第4話 あるバイト門番の入隊

そして、研修という名の、社会人デビューを記念する日がやって来た。


朝早くから決められた時間ギリギリに正門に集合する。

どうやら、俺の他にも新入隊員はいる様だ。


正門の前では、フェイさんの前に一人の少年と一人の少女が、既に背筋を伸ばした状態で、直立している。


何となく空気を察した俺は、二人が並ぶ列に同じ姿勢で加わる。


 「……ようやく、これで全員揃ったな。以前にも会った事はあると思うが、もう一度自己紹介させて貰う。今回、お前達三人が配属される事となった、第三警備隊のリーダーを務めているフェイだ、宜しく頼む」


 「「「宜しくお願いします」」」


 優しく接してくれた面接時とは、まるで人が違うフェイさんからの自己紹介に反射的に三人でほぼ同時に頭を下げながら返事をする。


 「今から朝礼に参加し、一人ずつ、自己紹介して貰うから付いてくるように。それと、お前達はこれから同期として共に仕事をしていく事になるので、仲良くするように」


 「「「はいっ」」」


フェイさんに言われた事もあり、真横に並んでしっかりと姿を確認出来ていなかった同期となる二人に目を向ける。


 俺の右隣に並んでいたのは、珍しい黒髪を目に掛かるくらいの長さで切り揃えた、切れ長の目が印象的な少年である。


 この少年は既に実戦での戦闘経験があるのだろうか。


軽装ではあるが、しっかりとした革の鎧に身を包み、腰には短剣をぶら下げている。


俺は一目見ただけだが、きっと実力者に違いない、と確信した。


続いて、奥に見えるもう一人の同期に目を向ける。


そこには、シルクのような銀髪を肩より上のラインで綺麗に切り揃えた、まだ幼さの残る顔立ちの美少女が、碧色に輝く瞳で不安げに、こちらに向けて微笑んだ。


……守りたい、この笑顔。


俺は、彼女と目を合わせた時には、謎の使命感に駆られていた。


少し恥ずかしそうな様子にしているのが、たまらない。


この町に来て色んな美人を見てきたが、ダントツで一番だ。


こんな子と同期になれるなんて、どうやらこんな俺にも運が回って来た様だ。


俺が、どうやって彼女に話かけようか悩んでいると、町の中心部から午前八時を知らせる鐘の音が聞こえてくる。


町のシンボルとして、王都の真ん中にそびえる時計台からの音で間違いないだろう。

 この王都では、午前八時と午後八時に住民達に時間を告げる鐘の音が鳴る事になっている。


まだ聞き慣れていない鐘の音に耳を傾けていると、フェイさんが衝撃の行動に出る。


具現出力ぐげんしゅつりょく、氷山の一角アイスメテオ!!」


 いきなり、空に向けた右手に魔力を集中させ、外壁沿いに建っている一軒の民家に向かって氷属性の魔法を放つ。


朝の静かな時間が流れる住宅街に家一つを飲み込むには十分すぎる程の氷塊が轟音と共に降り注ぐ。


聞いた事の無い音と共に、無抵抗の民家に氷塊が叩き付けられる。


「「「えっ!?」」」

 俺たちは、突然の常軌を逸した行動に後退りをしながら、揃って声を上げる。


 咄嗟の出来事に開いた口が塞がらない。


氷の塊が諸に直撃した民家は、土煙を上げながら、今にも崩れそうになっていた。


そんな異常事態に唖然としていると、フェイさんが特に表情を変えずに、こちらに向かってくる。


「……えー、ちなみに、遅刻するとこういう事になる。特にカーマ、お前は今日も面接の時もギリギリだった様だが、五分前にはちゃんと集合しておくように」


「は、はいっ、す、すいませんでした!」


「それじゃ、朝礼はもう始まっているだろうから挨拶しに行こうか」


フェイさんは、涼しい顔をして事務所に向かって歩き出した。


俺たちは、絶対に遅刻だけはしない、と心に誓い、ビクビクしながら無言でフェイさんの後を着いていく。


それにしても、あの倒壊した家の家主は無事なのだろうか。


あんな物が直撃したとなっては中の住民も無事では済まないだろう。


考えても仕方がない。


今は、目の前をスタスタと歩く、あの人を怒らせない様にするだけだ。


一歩一歩進む度に、すでに賑やかな声が聞こえる事務所が近づいてくる。


こういうのは、いつだって最初が肝心だ。

俺は面接の時と同様に気を引き締めながら、フェイさんに続いて事務所の中に足を踏み入れる。


そこには、以前よりも人が多い所為か、狭く感じる事務所の中で、面接の時にもお会いした警備長とルートさんが、前に立ち、朝礼を行っていた。


朝礼を受けている人の中には、見知った顔も確認する事が出来た。


俺が初めてこの町に来た時に受付してくれた、人が良さそうなお兄さんと、面接の時にフェイさんを呼びに行ってくれた長身のモジャモジャの人も確認する事が出来た。


「えー、それじゃあ、今日の連絡事項はこれで以上、夜勤と交代して持ち場に着くように……っと、言いたい所じゃが、フェイが新入生を連れて来たので先に自己紹介をして貰おうかの」


