第330話 彼方vsリックル3
「ぐぅ…………っ」
リックルは顔を歪めて、金属の棒を落とした。
彼方はリックルとの距離を詰める。
「この程度の攻撃っ!」
リックルは青い刃の短剣を手に取り、彼方の攻撃を受けようとした。
――痛みのせいで集中力が切れてるな。
斜め下から振り上げた生きている短剣の軌道が直角に変化した。刃の先端がリックルの小指の側面に触れる。
「くああああ…………っ」
リックルは絶叫をあげながら、後ろに跳んだ。
――たいした精神力だな。生きている短剣の痛みに耐えて、まだ戦おうとするなんて。それとも、秘薬の効果の中に痛みを軽減するものもあるのか。
――だけど、それは失敗じゃないかな。素直に降参しておけば、痛みは一度ですんだのに。
彼方はリックルに突っ込み、生きている短剣を連続で突いた。
「ぎいっ…………かっ!」
リックルは目を血走らせて、魔法のポーチから黒い球体を取り出した。
――何の効果かわからないけど、もう遅い!
生きている短剣の肉色の刃がリックルの肩に刺さった。
「があっ…………ぐっ」
足元に落ちた黒い球体を彼方は蹴り、体を反転させながら生きている短剣を真横に振る。
「ひ…………ひっ!」
短い悲鳴をあげて、リックルはしゃがみ込んだ。
――痛みに過剰反応したな。気持ちは理解できるけど。
彼方は冷静にリックルの腕の皮膚を斬った。
「かああっ…………いっ…………まっ、待って!」
「降参かな?」
「…………」
一瞬、リックルはベルルと戦っている人形を見る。
「違うみたいだね」
そう言って、彼方は生きている短剣を振り上げた。
「降参、降参するよ!」
リックルは両手を上げて叫んだ。
◇
「見事だ。氷室男爵」
見学席にいたゼノス王が立ち上がった。
「千人殺しのリックルを圧倒するとは。さすが、魔神ザルドゥを倒した英雄だ」
「そうですな」
隣にいたゴード宰相がうなずく。
「召喚呪文で強者を召喚し、戦闘呪文の詠唱も速い。さらに武器の具現化能力もあるとは」
「それだけではありません」
エルフィス王子が口を開く。
「氷室男爵の強さの根幹は白兵戦にあるようです。一流の剣士と同等の剣技があり、ネーデ文明の腕輪も装備してます。あれは力を強化する効果があるのでしょう」
「おおーっ」
周囲にいた貴族や魔道師たちが感嘆の声をあげた。
「たいしたものですな。あのリックルを手玉に取るとは」
「召喚された女がリックルの人形を止め、一対一の戦いに持ち込んだのが勝因でしょうな」
「ええ。しかも、初見であろうリックルのマジックアイテムの攻撃をかわしたのが素晴らしい」
「注目すべきは武器の具現化ですぞ。あの速さで特別な能力を持つ武器を二つも具現化するとは」
「しかも…………」
エルフィス王子が色の違う左右の目を細める。
「氷室男爵は秘薬を使わなかった。まだまだ、余力があるということです」
「ぐっ…………ぐぐ…………」
ギルマール大臣がぎりぎりと歯を鳴らして彼方をにらみつけた。
――こんなものかな。
彼方は見学席を見回しながら、寝癖のついた髪の毛に触れた。
――多少の手抜きはバレてるだろうけど、召喚能力と具現化能力、攻撃呪文も使ったし、ほどほどに本気を出したと思ってくれるんじゃないかな。
「氷室男爵」
オリトール公爵が彼方に歩み寄った。
「まさか、リックルを倒すとは。しかも余力を残して」
「余力……ですか?」
「ごまかす必要はない。君がもっと強いモンスターを召喚できることを知っているし、高位呪文を使えることもわかっている」
オリトール公爵は唇の両端を吊り上げた。
「君がホンモノの英雄だと私も認めるよ。おめでとう」
「ありがとうございます」
彼方は丁寧に頭を下げた。
――表情に余裕がある。余力分を計算しても、僕を排除できる方法が他にあるってことか。
――なかなか面倒だな。圧倒的な力を見せつければ、それはそれで敵を作るだろうし。
オリトール公爵が離れると同時に、彼方は深く息を吐き出した。
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