第3話 あるバイト門番の面接

 数日後、職業案内所から連絡を貰い、無事に採用面接まで漕ぎ着ける事が出来た。


 俺は、宿屋を拠点に目新しい町を探索しながら面接当日の朝を迎える。


 正直な所、面接の経験も無ければ、特別な動機もない。


 それでも俺は、何故か採用して貰える、という確固たる自信を持っていた。


 簡単な話だ。所詮、アルバイトの採用面接だからである。


 俺の故郷ブレー村では、アルバイトの面接は名前を書けば受かると聞いている。


 俺は、浮足立つ気持ちを抑えながら指定された時間ギリギリに正門の前に向かう。


 とりあえず、担当の人を呼んで貰おうと近くにいた長身で茶髪のモジャモジャ門番に話し掛けてみる。


 「すいません、今日アルバイトの面接に来た、カーマと言います、担当の方を呼んで貰えませんか?」


 「それでは、お次の方、お名前と年齢、ご来訪の理由をお聞かせ下さい」


 彼は、俺の事を入門客と間違えているのだろうか。


 「…あのー、面接で来たのですが…」


「千ロームになります」


「あのー、俺、アルバイトの面接で来てまして」


 「何だよ!お前うちに面接で来てくれたのか!ちょっと待ってろ、リーダー呼んで来てやっから」


 モジャモジャの門番は、俺の事を客じゃないと判断すると、嬉しそうに、誰かを呼びに行ってくれた様だ。


 最初から面接と伝えていた様な気がするのは、俺だけだろうか。


 そんな事を考えていると、先程の門番が、リーダーらしき人を連れて戻って来た。


 現れたリーダーらしき人は、紺色の長髪を真ん中で分けた、色白でクールな雰囲気を纏っている、中世的な整った顔立ちの美青年であった。


 先程のモジャモジャの門番と揃いの白を基調にした鎧姿が非常に様になっている。


 「お待たせしました、本日の面接を担当させて頂きます、フェイと申します、宜しくお願いします」


 「本日、面接に来ました、カーマ・インディと申します、宜しくお願いします」


 「それでは、会場に案内しますので、私に付いて来てください」


「はいっ」


 俺は、最近使う機会が増えた敬語を使って、軽く挨拶を済まし、フェイさんの後ろに付いて面接会場に向かう。


 正門の内側に付いている年季が入った木製の扉から、町を覆う巨大な壁の内部に入って行く様だ。


 フェイさんに続いて入った壁の中は、想像以上に広い空間が広がっていた。


 普段の警備で使っている物なのだろうか、武器や防具が両端に並ぶ通路を抜けると、【王都警備事務所正門本部】 と部屋の入口にでかでかと書かれた部屋が現れた。


「ここが通称、事務所と呼ばれる所です。中にどうぞ」


「失礼します」


 多少散らかっている様にも見える事務所の中を真っ直ぐ奥へと進む。


 その事務所の奥にある会議室と書かれた部屋の前まで辿り着いた。


 どうやら、ここが面接会場で間違い無い様だ。


「それでは、名前を呼ばれましたら部屋に入って来て下さい」


「はいっ」


 フェイさんは、俺にそう告げると、一足先に会議室の中に入って行った。


「カーマ・インディーさん、お入り下さい」


「失礼します!」


 俺は、面接という初めての経験に若干緊張しながらも、直ぐに返事をし、会場に入る。


 会議室の中には、先程のフェイさんを含め、三人の面接官が長机を挟んで、向かい側にある椅子に座って俺の到着を待っていた。


 フェイさんに促されるまま着席し、俺は向かい側に座る三人の様子を確認してみる。


 左からフェイさん、中央に五十代後半かそれ以上だろうか、スキンヘッドに髭を蓄えた、一際体の大きな男性がどっしりと座り、右には、いかにも仕事が出来そうなメガネをかけた銀髪の大人な女性が座る。


 どうやら真ん中のおっさんが、ここのトップで間違いない様だ。


「それでは、今から面接を始めます」


「はいっ!宜しくお願いします!」


 フェイさん進行の元、面接が始まる。


「それでは、志望動機をお聞かせ下さい」


「はい。えー、私はより優れた騎士を目指す為、地元ブレー村からこの王都にやって参りました。騎士団の求人を探していましたが、この時期では就職先が厳しい、という話を伺ったので、騎士の仕事に近い御社で働きたいと思い、志望させて頂きました」

