第304話 ミケとニーア

 キルハ城から数キロ離れた森の中でミケと有翼人のニーアが食糧探しをしていた。


「ミケ! 紫イチゴ見つけた」


 ニーアは袋に入った紫色のイチゴをミケに見せる。


「大きいのが一つある。これは彼方にあげる」

「それは彼方も喜ぶにゃ」


 ミケがうんうんとうなずく。


「彼方は甘い物が好きだからにゃ。小さいのはジャムにして、ホットケーキにつけるのにゃ」

「完璧なアイデア。さすがミケ」

「うむにゃ。ミケは食べ物大臣だからにゃ。美味しい料理のレシピもいっぱい知ってるのにゃ」


 ミケは自慢げに薄い胸を張る。


「デザートはこれでばっちりだから、次はメインディッシュを見つけるのにゃ」

「何がいい?」

「理想は黄金猪だにゃ。お肉が柔らかくて、香りがいいのにゃ。王都のお店で食べると、一切れでリル金貨一枚以上するのにゃ」

「美味しそうなの」


 ニーアが白い翼をぱたぱたと動かす。


「それ、食べてみたい」

「二人で捕まえるにゃ。ミケパンチを使えば、黄金猪も倒せるにゃ」


 ミケは胸元でこぶしを固めた。


「ミケパンチは無敵だからにゃ」


 その時――。


 木の陰から四人の男が現れた。男たちは冒険者風の服を着ていて、手には短剣を持っていた。

 背の高い金髪の男がミケたちを見て、にやりと笑った。


「氷室彼方の女だな?」


「うむにゃ」とミケが即答した。


「ミケは彼方にしっぽを触られたのにゃ。彼方は大胆でえっちなのにゃ」

「ふん。情報通り、少女趣味な男爵様のようだ」


 金髪の男は短剣を振って、周囲の男たちに合図をした。三人の男たちはミケとニーアを取り囲む。


「動くなよ。お前たちが抵抗しなければ、死ぬことはないしケガもさせねぇ」

「カーリュス教の悪い人たちだにゃ!」


 ミケはニーアを守るように前に出た。


「ニーアに近づいたら、ミケパンチをお見舞いするからにゃ」

「ほーっ。ミケパンチねぇ…………」


 金髪の男は笑いながら、歪んだ唇を舐めた。


「ちっこい猫耳のパンチなんぞ、いくらでも受けて構わねぇが、こっちは時間がねぇんだ。逆らうようなら腕の一本は斬り落とさせてもらうぜ。最悪、人質は命があればいいからな」


「おいっ。エッド」


 痩せた男が金髪の男に声をかけた。


「後ろの翼の生えた女…………ラズイム様が話してた有翼人だよな?」

「ああ。捕まえたら、たっぷりと褒美をもらえるはずだ」

「おおーっ。それは俺たちも運がいい…………がぁっ!」


 突然、痩せた男の首筋から血が噴き出し、ぐらりと体が傾く。


 その背後には機械仕掛けの短剣を持った彼方が立っていた。


◇◇◇

【アイテムカード:機械仕掛けの短剣】

【レア度:★★★★(4) 装備すると、スピードと防御力が上がる。具現化時間:2日。再使用時間:10日】

◇◇◇


「運が悪かったですね」


 彼方は横倒しになった男の死を確認して、視線を金髪の男――エッドに向ける。


「ひっ、氷室彼方! どうして、お前が?」

「罠を張ってたんですよ。僕が生きてることを知ったら、次は仲間を人質に取ろうとするんじゃないかなって思って」

「…………まっ、待て。俺たちはカーリュス教の信者じゃない! ただの冒険者だ」


 エッドは頬を痙攣させるように笑った。


「ちょっと、からかっただけなんだ」

「無駄ですよ。さっき、上位モンスターのラズイムの名前を出してましたよね。ちゃんと聞いてましたから」

「あ…………いや…………」


 エッドの顔からだらだらと汗が流れ落ちる。


「先に言っておきますが、逃げるのは不可能ですよ。わかってると思いますが、僕はSランクの冒険者だし、この周辺には優秀な兵士を何十人も配置してますから」

「くそっ…………」


 三人の男たちは後ずさりしながら、ロングソードを構えた。


「安心してください。一人は逃がしてあげます」

「…………一人?」


 エッドが、ぽかんと口を開けた。


「あなたたちはカーリュス教の信者で僕の仲間をさらおうとした。この時点で、ここで殺されても文句は言えないはずです」

「…………それなのに逃がすと?」

「ええ。ただ、一人だけです」


 彼方は右手の人差し指を立てて、男たちを見回す。


「二人は拘束して王都に送ります。まあ、死刑でしょうね」

「だっ、誰を逃がしてくれるんだ?」

「カーリュス教の情報を多く教えてくれた人を逃がします」

「情報を?」

「はい。カーリュス教はジウス大陸の四国全てに信者がいるみたいですからね。潰すのにも時間がかかりそうだし、多くの情報が欲しいんです」

「…………俺たちが仲間の情報を話すと思うのか? いや、それ以前にお前が約束を守る保証があるのか?」

「大丈夫ですよ。この手の約束は絶対に守ります」


 彼方はきっぱりと答えた。


「交渉事でウソをつくと、信用を失ってしまいますから」

「…………」


「司教の一人は女で名前はエルシェだ!」


 エッドの後ろにいた黒ひげの男が叫んだ。


「バカっ、お前、何を言って…………」

「歳は三十過ぎで、表の仕事は宝石屋をやってる」

「おっ、俺はガルナ司教に会ったことがあるぞ。七十過ぎの爺さんで王都の東地区に住んでるって言ってた」


 今度は太った男が喋り出した。


「ガルナ司教の息子も信者だ。奴は新しくできた村に商人として潜入してる」

「それはいい情報ですね」


 彼方は太った男に視線を向ける。


「外見の特徴も教えてもらえると、三つ分の情報としてカウントするよ」

「待てっ! それは俺が話す!」


 二人の男たちは競うようにカーリュス教の情報を喋り出す。


 そんな二人を見て、エッドも口を開いた。


「俺も話す! ガリアの森の中には地下神殿があって…………」


 必死の形相で喋り続ける男たちを見て、彼方の瞳が暗く輝いた。


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