第305話 地下神殿

 四日後、ガリアの森の北側にある円形の盆地に彼方はいた。


 カーリュス教の地下神殿の入り口を見つけて、表情が引き締まる。


 ――情報通りなら、今夜、五百人以上の信者が集まって、邪神カーリュスに供物を捧げる儀式が行われるはずだ。


 ――そして、彼らを利用するつもりなら、ラズイムもいる。


「どう、攻めるかな」


 彼方は親指の爪を唇に寄せる。


 ――注意すべきはラズイムか。用心深くて、自分が死なない自信を持ってる。隙をついて『無限の魔法陣』の呪文を使えば倒せるだろうけど、あれは温存しておきたいんだよな。

制限もあるし、使わないことで相手に疑念を抱かせることができるから。


 ――まずは信者の数を減らすか。僕を暗殺しようとしてるし、欲望のためなら人を殺してもいいと思ってる人たちだ。悪いけど、容赦はしない。


 彼方は唇を強く結んで、両手のこぶしを固めた。


 ◇


 夜空に巨大な月が浮かぶと、彼方はゆっくりと動き出した。


 入り口にいた二人の見張りを瞬時に倒し、足音を立てずに洞窟に侵入する。白輝石に照らされた通路を下ると、魔法の文字が刻まれた金属製の扉が見えた。


 ――捕まえた信者たちの情報通りだな。この扉は司教でないと開くことはできないか。


 彼方の脳内に地下神殿の地図が浮かび上がる。


「扉を強引に壊す必要はないか。この下に神殿があるのもわかってるし」


 彼方の周囲に三百枚のカードが浮かび上がる。


◇◇◇

【アイテムカード:重魔光爆弾】

【レア度:★★★★★★★★(8) 半径五十メートル以内に多大なダメージを与える光属性の爆弾。遠距離から起動することができる。具現化時間:10時間。再使用時間:20日】

◇◇◇


 彼方の前に直径一メートルの球体が具現化された。それは黒く輝いていて、表面に小さな魔法陣が刻まれていた。その魔法陣が黄緑色に発光している。


「これでよし…………と」


 ――気づかれて逃げられる前に起動させる。


 彼方は入り口に向かって走り出した。


 ◇


 カーリュス教の地下神殿には六百人の信者たちが集まっていた。高さ十メートル以上ある邪神カーリュスの像の前で、復活を願う祈りを捧げている。


「エルグ…………ゲウ…………ドゥルグ…………ゼル…………」


 暗く低い信者の声が洞窟内に響き渡る。


 そこにラズイムが姿を見せた。


「おおっ! ラズイム様」


 七十代の白髪の老人――ガルナ司教がラズイムの前で片膝をついた。


「儀式に参加していただき、感謝の極みです」

「いえいえ。私たちは同じ目的を持つ同士ですから」


 ラズイムは唇の両端を吊り上げる。


「で、氷室彼方の女をさらう件はどうなっています?」

「それが…………」


 ガルナ司教の表情が曇った。


「三組のパーティーをキルハ城に向かわせましたが、全てから連絡が途絶えました。どうやら、氷室彼方に気づかれたのかと」

「…………さすがですね。対応が予想よりも早い」


 ラズイムは太い指で茶色の鼻ひげに触れる。


「ですが、ご安心ください。氷室彼方も、いつも女たちを守ることはできないでしょう。必ず隙ができるはずです」

「そうですね。数もこちらのほうが多そうですし」


 ラズイムは六百人の信者たちを見回す。


 ――状況によっては、私の部下も動かすか。空を飛べる者を使って、キルハ城から女たちを強引にさらう手もある。


「では、皆さんには私の部下と協力…………」


 突然、頭上から大きな爆発音が聞こえ、巨大な岩が落ちてきた。

 岩は巨大なカーリュスの像を破壊し、その頭部がラズイムの体を押し潰した。


 岩は次々と落ち続け、六百人の信者たちが潰されていく。


「ひっ、ひぃいいいい」


 ガルナ司教が頭を抱えてしゃがみ込む。


 十数秒後、音が止み、生存している信者たちは呆然と周囲を見回した。


「何が…………起こったんだ?」

「…………わからない。上で爆発があったようだが」

「ごほっ…………ごほ…………ガルナ司教、大丈夫ですか?」


 若い信者がガルナ司教に駆け寄った。


「…………あ、ああ」


 ガルナ司教は目をこすりながら、立ち上がった。


「わしは無事じゃ。だが、ラズイム様がカーリュス像の下敷きになった」

「なっ! 本当ですか?」

「わしは見たんじゃ。目の前で潰されるラズイム様の姿を」


 ガルナ司教は眉間にしわを寄せて、巨大なカーリュス像の頭部を見つめる。


「…………何故、こんなことに。我らにはカーリュス様の加護があるのではないのか?」


「氷室彼方の攻撃ですよ」


 カーリュス像の頭部の下から、ラズイムの声が聞こえてきた。


「ラズイム様っ!」


 生き残った信者たちがカーリュス像の頭部の周りに集まる。


「まいりましたね。もう、ここを見つけて、攻撃を仕掛けてくるとは」

「大丈夫なのですか? ラズイム様」

「ええ。なんとか生きてますよ」


 像の下から青い液体が染み出してきた。液体は太った男の形に変化し、それが呪文を唱える。きらびやかな服が具現化され、頭部に茶色の髪の毛が生えた。


「…………ふぅ。体の再生は魔力を使いますねぇ」


 ラズイムは首を回しながら、両手の指を動かす。


「で、何人死にましたか?」

「…………多分、半数以上は」


 ガルナ司教が周囲を見回しながら答えた。


「仕方がありませんね。とりあえず、ここから脱出しましょう。もう一度、氷室彼方に同じ呪文を使われたら、さらに犠牲者が増えてしまいますから」

「しっ、しかし、これ程の高位呪文を連続で使用できるのですか?」

「使える可能性があるから、氷室彼方は危険なんですよ」


 ――まあ、この呪文では私は殺せませんけどね。


 ラズイムは笑みを浮かべたまま、視線を天井に向けた。

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