第331話 夜の王宮

 その日の夜、王宮にある客室でオリトール公爵はリックルと話をしていた。


「それで、氷室男爵の秘密はわかったのか?」

「なんとも言えないなぁ」


 リックルは包帯を巻いた腕をさすりながら答えた。


「一応、二つの解析装置を用意してたんだけど…………」


 磨かれた木製のテーブルの上に金属製の立方体を置いて、リックルは言葉を続ける。


「氷室男爵が呪文を使った時にも、魔力の反応はないし、武器の解析もできなかった。異界の特別な能力ってことだろうね」

「異界人の中には、我らが知らぬ能力や武器を持っている者がいる。氷室男爵…………氷室彼方の特異な点は、それが複数あることだ。召喚呪文を使え、高位の呪文を使え、武器を具現化する。ありえぬことだよ」

「ありえなくても、氷室彼方は、それを僕たちの前で実践してみせた。認めるしかないよね。あいつの強さを」

「わかってる。お前があれだけのマジックアイテムを使って負けたのだからな」


 オリトール公爵はわずかに目を細める。


「言い訳させてもらうけどさ。氷室彼方が異界の能力だけで戦っているのなら、僕は負けなかったよ。あいつの強さは戦う相手を観察して、対応してくることかな。初見であるはずの僕のマジックアイテムの効果も予測して戦ってた。装備してるネーデの腕輪も強力だし、一対一で勝つのは難しいね。人形の秘密にも気づいてたみたいだし」

「右足に仕掛けていた爆弾にか」


「うん」とリックルはうなずく。


「実はさ。試合が終わった後、氷室彼方が隙を見せたら、人形の爆弾を使おうって思ってたんだ。勝手に暴走したとか言ってさ。でも、あいつは隙を見せなかった。あなたと話している時も人形をちらちら見てたし」

「情報以上に用心深い性格のようだな。持っている秘薬の量も判断がつきにくい」


 十数秒、オリトール公爵は考え込んだ。


「…………まあ、いい。奴がトップクラスのSランク冒険者だとしても、排除する方法はいくらでもある。お前にも手伝ってもらうぞ」

「えーっ! もう、あいつとは戦いたくないなぁ」


 リックルは首をぶんぶんと振った。


「あの肉色の短剣はヤバいよ。特別な秘薬で痛みに耐性つけてたのに死ぬほど痛かったし」

「直接戦ってもらうわけじゃない。お前のマジックアイテムを使うだけだ。それと、ギルマール大臣をな」

「ギルマール大臣を?」


 リックルはまぶたをぱちぱちと動かした。


「あの人は、もう使えないんじゃないかな? 今回のことで、信用を取り戻すどころか、さらに評価が落ちちゃったし」

「そうだな。ゼノス王は、もうギルマール大臣を要職に置くことはないだろう。だが、まだ、あれは役には立つ。無能なりにな」


 オリトール公爵の青い瞳が暗くなった。


 ◇


 同時刻、王宮の別の客室に彼方とティアナールがいた。

 ティアナールは彼方に近づき、薄く整った唇を開く。


「さすがだな。あれほどの強者を余裕を持って倒すとは」

「リックルが熱くならずに降参してくれたからです。もし、人形に自爆攻撃されたら、防御系の呪文を使わないといけなかったし」

「自爆だと? あの人形にそんな機能があったのか?」

「予想ですけどね」


 彼方は普段より小さな声で答える。


「最初から気になってたんです。人形の右足が左足に比べて、少し太かったのが」

「んんっ? そうだったか?」

「五ミリ程度だから、集中して見ないとわからないですよ」

「だっ、だが、仮にそれがわかったとしても、飛び道具系の武器を仕込んでいたのかもしれんぞ」

「ええ。そのパターンもありますね。でも、一番可能性が高いのは自爆攻撃だと思います」

「どうして、そう思うのだ?」

「リックルの言葉からですね。リックルは、王都に家が建つぐらい、あの人形にお金をかけたって言ってました。その言葉に違和感があったんです。それだけ大事なものだから、自爆攻撃なんて、ありえないと僕に思わせたかったんじゃないかな」

「あ…………」


 リックルの言葉を思い出したのか、ティアナールの目が丸くなる。


「よく、そんなことに気づいたな。私には、ただの自慢話に思えたが」

「これから戦う相手の言葉ですからね。細心の注意を払っておかないと」

「…………お前が味方でよかったよ。魔神ザルドゥさえも倒す能力を持っていて、さらに相手の思考まで読み切るとは」


 ティアナールは、ふっと息を吐き出し、彼方を見つめた。


「それなのに…………」

「んっ? それなのに何です?」

「…………何でもないっ!」


 ティアナールの口調が強くなった。


 ――それだけ、人の心が読めるのに私の気持ちには全く気づいてないじゃないか。何なのだ。この男は。


 ティアナールは彼方から顔をそらして、唇を噛んだ。


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