第310話 新たな……

 数日後の朝、彼方はキルハ城の私室で書類に目を通していた。


 黄白色の紙に書かれた異世界の文字が脳内で日本語に変換される。


「新しくできた村の名前か…………。そんなの好きに決めてもらってもいいのに」


 彼方はため息をついて、寝癖のついた髪の毛に触れる。


 ――この手の仕事も増えてきたな。また、七原さんとティアナールさんに手伝ってもらうか。


 大きく背伸びをして、軽く首を回す。


 コンコン――。


 扉がノックされ、ティアナールが部屋に入ってきた。


「彼方、ちょっといいか?」

「はい。どうかしたんですか?」

「カーティスがリシウス城を落としたぞ」


 その言葉に彼方の眉がぴくりと動いた。


「…………それはヨム国にとって、いいニュースですね」

「まあな。私個人としては、あまりいい気持ちではないが」


 ティアナールの眉間にしわが刻まれる。


「これで、カーティスが調子に乗るからな。父親のレイマーズ伯爵の精鋭部隊のおかげで勝てたのだろうが」


 ――ティアナールさんはカーティスを嫌ってるからな。まあ、夜会で揉めて決闘までやった相手だから当然か。


 彼方はふっくらした体型のカーティスの姿を思い出す。


 ――あんまりいい印象はなかったけど、南側にヨム国の領地ができたのは有り難いな。これでサダル国から、僕の領地が攻められにくくなった。


 ――とはいえ、四天王のデスアリスの動向が気になるし、カーリュス教の信者も、まだ残ってる。ヨム国の王都にも、他の国にも。


「それで、彼方。一人、兵士を増やしたいんだが、いいだろうか?」

「一人って、知り合いですか?」

「ああ。この情報を知らせてくれた私の元部下だ。入ってこい」


 ティアナールがそう言うと、扉が開き、十代前半の少女が姿を見せた。髪は金色で僅かに耳が尖っている。


「あ…………」


 彼方は少女の顔に見覚えがあった。


 ――このハーフエルフ、ウロナ村の戦いの時に会ったな。たしか名前は…………。


「リロエールだ。背は低くて華奢な体型だが、実力は保証する」

「背、低くないし」


 少女――リロエールは唇を尖らせる。


「いや、低いだろ。年齢のわりに」


 ティアナールは呆れた顔でリロエールを見つめる。


「それに行動も子供と変わらんぞ。まさか、私のために白龍騎士団を辞めるとは」

「それはティアナール百人長も同じだし」

「わっ、私は父上の命令があったからで…………」


 ティアナールは口をもごもごと動かす。


「ええ。わかってますよ。英雄氷室彼方の正妻を狙ってるんですよね」

「違うっ! それは父上の考えであって、私の考えではない!」

「じゃあ、氷室彼方から求婚されても断るんですね?」

「…………あ…………ぐ」


 ティアナールの顔が真っ赤になった。


「そっ、そんな仮定の話など知らん! 私は戦友である彼方の力になりたくて、ここにいるんだ! お前だって、兵士になるのなら、彼方…………氷室男爵に忠誠を誓ってもらうからな」

「わかってるし」


 リロエールは視線を彼方に向ける。


「氷室男爵。私、リロエールはあなたに忠誠を誓うわ。だけど、ティアナール百人長は渡さないから」

「渡さない?」

「そう。ティアナール百人長は私のお姉様なんだから」


 そう言って、リロエールはティアナールに抱きついた。


「こっ、こらっ! 離せ!」


 ティアナールは困惑した顔でリロエールの体を手のひらで押す。


「とっ、とにかく、変わった奴だが、役に立つのは間違いない。冒険者で例えるなら、Cランク以上ってところだ」

「強い味方が増えるのは嬉しいですね」


 彼方は頬を緩めて、リロエールを見る。


 ――ティアナールさんが兵士たちの訓練もやってるし、守りは堅くなってきたな。これなら、僕も動きやすくなる。


 ――まあ、その前に書類関係を片付けないといけないけど。


 彼方は机の上に置かれている紙の山を見て、頭をかいた。


 ◇


 二日後、キルハ城にマジックアイテムの鎧をつけた兵士たち百人が姿を見せた。

 既に情報を得ていた彼方は、彼らと門の前で対面した。


 先頭にいた二十代後半の太った男が彼方に歩み寄る。


「やぁ、久しぶりだね。氷室男爵」


 男――カーティスは片方の唇の端を吊り上げて、にやりと笑った。

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