警備長が俺達を見つけるや否や、自己紹介するように促してくる。


「それでは、左にいるカーマから順に自己紹介をしてくれ」


「はいっ、私は、カーマ・インディ、ブレー村から来ました十八才です。火属性を得意にしています。精一杯頑張りますので、宜しくお願いします!」


俺が、可もなく不可も無い自己紹介をしながら頭を下げると、これから同僚になる先輩方はしっかりと拍手をして迎えてくれた。


暖かい職場みたいで一安心だ。


続いて、同期の男が自己紹介を始める。


「シティゲフンネットを見て来ました! ……あっ! 済まない、間違えた。 ……トーマス・ドウ、同じく十八才だ。今まではこの町のギルドで依頼を受け、冒険者として生計を建てていた。風属性を得意にしている、これから宜しく頼む」


トーマスは、何か俺の知らない単語を口にしては訂正していたが、しっかりとした自己紹介の後、俺同様に頭を下げ拍手に迎えられる。


それにしても、俺と同い年でありながらも、ギルドの依頼をこなして来たとなると、トーマスは相当な実力者の様だ。


だが、それでも、自分に自信があるのか知らないが、始めの自己紹介でその口調はどうなんだと思う。


しかし、この年齢でありながら自身で生計を建てていたとなると、さぞかし苦労をしてここまで生きてきたのだろうと、他人事でありながら感心してしまう。


そして、拍手が終わり、場が静かになった頃、最後に美少女が自己紹介を始める。


「メ、メリサ・ライグランと申します。……お、同じく十八才です。……り、リコー村から来ました。光属性を得意にしています。ふっ、不束者ですが、宜しくお願いします!」


かなり緊張していたのだろう、所々詰まりながらも、無事に自己紹介を終えたメリサは若干顔を赤らめながら俯いている。


そんな中、メリサの自己紹介が終わると、俺やトーマスの時と比べても分かりやすく大きな拍手がメリサに送られる。


同じ、新入生の筈が、だいぶ扱いに差を感じてしまうのは、気の所為だろうか。


「今、紹介してくれた三人はお前達、第三警備隊の一員となる。カーマとトーマスはアルバイトとして、メリサちゃんは正規隊員での採用になっているから、皆仲良くするように!」


「「はいっ」」


「えっ?」


「どうしたんじゃ、カーマ?」


先輩方が返事をしていく中に俺の声が混じってしまう。


「いえ、何でもありません」


「なら良い」


俺の声に気づいた警備長に何事もなかったかの様に返答する。


……今、メリサだけ正規隊員って言わなかったか?

やっぱ、言ってたよな。


どおりでメリサ一人にだけ拍手が多い訳だ。


警備長に至っては、いきなりメリサちゃん、とまで呼んでデレていやがる。


「それじゃ、今日も最後に安全八訓の唱和を行う!!」

警備長が一歩前に出ると謎の儀式が幕を開ける。


「其の一、安全は、毎日が育む積み重ね!」

「「「安全は、毎日が育む積み重ね!」」」


警備長の唱える謎の安全八訓とやらを、皆で復唱していくようだ。

俺達、新入生は、加わる事なく、この異様な光景を眺めているだけで精一杯だった。


「其の二、守るのは、この街の門と勤務時間!」

「「「守るのは、この街の門と勤務時間!」」」


「其の三、装備の緩みは心の緩み!」

「「「装備の緩みは、心の緩み!」」」


突然の出来事で固まってしまっていたが、勤務前にこうやって皆で安全を唱える事は、職場にとって良い影響を与えるのだろう。


「其の四、明日やろうは、馬っ鹿野郎!」

「「「明日やろうは、馬っ鹿野郎!」」」


まあ、確かに後回しは良くないな。


「其の五、ホックとベルトで気持ちを締めて!」

「「「ホックとベルトで気持ちを締めて!」」」


……ん? ホック? 何の事?


「其の六、胸のでかさより、女は度胸!」

「「「胸のでかさより、女は度胸!」」」


…なんだそれ! 今、絶対関係ないだろ!

気付けば、このふざけた唱和に心の中でツッコんでしまった。

さっきのホックから怪しいと思った通りだ。


「其の七、経費と無駄毛は、しっかり処理して!」

「「「経費と無駄毛は、しっかり処理して!」」」

やっぱり、この職場は駄目かも知れない。


「其の八、俺達が守り通す門には、福来る!」

「「「俺達が守り通す門には、福来る!」」」


「それでは各自、持場に着くように、朝礼は終了だ」


警備長がそう告げ、両手で一度だけ大きく叩くと、その音を合図に先輩方は各々事務所から一人ずつ事務所から姿を消していく。


なんだかんだ、最後の八訓目は、いい言葉だと感心してしまった。

これが先輩達にとっては、いつもの朝礼なのだろう。


そんな光景を目にしながら、その場に立ち尽くしていると、フェイさんとルートさんがこちらに近づいてくる。

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