三警備隊だけ辞められる方が異常に多いので、こういった配属になってます、としか言えないですね。今日も他の隊から応援を頼んでいる状況なので。……でも、先輩達がサポートするので安心して下さい!」


「……安心出来るかっ!」


「それでも、安心して下さい!」


 朝っぱらのフェイさんといい、さっきの唱和といい、どう考えてもこの職場はやばい匂いがプンプンする。


 こういう職場をブラックって言うんだったっけな。


 俺からの質問にさらっと答えたルートさんは、俺達を安心させる為か、急に微笑み始めた。


 俺は知っている、美人の嘘っぽい笑顔程、怖い物は無いと。


 その後もルートさんの説明は続いていく。


「それでは、説明を再開しますね。カーマ君とトーマス君は、アルバイトでの採用なので、半年に一度、来期の契約更新をするか面談するので、そのつもりでお願いします」


「「はいっ」」


「皆さんが仕事に慣れるまでの間は、先輩の隣で学んで頂きます。それぞれ、仕事を覚えるまでは、先生となる先輩と共に業務に当たって貰います。勿論、同じ寮で生活する事になるので、休みの日の過ごし方も参考にしてみて下さいね」


「「「はいっ」」」


「それでは、今日は初日ですが、実際に装備を付けて、先輩の仕事ぶりを見学しに行きましょう。明日からは警備に加わって貰うので、そのつもりで見学して下さい。そこのロッカーに支給品の装備が入っているので、今から装着して下さいね、更衣室は向こうにあるので」


「「「はいっ」」」


 俺達は、揃って返事をし、自分の名前が書かれたロッカーに置いてある支給品の鎧と武器を更衣室で装備する。


 支給品の装備と言っていたが、しっかりと手入れされた片手剣、見た目よりずっと軽量で動き易い、白を基調にした鎧とブーツは、今まで真面な装備をした事の無い俺からすれば、どれも一級品に見えた。


 だが、この職場から高級感すら感じる支給品が配られる事に不安を覚えていた俺は、

 念には念をとルートさんに問いかける。


「ルートさん、この装備、高価な物ですよね? 俺達アルバイトにも支給して貰っていいんですか?」


 すると、ルートさんは、満面の笑みで応える。


「大丈夫ですよ、そちらの支給品は、門番工学に基づいて作られた、エムゴミクズ製の装備なので、そこまで値は張らないんです!」


 俺は、知らない単語のオンパレードに理解が追い付かない。


「すいません、門番工学って何ですか?」


「門番工学と言うのは、戦闘を滅多にせず、立ち仕事の多い、門番の為に作られた軽量と脆さが得りの激安品です!」


「ですよねー!」


 俺が、大人の事情に納得していると、トーマスとメリサも同じく装備に着替えた様だ。


 トーマスは俺と同じ甲冑とブーツに、朝から持っていた短剣を、変わらず腰に巻き付けていた。


 対するメリサは、首から下を全て覆うような男性用の甲冑と違い、軽量化された女性用の鎧に身を包み、腰には、俺の片手剣と比べてずいぶん細い刀身のレイピアを携えていた。


 小柄な体格ゆえに、多少鎧に着せられている感は否めないが、メリサにはとても似合って見えた。


「それでは、カーマとトーマスは俺と共に正門で、メリサはここでルートに指導を受けるように」


「「「はいっ」」」


 俺達は、メリサと別れ、フェイさんの指示通りに慣れない鎧姿で正門へ向かう。


 正門では、朝礼に出ていた二人の先輩達が、警備に当たっていた。


 まだ時間帯が早い事もあり、門の通行者が居ない為か、二人は足をプラプラさせながら、世間話でもしていたのだろうが、フェイさんの姿を見るや、すぐさま背筋を伸ばし始めた。