 ……き、決まった。

 昨日から散々、宿屋で練習してきた、うろ覚えの志望動機を完璧に言い切れた。


 俺は、達成感で清々しい顔をしていると、真向いに座っていたおっさんが、初めて口を開いた。


「カーマ君、立派な志望動機をありがとう。……それで、一言で言うと、うちは君の中じゃ所詮、第二希望じゃったと、そういう事で宜しいか?」


「……い、いえ、そのー……騎士を目指していましたが、今はこの街の門を一番に守りたいと思っています!」


「そうか! それなら儂も一安心じゃ!」


 し、しまったー!

 おっさんの謎の威圧感に負けて、自分でもよく分からない言葉を口走ってしまった。


 しかもおっさんは、俺の言葉を信じているのか、うっすらと笑顔を浮かべている。

 ……なんだあのおっさん、笑顔なのに威圧感が凄すぎる。


 これが良く村で聞いていた、都会の圧迫面接という物なのか……。


 俺がビクビクしながら、おっさんのご機嫌を伺っていると次の質問が飛んでくる。


「それでは、得意な戦闘スタイルと苦手な事をお聞かせ下さい」


「はいっ、使用武器は片手剣、火属性の魔法を使った近距離での戦闘を得意にしています。苦手としている事は、代わり映えの無い、同じ作業を永遠と続ける事です」


 俺は、正直に自分の事を面接官に伝えると、また、あのおっさんが口を挟んできた。


「カーマ君ありがとう。それでは、毎日、決まった時間、門を守るという、うちの仕事は君には向いていない、という事なのかな?」


「……い、いえ、今はその苦手な事を克服している最中でありまして、そのー、この仕事を通じて、さらに自分の短所を長所に変えたいと思っている所です」


 「そうか! それなら儂も一安心じゃ!」


 またやってしまった。


 おっさんの突然の切り替えしに付いていけず、先程から思っても無い事を口に出してしまっている。


 おっさんは、またも笑顔を浮かべているが、よく見ると、目の奥は全く笑っていない。


 ……まずい、非常にまずい。


 このままでは、意見がブレブレの奴として、不合格が濃厚な気がしている。

 何とかして取り返さねば。


 焦る俺に今度は真ん中に座るあのおっさんからの質問が飛んでくる。


「こんな門番は嫌だ、どんなの?」


 今までとはテイストの異なる質問が俺に立ちはだかる。


 俺は今、試されているのだろう。


 これは果たして純粋な質問なのか、それとも大喜利なのか、その見極める力を試そうって魂胆か。


 それならっ、これでどうだ!


