僕は弱者男性。

エリー.ファー

僕は弱者男性。

 いつも、このあたりの自販機の前にいる。

 特に理由はない。

 僕は、ただの不審者である。

 何者かになれると信じていて、何者にもなれないまま歳をとってしまった弱者男性である。

 当たり前のように、割引されたお弁当を食べるし、自販機で何気なく飲み物を買うことなんて久しくない。風俗に行ったこともあるが料金のことを考えると楽しめないので一回だけ行ってやめてしまった。世間の言う、安いブランドの服が高くて買えず、野菜と肉ではなく米や麺といった炭水化物ばかり食べてお腹を膨らませている。贅沢をしていないのに糖尿病になりかけていると診断を受けて運動をすると近所から白い目で見られる。貯金はほぼないので親に仕送りもできない。たまに贅沢をするが、その内容が他の人にとっての日常的な出費でかなり落ち込んでしまう。苦しいことばかりなのに、体だけは動くし、指示は忠実に守るので、権力者から使い勝手のいい駒だと思われている。自覚はあるのに、現状を変えるために動こけないほどに、精神的に疲弊している。休日は、外出するとお金を使ってしまうので、とにかく家で過ごすことが多い。動画サイトを見て、独りで笑って、独りで泣いて、独りで驚いて、独りで憤ったりしている。死ぬまでの時間を潰しているだけで、特に何かをしているという感覚はない。久しく自分の中に意思を見ていない。プライドは余り高くはないと思う。けれど、他人と喋ることがないので、もしかしたら高いかもしれない。というような考えを持ってしまうくらいに無意味なほど謙虚。この謙虚さが全く人生を良い方向に導いてくれない。謙虚さと卑屈さを勘違いしているのではないか、と自分を疑ってみたが結局のところは分からないままだった。自分なりの処世術なのではないか、という所で落ち着いたが、特に処世にもなっていない気がする。


「あんたって、弱者男性なんだよな」

「たぶん、そうだと思います」

「たぶんって、なんだよ」

「弱者男性ですね、と指摘されたこともないので」

「弱者男性なんて、どこにでも溢れてる存在だよ。で、あんたってどこにでもいる存在だろ」

「まぁ、そうですね」

「じゃあ、弱者男性だよ。間違いない」

「そうですか。私は弱者男性なんですね」

「まず、認めることが大事だよ。何事も、そこからスタートするんだ」

「スタート地点というよりも、そこから遥かに後ろのような気がするんですけど」

「まぁ、そういうこともあるさ。でも、それでようやくスタートする準備が整うってことだからな」

「別にスタートしたいわけでもないんですけど」

「それが弱者男性思考なんだよ」

「それでいいです」

「いいわけないだろ。自分を変えようと思わないのか」

「変わればいいと思いますけど、変えたいとは思っていません」

「何でだよ。そこから脱出したいだろ」

「強者男性思考で弱者男性だったら憤ると思いますけど、弱者男性思考で弱者男性なわけですから一致しているので別に困ってません」

「いや、まぁ。そうかもしれないけども、あの、うぅん。一理あるのかな、この意見」

「じゃあ、そろそろ行きますね」

「おい、どこに行くんだよ。お前、弱者男性なんだから、どうせ暇だろ」

「逆です。弱者は多忙です」

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