「ゲータ、セルド、今からお前らに一人ずつ新人をつけるから、二人に一から教えてやってくれ」


「了解!」


「セルドはカーマを、ゲータはトーマスを担当してくれ、寮の部屋も隣になるから仕事以外も面倒見てやれ」


「へえーい」


「じゃあ、後は、宜しく頼む、なんかあったらすぐ知らせてくれ」


 フェイさんは先輩二人に俺達を託すと、早々に事務所に引き上げていった。


「よう! 新人達! 俺がお前らの一つ先輩になるセルドだ! 年も近いし事だし、俺の事は呼び捨てで良いぞ! これから宜しくな!」


 セルドさんは、真っ直ぐな目でこちらを見ながら手を差し出してきた。


「カーマです。宜しくお願いします」


「トーマスだ。宜しく頼む」


「お前、いきなりは駄目だろ!」


 遠慮も無しに先輩から言われた通りタメ口を利いた、ハートの強いトーマスに思わず突っ込んでしまう。


 俺達は、セルドさんとがっしりと握手を交わすも、その顔は何だか不服そうだった。


「なんだよーカーマ、お前もタメ口で良いって言ったのに!」


「いえ、いきなりは流石にちょっと……」


 セルドさんは、茶髪の癖毛が印象的な、精悍顔つきの大男だった。


 記憶の限りだと、面接の時にフェイさんを呼びに行ってくれた長身のモジャモジャで間違いない。


 とにかく悪い人じゃ無さそうだが、いきなりタメ口は、難しい限りだ。


「ほらね、セルド、いきなりは無理って言った通りでしょ。僕はゲータ、今年で門番四年目になる二十二歳だよ。二人共、宜しくね!」


 何となく気まずい空気を察してくれたのか、間に入ってくれたゲータさんは、とにかく人の良さそうな笑顔が似合う紫色の髪の優しいお兄さんだった。


 確か俺が、この町に来た時に対応してくれたのも、ゲータさんだった様な気がする。


 二人共、喋りやすい先輩で一安心だ。


「まあーそれもそうか、でもよー、そのうちで良いからだんだんタメ口にしてくれよ、その方が喋りやすいからさ」


「宜しくお願いします!」


「それでは、トーマス君は僕と一緒に、カーマ君はセルドに付いて、仕事を覚えて行こうか!」


「「はいっ」」


 どうやら俺の教育係は、メルテさんで決まったみたいだ。


 とはいえ、今すぐ取り掛かれる業務は無い為、色々な業務を聞いていたが、朝番の基本は、通行人の受付が八割を占める様だ。


 貿易拠点としても栄えているこの王都は、この大陸の中心地に位置する事もあり、商人や冒険者など、他の街や村からの来訪客で特に昼の時間帯は、混み合うのだそうだ。


 この大陸の殆どの街は、そんな活気あふれる王都と貿易を結ぶ為、王都への街道だけは必ずと言って良い程、整備している事もあり、目的地への中継地としても使われる事も多い。


 実際に、俺の故郷であるブレー村も、王都への街道だけは何とか整備していたので、他の村でも同じような状況で間違いないだろう。


 セルドさんが言うには、通行人から来訪の目的を聞き、通行料を貰う。


 そんな簡単な仕事を淡々とこなし、異常時は、リーダーを呼んで対応して貰う、といった手筈になっているそうだ。


「そんで、その異常時にこの魔道具、ピンポンパンを使うって訳だ。お前、魔道具って知ってるか?」

「はい、込められた魔法によって、決められた働きをする便利グッズですよね?」

「そうだ。それなら、話は早いな」


 メルテさんが、鐘の紋章が刻まれた小型の魔道具を前に、なんだか得意気に説明を始める。


「へえー、この小さいのが、魔道具何ですか?」


「そうだ、この魔道具ピンポンパンは、正門と裏門、それから事務所の三カ所に設置され、連動している。これを、一回押せばリーダーへの呼び出しのサイン、二回押せば異常発生、三回押せば敵襲、といった風に使い分けている。むやみに押すと後でフェイの野郎に何されるか分からん、絶対に押すなよ!」


