第306話 ラズイムとガルナ司教

 盆地から数キロ離れた岩山に小さな穴があった。穴の前には人の高さ程ある大きな岩がいくつも転がっている。


 その穴から、カーリュス教の信者たちが出てきた。信者の数は三百人弱で全員の服が泥で汚れていた。


「ガルナ司教」


 若い男がガルナ司教に歩み寄った。


「周囲に人の気配はありません」

「…………ふぅ。どうやら、逃げ切れたようじゃな」


 ガルナ司教は額に浮かんだ汗を手の甲で拭った。


「この出口は氷室彼方にバレてなかったか」

「信者の中でも、この出口を知ってる者は多くはありませんから。それで、どうします?」

「一度、王都に戻ったほうがいいとは思うが、ラズイム様のお考えを聞いておかねば」


 ガルナ司教は視線を左右に動かす。


「ラズイム様は、どこにおられる?」

「まだ、洞窟の中です。氷室彼方が追ってくる可能性を考えて、しんがりを引き受けていただいて」


 その時、ラズイムが穴から姿を見せた。

 ラズイムは細くした目で周囲を確認する。


 ――ふむ。先に出た信者が襲われないということは奇襲はないか。この出口も氷室彼方にバレている可能性があると思ったが。


 ――やはり、氷室彼方は危険だ。もっと、信者や部下を使って、奴の弱点を探らねば。


 その時――。


 ラズイムと信者たちを囲むように巨大な魔法陣が出現した。

 それは彼方が召喚した『異界の魔道師 黄泉子』の能力だった。


◇◇◇

【召喚カード:異界の魔道師 黄泉子】

【レア度:★★★★★★(6) 属性:光、闇 攻撃力:2200 防御力:1200 体力:1700 魔力:6800 能力:様々な効果を持つ魔法陣を使って戦う。召喚時間:24時間。再使用時間:14日】

【フレーバーテキスト:黄泉子さんはいい人です。あんなに優しくて、心が清らかな人は見たことがありません(純情な少年兵士ティーロ)】

◇◇◇


 魔法陣が輝くと同時に、ラズイムたちの姿が消えた。


 ◇


 ラズイムの瞳に、巨大な水晶が立ち並ぶ異空間が広がっていた。空は赤紫色で太陽も月も星も見えない。


「ここは…………」


 ――異空間に飛ばされたか。


 ラズイムの表情が険しくなった。


 ――ここから抜け出す何かがあるはずだが…………。


「ラズイム様」


 ガルナ司教が心配そうな顔でラズイムに声をかけた。


「ここは、どこなのでしょうか?」

「異空間に飛ばされたようです」


 ラズイムは巨大な水晶を見ながら、ガルナ司教の質問に答える。


「氷室彼方か、彼が召喚した者の能力でしょうね」

「こんな能力まで氷室彼方は持ってるのですか?」

「現実に私たちは異空間にいますからね」


 ラズイムは肩をすくめる。


「まずは、ここから抜け出す方法を探りましょう。皆さんで手分けして」


 突然、爆発音が響き、数人の信者たちが吹き飛ばされた。

 ラズイムが視線を動かすと、そこには十四歳前後の少女が立っていた。


◇◇◇

【召喚カード:造られた勇者 メタセラ】

【レア度:★★★★★★★★★★(10) 属性:無 攻撃力:8800 防御力:7500 体力:6600 魔力:0 能力:メタセラを破壊した者にダメージを与える。召喚時間:1時間。再使用時間:30日】

【フレーバーテキスト:メタセラは本物の勇者ではない。だが、彼女はダークドラゴンを倒してカイルの街を守ってくれた。その命を捨てて…………】

◇◇◇


 メタセラの肌はロウソクのように白く、ショートボブの髪は青色。右手には黄緑色に発光しているレーザーソードを持っている。


「全ての敵を排除します」


 メタセラは抑揚のない声を出して、信者たちに攻撃を仕掛けた。五本の指から青い光線が出て、信者の体を貫いた。


「きっ、機械仕掛けの人形だっ! 氷室彼方の切り札だぞ!」


 二十代の信者が叫んだ。


「くそっ! 奴を止めろ!」


 ロングソードを手にした信者たちがメタセラに斬りかかる。


「死ねっ! 人形め!」


 渾身の力で振り下ろしたロングソードがメタセラの腕に当たる。甲高い金属音がして、ロングソードが弾かれた。


「なっ…………」


 驚いた顔をした信者の頭部がレーザーソードの攻撃で胴体から離れた。


 次々と倒される信者たちを見て、ラズイムの唇が歪んだ。


 ――あれはザルドゥ様を傷つけた人形だ。ここにいる信者ごときでは傷さえもつけられないだろう。そして、攻撃力は私よりも格段に上か。


 ――しかも、こっちは異空間に転移させられ、逃げる手を防がれている。


「ラズイム様っ!」


 腰を抜かしたガルナ司教がラズイムのズボンを掴んだ。


「どうか、お助けを! あの人形を壊してくだされ」

「仕方ありませんね」


 ラズイムは胸元から半透明の緑色の石を取り出した。


「一度しか使えませんが、あれをなんとかしないと、ここから逃げ出すこともできませんからね」


 ラズイムは緑色の石を地面に叩きつけた。ガラスが割れるような音がして、黄金色の鎧に身を包んだゴブリンが召喚された。

 ゴブリンは両手に黄金色の短剣を持っていて、額に三つ目の目があった。


「ゴブリン勇者よ。機械仕掛けの人形を壊しなさい!」

「ギギッ…………」


 ゴブリン勇者は尖った牙の生えた口を動かした。ゴブリン勇者の体が青白い光に包まれる。


「コロ…………ス…………」


 ゴブリン勇者は白い牙をかちかちと鳴らし、メタセラに向かって走り出した。

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