第332話 夜の宿屋にて
次の日の夜、宿屋の三階にある客室で、ティアナールは香鈴、ミケ、レーネを見回した。
「…………というわけで、彼方は貴族との面会で明日まで王宮にいることになった。そのことを伝えるために私だけが戻ってきたのだ」
ティアナールは三人に王宮での出来事を説明した。
「へーっ。さすがジウス大陸の英雄ね」
レーネが壁際のベッドに腰を下ろした。
「貴族様も関わりを持っておきたいってところかな」
「ああ。今回の模擬戦で彼方の疑惑は完全に晴れたからな。中立的立場だった貴族たちが一斉に動き出したのだ」
「さすが彼方男爵にゃ」
ミケが紫色の瞳を輝かせた。
「ご機嫌うるわしいのにゃ」
「だからぁ、その言葉、使い方間違ってるから。それと、氷室男爵ね」
レーネはミケの頭部を軽く叩く。
「まあ、好意的な貴族が増えるのはいいことだよね」
「そうだな」とティアナールがうなずく。
「状況的には悪くない。オリトール公爵も彼方を認める発言をしたし、彼方を憎んでいるギルマール大臣は閑職にまわされるだろう。ただ…………」
「ただって、問題があるの?」
「あるな」
そう言うと、ティアナールは深く息を吸い込んだ。
「お前たちには正直に話そう。実は…………私は彼方に好意を持っているのだ。れっ、恋愛的な意味で」
「今さら、何言ってるのよ」
レーネが呆れた顔でティアナールを見る。
「そんなのキルハ城にいるみんなが知ってることだから。あなたが鍛えてる兵士も含めてね」
「そっ、そうなのか?」
「うん」と香鈴がうなずく。
「ティアナールが一番わかりやすいと思う」
「あ…………う」
ティアナールは顔を赤く染めて、こぶしを固くする。
「…………おっ、お前たちだって、彼方のことを好きなんだろ? 私だってわかってるんだからな」
「うん。私は彼方くんが好き」
香鈴は胸元に両手を寄せる。
「…………私も否定はしないかな」
続けて、レーネが言った。
「彼方には何度も助けてもらったし。変わった性格してるけど、そこが魅力的でもあると思うし」
「うむにゃ」
ミケが腕を組んでうなずく。
「みんな、彼方が大好きなのにゃ。しっぽを触らせてあげるといいにゃ」
「しっぽがあるのは、あなたとミュリックだけでしょ」
レーネがミケに突っ込みを入れる。
「で、ティアナール。話がすごくずれてるけど、問題って何?」
「…………実は多くの貴族が娘を彼方の妻にしようとしている」
「あーっ、そういうことね」
レーネは頭をかいた。
「彼方の疑惑が晴れたし、安心して親族にしようってことか」
「その通りだ」とティアナールは言った。
「彼方の名を利用すれば、多くの金が手に入るし、戦力的にも優位に立てる。そして歴史に名を残す一族にもなるだろうな」
「魔神ザルドゥを倒した英雄の一族か。それは魅力的ね」
「ああ。光に集まる蛾のような連中だ。娘を使って、彼方を手に入れようとするなどあさましい」
「それ、突っ込み待ちのセリフ?」
レーネはティアナールの肩を人差し指で突く。
「あなたの父親も同じことやってるんだけど?」
「ちっ、違うぞ。父は私が彼方に…………恋愛感情を持っていることを知っていたのだ。だから、彼方を利用するだけの貴族ではない!」
ティアナールはこぶしを握り締めて、力説する。
「第一、私はこの世界で最初に彼方に出会ったんだぞ。ミケよりも先にだ」
「早さは関係ないと思うけど…………」
レーネは、ふっと息を吐き出す。
「で、彼方はどうするつもりなの?」
「一応断っていたが、相手は諦めないだろう。とりあえず、ほとんどの貴族が娘と会うように予定を組もうとしていたな」
「それも断るのは難しそうね」
「ああ。もしかしたら、彼方は伝説の英雄ラキオンよりも多くの妻を持つかもしれん」
「百人以上ってこと?」
「それぐらい多くの貴族が彼方を取り込もうとしているのだ」
ティアナールの眉間に深いしわが寄る。
「英雄に女が集まるのは仕方がないが、さすがに百人以上は多すぎる」
「そうね。今だって、七人は確定してるし」
「エルメアとニーアとミュリックか?」
「うん」とレーネは答える。
「あんまり増えないように対策を考えておいたほうがいいかな」
「ああ。みんなで考えるか。彼方が留守の間に」
四人は顔を近づけて、ひそひそと話を始めた。
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