第311話 カーティス
「いやぁ、君がここまで出世するとは、決闘の時は想像もしなかったよ」
「そう…………ですか」
彼方は僅かに首を傾けた。
――どうして、カーティスがここに来たんだろう? 何か目的があるのか…………。
「僕に用事があるんでしょうか?」
「いや。ちょっと話をしたかっただけさ。英雄の君とね」
カーティスは茶色の髪を太い指でかきあげた。
「いや、君はすごいよ。暗器のリムエルに勝った時から、君の強さは理解してたけど、まさか、魔神ザルドゥを倒していたとはね」
「…………運がよかったんですよ」
「いやいや。謙遜しなくていいよ。君は強いし、英雄の資格もある。ただ…………」
「ただ…………何ですか?」
「ザルドゥを殺した高位呪文は、もう使えないみたいだね」
カーティスは左右に広がった唇を舌で舐めた。
「氷室男爵のことは、しっかり調べさせてもらったよ。君は王宮で『ザルドゥを倒した呪文を使うことができない』って言ったらしいね。ってことは、その呪文を使う秘薬がないんだろ?」
「…………」
「おや、無言かい。まあ、そんなことは言えないよな。でも、わかるんだよ。君はウロナ村でモンスターと戦った時もサダル国の兵士と戦った時も、魔神を倒せる程の呪文を使ってない」
「そうですね」
彼方は淡々とした口調で言った。
「でも、秘薬を温存してるのかもしれませんよ? ここ一番の時に使うために」
「あぁ。たしかにその可能性もある。でも、僕はそれはないと見てるんだ。ナグチ将軍を超える頭脳を持つ、この僕はね」
カーティスは人差し指で自身の頭を軽く叩く。
「僕がリシウス城を落としたことは知ってるんだろ?」
「ええ。損害も少なかったようですね」
「まあね。主力を西側に移動させて、そこから攻めたのがよかったかな。サダル国の奴らも、想定外だったのか、すぐに城を捨てて撤退してくれたよ」
「…………なるほど」
――サダル国はリシウス城にこだわりがなかったのかもしれないな。ヨム国を攻めるために作った城だし、もともとのサダル国の領地がなくなるわけでもない。
――ナグチ将軍も死んだし、一度、仕切り直しってところか。
「まあ、君は安心してていいよ。君の領地までサダル国が攻め込んでくることはないからね」
カーティスは彼方の肩を軽く叩く。
「ところで、ここにはティアナールがいるんだろ? 一応、挨拶しておきたいんだが」
「ティアナールさんは西の森を巡回してます。モンスターの襲撃の可能性があるから」
「あぁ。まだ、四天王が三人残ってたね。そう考えると、君の領地も安全とは言えないか」
「氷室男爵」
カーティスの背後にいた痩せた男が口を開いた。
男は背丈が百八十センチ以上あり、青白い肌をしていた。目は細くて鼻は高く、後ろに束ねた髪は黒かった。
「お初にお目にかかります。私はカーティス卿の参謀をしておりますヴァルズと申します。ヨム国の英雄にお会いできて光栄です」
ヴァルズは視線を彼方から外すことなく、小さく頭を下げる。
――この人…………魔道師か。魔力を強化する指輪をはめているし、マジックアイテムのローブを羽織っている。用心深い性格みたいだけど、敵意は…………感じられないか。
「それにしても、本当に魔力がないのですね」
「…………わかるんですか?」
「ええ。そう珍しい能力でもありませんよ」
ヴァルズはダークブルーの目を細める。
「魔力がないのに高位呪文を使え、召喚呪文も使える。さらに剣技の腕も一流とは。まさに千年に一人の英雄ですね」
「おいっ! ヴァルズ」
カーティスが眉を吊り上げた。
「そこまでこい…………氷室男爵を持ち上げなくてもいいだろ」
「私は事実を言っただけです」
「…………ふん。まあいい。英雄は一人と決まってるわけじゃないからな」
カーティスは唇の両端を吊り上げる。
「氷室男爵。秘薬がなくなった君は、これから活躍することは難しいだろう。だが、安心するといい。ヨム国は新たな英雄になる僕が守るから」
「それは助かります」
「んんっ? 助かる?」
「はい」と彼方は笑顔で答えた。
「あなたが活躍して、英雄になることを祈ってます」
「…………そっ、そうか」
彼方の言葉にカーティスは何ともいえない表情を浮かべた。
――カーティスの目的は、ただの自慢だったか。そのためにわざわざキルハ城まで来るなんて、変わってるな。
――まあ、リシウス城を落として本人は機嫌も良さそうだし、こっちが下手に出ていれば揉めることはないか。
彼方は視線をヴァルズに向ける。
――それより、ヴァルズのほうが気になるな。多分、この人が軍をまとめてるんだろうし。
――カーリュス教の信者…………ではなさそうだけど、後で調べておくか。敵になったら、面倒なタイプに見えるし。
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