第336話 精鋭部隊

 グルグ高地の森の中で、二人のダークエルフの女が会話をしていた。


 一人は魔法文字が刻まれた黒い鎧を装備していて、背丈が百八十センチを越えていた。

 銀色の髪は腰まで伸びていて、背中に大剣を背負っている。

 もう一人のダークエルフは背が低く、濃い緑色の服を着ていた。銀髪は短く、見た目は十代前半の少女のように見える。


「納得できません! リザ様」


 背の低いダークエルフが声を荒げた。


「落ち着け、ミリエル」


 長身のダークエルフ――リザがミリエルの肩に触れた。


「これはキリーネ様の命令なのだ。命令には従わねばならぬ」

「しかし、私たちの部隊の隊長はリザ様です。それを他の者に変更するなど、ありえない命令ではありませんか!」


 ミリエルは牙のように尖った歯をぎりぎりと鳴らした。


「しかも、そいつは別種族の男だと聞きました。私たちの部隊はダークエルフの女ばかりなのに」

「何かの理由があるのだろう。それとも……」

「それとも何です?」

「その男が私より強いのかもしれない」

「そんなことありえません!」


 ミリエルは胸元で両手のこぶしを強く握った。


「リザ様は闇属性魔法の使い手でもあり、オーガを越える腕力を持つ最強の魔法戦士です。リザ様より強い者などガラドス軍に五人もいないでしょう」

「五人か……」


 ふっとリザは微笑した。


「一人はガラドス様だろうな。そして、残りの四人は既に千人以上の配下を持つ隊長たちか。だが、今さら、彼らが私たち百人の部隊の隊長になるとは思えない」

「では、誰なのですか?」

「新参の者だろう。もしかしたら、ゲルガの配下かもしれない。ゲルガが魔神ゼルズについたことで反感を持っている部下もいる。そいつがガラドス軍に入ったのかもしれん」

「その男がリザ様より強いと言うのですか?」

「可能性はある。ゲルガの配下にも強者は何人もいたからな」

「ですが、リザ様は……」


 その時、ガサリと茂みが音を立て、キリーネが姿を見せた。


「こんなところにいたのか」


 キリーネは整った唇を動かした。


「ちょうどいい。もうすぐ、お前たちの部隊の新しい隊長がここに来る」

「新しい隊長……」


 リザの表情が引き締まった。


「リザ、お前は副隊長として、新しい隊長の補佐をしてもらう」

「……わかりました」


 リザは深く頭を下げた。 


「キリーネ様」


 ミリエルが結んでいた唇を開いた。


「どうして、リザ様が副隊長になるのですか?」

「ミリエル……」


 リザがミリエルの口元に手を近づけた。


「言わせてください! 私たちの部隊は、ずっとリザ様を隊長として行動してきました。それなのに、どうして他の男が隊長になるんですか?」

「不満なのか? ミリエル」


 キリーネが視線をミリエルに向ける。


「不満です」とミリエルが即答する。


「私たちの隊長はリザ様以外いません!」

「お前がリザに心酔しているのはわかっている。だが、もう決めたことだ」


 キリーネは淡々とした口調で言った。


「新しい隊長は頭がよく、強さも圧倒的だ。リザの強さもわかっているが、その男には及ばない」


 その言葉にミリエルの顔が強張った。


「……キリーネ様は本気で、そう思っているのですか?」

「ああ。本気というか事実だからな」

「事実……」


 ミリエルの体が小刻みに震え出した。小さな唇を強く噛み締め、キリーネをにらみつける。


 そして――。


「ならば、その男と私を戦わせてください! その男が私に勝てたら、キリーネ様の命令に納得できます!」

「納得か……」


 キリーネは腕を組んで考え込む。


「ならば、ミリエルではなく、お前が戦ってみるか? リザ」

「私が……ですか?」


 リザが驚いた顔をした。


「ああ。そのほうがお前も納得できるだろう」

「……そう……ですね」


 数秒の沈黙の後、リザは言った。


「私はキリーネ様の命令であれば、たとえ、死ねと言われても従うつもりです。ただ、この命令に引っかかりがあるのも事実です。もし、その男と戦えるのであれば、その引っかかりもなくなるでしょう」

「……わかった。万が一にもお前が勝ったら、隊長はお前のままだ」

「万が一……ですか」


 リザの銀色の眉がぴくりと動いた。


「そこまでキリーネ様が認める強者と戦えるのは幸せです。私の全力を出すことにしましょう」


 握り締めたリザのこぶしから、骨が鳴る音がした。


「で、その男は何者なのですか? ゲルガの配下だと予想していたのですが」

「違う。奴は……」


 突然、木の陰から彼方が現れた。


「人間っ!」


 リザとミリエルが半歩引いて武器に手をかける。


「落ち着け、そいつは敵ではない」


 キリーネが軽く右手を上げた。


「お前たちの隊長になるかもしれない男だ」

「えっ? 人間がですか?」


 リザが目を丸くして彼方を見つめる。


「本気ですか? 人間をガラドス軍に入れるなんて」

「一時的にだがな。お前もさっさと挨拶しろ」


 キリーネが彼方の腕を叩いた。


「あ、氷室彼方です。よろしく」


 彼方はぎこちなく笑いながら、リザに右手を差し出す。

 リザはその手を握ることなく、彼方を凝視する。


「氷室……彼方……あ……」


 リザの顔が強張った。


「おいっ! お前」


 ミリエルが彼方に近づき、人差し指で胸を突いた。


「今から、リザ様と戦ってもらうぞ」

「えっ? 戦う?」


 彼方は首をかしげる。


「そうだ。お前は精鋭部隊の隊長の座をかけて、リザ様と戦うことになったんだ」

「あ、そうなんだ」

「先に言っておくが、お前がリザ様に勝てなければ、お前を隊長とは認めないからな」


「まっ、待て!」


 リザがミリエルの肩を掴んだ。


「もう、戦う必要はない。隊長は氷室彼方だ」

「えっ? 何を言ってるんですか? リザ様!」


 ミリエルはリザに顔を近づける。


「こんな痩せた人間、リザ様なら瞬殺ですよ。それなのに、なぜ戦わないんですか?」

「氷室彼方は、私が勝てるような男じゃないからだ」

「はぁっ? そんなわけありません。リザ様が人間に負けるなんて」

「この男は特別だ」

「特別?」

「ザルドゥ様を倒した人間の名を忘れたのか?」

「ザルドゥ様……あっ!」


 ミリエルの両目と口が大きく開いた。


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