「門は守れてもお尻の門は守れない、ガバガバ門番!」


「うーん、ちょっと長いなー」


 警備長は首を横に振っている。


 やばい、どうやら俺は、見極めという名の賭けに負けてしまった様だ。


 銀髪のお姉さんが、手元の用紙に何かを記入し始めた。


 もしやカーマ、センス×、などと書かれてはいないだろうか。


 失態を重ね、冷や汗が止まらなくなって来た俺に、再び警備長からの質問が襲い掛かる。

「それでは、今から連続で質問を行う、特に考えずに即答してくれい」

「はいっ」

 俺が嘘で切り抜ける可能性を減らそうとしているのか。


 これは今までで最大のピンチかも知れない。


 さて、いったい、どんな問題が来るのやら。


「将来の夢は?」


 まずは一問目、これは、正直に言わせて貰う。


「誇れる騎士になる事です」


「自分の事を魔物で表すなら?」


 いきなり変な質問が来たけど、迷っている時間は無い。


 ここは、戦った経験から答えよう。


「えーっと、ゴブリン、集団行動が得意です」


「好きな女性のタイプは?」


「えーっと、えーっと、えーっと、際どい格好の女の子が好きです!」


 しまった、これじゃあただの変態になってしまう。


「ほう?ちなみにその部位は?」


 ええい、やけくそだ。この際、勢いで何でも言ってやる。


「太ももです!」


「ほーう、では、カーマ君はどのくらい太ももを愛しているのか?」


 どうする、短い時間で太ももの愛を伝えるには、何が最適か、限られた時間で答えに辿り着く必要がある。


 ええい、迷ってる場合じゃない、これも勢いで行こう。


「いずれ、太ももソムリエの資格を取り、王都中をテイスティングして回りたいと考えています」


「ふむ、良いじゃろう」


 ふう、何とか乗り切った様だ。


 銀髪のお姉さんから、腐ったオークの死骸でも見る様な目で見られている気がするが、気にしない。


 大事なのは合格する事だ。


「今、何問目?」


 知るかよ!絶対面接関係ないだろうが。

 だが、ここまで来て止まれない。

 俺は、今までを思い返しながら答える。


「たしか、六問目です!」


「失っ格!正解は九問目じゃ!!」


「そんなっ!?」


「まあ、お遊びはこれくらいにして、カーマ君の中で仕事をする上で、大切な事は何ですか?」


頭を両手で抱える俺に対して、今度は、真剣な質問がおっさんから浴びせられる。


「はいっ、……正直、まだ分かりません。ですが、御社で社会人として学んでいく中で、一つだけでもいいので、大切な事を見つけていきたいと思っています」


 想定外の質問を動揺しながらも、何とか乗り切る。


 問題は、あのおっさんだけだ。


 「……うん、よかろう、採用じゃ!」


 「えっ!?」


 おっさんの突然の採用宣言に戸惑っていると、ここまで一度も口を開いていなかったメガネのお姉さんが口を開く。


 「警備長からようやく合格が出たようなので、これにて面接は終了です。後は、私、ルートが変わって契約の説明をしますので、もうしばらくお付き合い下さい」


 「分かりました」


 どうやら、これで面接は終わりのようだ。


 俺が、メガネのお姉さん、改め、ルートさんに返事をしていると、警備長とフェイさんがおもむろに席を立ち、会議室から姿を消していく。


 面接独特の緊張が解け、俺の心にも僅かな余裕が生まれる。


 肩の荷が降りた俺は、ここで、ある事実に気が付いてしまう。


 それは、この会議室という密室で、艶のある銀髪を胸の辺りまで伸ばしている、メガネのお姉さんと二人きりなのだ。


 大事な事だからもう一度言っておこう、密室で綺麗なお姉さんと二人きりなのだ。


 むさ苦しいおっさんが消えた事もあり、鼻孔を刺激する甘い匂いが部屋中に広がっている中で、俺の心はさらに煩悩に塗れていく。


 早急になんとか、太ももの下りの誤解を解き、挽回せねば。


 そんな、人知れず妄想に励む俺を横目に、ルートさんが淡々と説明を始める。


 「それでは、カーマさんには、二日後に始まる新入生の研修から出勤して頂きたいと思っていますが、ご予定の方は、大丈夫でしょうか?」


 「…は、はい、問題ありません。それと、求人に書いてあった独身寮に入りたいと思っているのですが、空きはありますか?」


「ええ、では、初日の研修後に、そのまま入寮出来る様に準備しておくので、宜しくお願いしますね。他には質問はありますか?」


「えっと……聞きにくい事なんですが、月の給料とかってどのくらい貰えますか?」


 俺は、これだけは、しっかり聞いておきたいと思っていた事を、ルートさんに尋ねる。


「そうですね……大体、総額十五万ローム程かと思いますよ。詳しい契約内容は、研修でお伝えしますね。それでは、二日後の研修でお待ちしていますので、本日は、ありがとうございました」


 「はいっ、ありがとうございました」


 俺は、丁寧に説明してくれたルートさんにお礼を言い、帰路に就く事にした。


 会議室から出る時に笑顔で見送ってくれたルートさんに名残惜しい気持ちになりながら来た道を戻り、お世話になっている宿屋を目指す。


 宿屋に着いた俺は、色々あった今日の事を振り返ってみる。


 なんだろう、確かに、即日採用可という求人だった筈だが……。


 あんな出来の面接だったというのに、随分あっさりと、採用まで進んだ気がする。


 最初から俺を採用する事を決めていたのか、はたまた人手が足りていないか。


 まあ、どちらにせよ、月に十五万ロームも貰えるのなら、贅沢しなければ普通に暮らしていけるから、細かい事は、今更、気にしても仕方がない。


 それに俺は、もう心の中で決めていた。


 とりあえず、騎士団の求人が出るまでは、この街の門とルートさんの事は、俺が守りきると、騎士になるのは、その後でいい。


 何とか決める事が出来た就職先に安堵し、俺は、床に就く。


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