「わ、分かりました」


「カーマ、もう一度言うぞ、絶対に……押すなよ」


「ったく、押しませんよ!」


「俺が居ない時に限って、興味本位とかで絶対に……押すなよ」


「わっかりましたよ! 押さないですって」


「押せよっ!」


「何でだよっ!」


 反対側で真面目に説明をしているゲータさん、トーマスのペアとは対照的に騒々しい俺達がそんなやり取りを繰り広げている時だった。


「そんなら、このあたしが押してやろう!!」


 そう言いながら突然目の前に現れた女の子が、凄い勢いで、魔道具を連打し始める。


 ピーンポーンパーン、ピーンポーンパーン、ピンポンピンポンピンポン。


「やめろー! ちょっ、何やってんですかあんた!」


「何って、おはようの挨拶よ!」


 突然現れた女の子は、上下ボロボロの布切れに身を包み、まだ寝起きなのか橙色の長髪がぐしゃぐしゃの状態で魔道具を連打しながら、俺に勿論と言わんばかりに左手の親指を立てて見せた。


 なんの合図だよ。


 そして、だれだよ、あんたは。


 急な展開に理解に苦しむ。


 ……しっかしこの子がやって来てからというもの、砂埃がすごいな。

 鼻がムズムズするし、眼は痒くてしょうがない。


「おっ、やっと来たな姉御! 今日も寝坊か?」


「ったく、遅いよアーチは、まーた警備長に怒られるよ?」


 突然現れた身なりの汚い女の子に、メルテさんとゲータさんが慣れた様子で会話を始める。

 一方、トーマスはというと、離れた場所から不審者を見る様に、アーチと呼ばれた女の子を凝視していた。


 二人の先輩と面識はある事から、このアーチと呼ばれた女の子も十中八九、第三警備隊のメンバーで間違いないだろう。


「そそそ、またやっちまったわー! でもフェイに起こして貰ったから何とか間に合ったけどねー!」

「間に合ってないって、早く着替えておいで」

「はいはーい、行ってくるわー!」


 ゲータさんがアーチと呼ばれた女の子に、事務所に行く様伝えると、小走りで扉に向かって手を伸ばしたその時、扉が向こう側から開いた。

「げえっ!?」

 扉の向こうからは、すごい形相の警備長と呆れた様な表情のフェイさんが揃って現れる。

 警備長に至っては頭皮に剥き出しの血管が今にも爆発しそうな程だ。


「アーチ!まったお前は遅刻しやがったな!これで何度目だ、このバッカもんが!!!」


 警備長は開口一番に怒鳴りつけると、その勢いのままアーチの頭に拳骨を叩きつける。

「いっっった! 何すんだよ! 今日は、ギリギリセーフだろ!」

「んなわけあるかあー!!!」


 鈍い音と共にもう一発アーチの頭に向かって拳骨が落とされる。


「お前は、うちの安全二訓、守るのは町の平和と勤務時間を忘れたのか!」


「覚えてるよ、そんぐらい。てゆーかさ、なーんで二人が揃って出てくんだよ、なんかあったのか?」


「「お前らが呼んだんだろーが!!!」」


 今まで大人しかったフェイさんと警備長が揃ってアーチに突っ込んだ。


「あ~さっきの連打の事?あれならセルドとその赤い新人の子が悪戯で連打してたよー。あたしは辞めるように言ったんだけどね……」


 アーチはこれ以上拳骨を食らいたく無いのか、平然と俺らに濡れ衣を着せようとして来る。

「なんだと!お前らの仕業かクソガキ共!」


「違います、違いますって!」


「てっめえ!きったねえぞ姉御!」


「うるっさいわ、問答無用じゃあボケナス共ー!くたばれ!警備長流奥義、ダブルラリアットー!」


 頭に血の登った警備長に、俺とメルテさんの懺悔は届かなかったようだ。


「そんなー!誰か助け、ぎゃあああああああー!!!」


「俺は関係ねえだ、ぐああああああああああー!!!」


 俺達は、警備長のまるで太ももの様な逞しい両腕にラリアットされ吹き飛ばされる。


 二人で宙を何回転したか分からないが、転がり着いた先で俺達は大の字で空を見上げていた。


 今日も空は、青かった。


 俺はこの日見た、この広く美しい空の青さを生涯忘れる事は無いだろう。


 そして心に誓った、こんな職場、半年で絶対に辞めてやると。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る