第313話 西の森の湿地帯

 四日後、空気の冷えた早朝の森を彼方はひとりで歩いていた。

 ふわふわと浮遊する十数匹の森クラゲが、空をさえぎる枝葉を照らしている。


赤い落ち葉が敷き詰められた斜面を登ると、霧に覆われた湿地帯が広がっていた。


 ――エルメアから聞いた情報だと、この湿地帯の中央にダンジョンの入り口があるはずだ。そして、その最下層にデスアリスがいる。


 ――カーリュス教の地下神殿のように重魔光爆弾を使うのは無理か。相当広いダンジョンみたいだからな。


 ――配下のモンスターも多いし、やはり、デスアリスだけを狙うのがいいか。


 彼方の周囲に三百枚のカードが現れた。


◇◇◇

【アイテムカード:幻影龍の指輪】

【レア度:★★★★★★★★(8) 装備した者と幻影龍の指輪に触れた者の姿を他者から見えなくする。装備した者が戦闘行動を取った場合、その効果は失われる。具現化時間:5時間。再使用時間:19日】

◇◇◇


 彼方は出現した幻影龍の指輪を手に取った。

 ドラゴンの目のような形をした指輪を右手の人差し指にはめる。


 彼方の姿が一瞬、揺らいで消えた。


 ――これで僕の姿は見えなくなった。地上にもたくさんモンスターがいるらしいけど、安全に移動できるはずだ。


 彼方は唇を強く結び、湿地帯に向かって走り出した。


 ◇


 一時間後、彼方はダンジョンの入り口らしき大穴の前にいた。

 大穴には周囲の草地から、ちょろちょろと水が流れ込んでいる。


 ――さて、ここからが本番か。幻影龍の指輪の具現化時間は残り四時間だし、少しでも奥に進んでおかないとな。


 彼方は岩を削って作られた階段を下りて、ダンジョンの奥に進む。天井からは水滴が落ち、水の流れる音が彼方の足音を消した。

 ところどころにモンスターがいたが、姿を消した彼方に気づかない。


 数時間後、彼方の視界が一気に広がった。

 そこは縦横二百メートル以上の巨大な空間で、高さも四十メートル以上あった。

 壁には緑色と青色の苔がびっしりと生えていて、その苔が周囲を淡く照らしている。


 ――自然にできた空間じゃないな。モンスターの軍隊を集めておく場所か。


 視線を動かすと、奥の壁に巨大な扉があった。


 ――あの扉の先に最下層に続く通路がありそうだな。


彼方は急角度の階段を下りて、巨大な扉に近づく。


 その時――。


 赤い粉のようなものが彼方の体に降りかかった。その粉が彼方の体に付着して、輝き出す。


「おやおや…………久しぶりの侵入者か」


 せり出した岩の上から、角を生やした老人が飛び降りてきた。


 身長は百二十センチ前後で手足は細く、黒いローブを着ている。肌はダークグレーで青黒い唇からは二本のキバが出ていた。


「姿を隠す力があるようじゃが、このバルジュには通用せん」


 老人――バルジュは魔法石の指輪をはめた両手の指を上下に動かす。


「魔神ゼルズの配下か?」

「…………」

「まさか、ガラドスかゲルガの配下じゃなかろうな?」


 ――隠密はもう無理か。


 彼方は新たなカードを選択する。


◇◇◇

【アイテムカード:聖水の短剣】

【レア度:★★★★★★★★(8) 水属性の短剣。装備した者の意思を読み、刃の形状を変える。具現化時間:24時間。再使用時間:20日】

◇◇◇


 目の前に具現化された青い刃の短剣を彼方は掴む。


「返事がないな。ならば、死体に聞くか」


 その言葉が終わる前に彼方が動いた。

 幻影龍の指輪の効果がなくなり、彼方の姿が見えるようになる。


「おっ、お前は氷室彼方っ!」

「その通りだよ」


 右足を強く蹴って、彼方はバルジュに近づく。


「ぬあっ!」


 バルジュは両手を前に出し、呪文を唱える。

 両手からオレンジ色の炎が吹きだし、彼方に迫る。

 彼方は右斜めに低く飛び、地面に倒れながら聖水の短剣を振った。

 青い刃が二メートル以上伸び、バルジュの胴体を斜め下から斬った。


「がああっ…………」


 バルジュは大きく口を開けたまま、仰向けに倒れた。


 彼方は呼吸を整えながら、バルジュの死体に歩み寄る。


 ――呪文を使うスピードは速かったし、姿の見えない僕を見つけた能力もすごい。だけど、間合いを間違ったな。僕の姿が見える前は、ただの間者だと思ってたせいか。


 ――これで幻影龍の指輪は使えなくなった。まあ、全てが上手くいくわけじゃないしな。これからは別のプランでいくか。


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