第302話 彼方vsラズイム

 ◇◇◇

【召喚カード:墜ちた天使 ルシフィール】

【レア度:★★★★★★★(7) 属性:闇 攻撃力:3100 防御力:1200 体力:1400 魔力:1700 能力:空を飛び、闇属性の魔法が使える。召喚時間:3時間。再使用時間:17日】

【フレーバーテキスト:たとえ、魔界に墜ちたとしても、ルシフィールは人を愛することを止めなかった。彼女の心は、いまだ美しい(勇者ロット)】

 ◇◇◇


 長い黒髪の天使が現れた。肌は透き通るように白く、赤黒い鎧を装備していた。瞳は黄金色で背中に生えた片方だけの翼は闇のように黒かった。


「ルシフィール! ラズイムを倒せ!」

「わかりました。我がマスターの敵に絶望を贈りましょう」


 ルシフィールは漆黒の剣を握り締め、ふわりと宙に浮き上がる。


 ラズイムはルシフィールの召喚に気づいた。


「…………ほぅ。ドラゴン以外にも空を飛べる者を召喚できるのですね」


 そう言いながら、頭上の岩を呪文で落とす。

 重さ数百キロの岩をかわしながら、ルシフィールはラズイムに迫る。


「おっと、飛行能力は私より上のようですね。これは危ない」


 ラズイムは半透明の壁をいくつも作りながら上昇する。

 ルシフィールはその壁を漆黒の剣で斬った。


「ふむ。それならば召喚者を狙うとしましょう」


 ラズイムは風に乗った風船のように宙を移動しながら、天井を壊していく。


「氷室彼方。あなたが死ねば、召喚された者は消える。ふふふっ」


 彼方の頭上から次々と岩が落ちてくる。


 彼方はミランダを抱えたまま、水の中に飛び込む。落ちた岩と岩の間の隙間に逃げ込み、水から顔を出す。


 ――ラズイムはルシフィールから逃げ回っているけど、表情に余裕がある。そして用心深いな。下にいる僕の呪文も常に警戒してる。


 ――水も深くなってきてるし、早めになんとかしないと。


「どうするの?」


 亜里沙が彼方に体を寄せた。


「飛んでる相手じゃ、私は役に立たないし」

「…………そうでもないよ」


 彼方は亜里沙に持っていた短剣を渡す。


「君は目立つ動きで、ラズイムの注意を引いて」

「それだけでいいの?」

「うん。後は僕がなんとかする」

「わかった。作戦は彼方くんにまかせるよ」


 亜里沙は落ちた岩の上に登り、そこから別の岩に飛び移る。


 ――後はタイミングだな。


 彼方の周囲に三百枚のカードが現れる。


◇◇◇

【アイテムカード:フェイクドール】

【レア度:★★★★(4) 使用者と同じ外見に変化する人形。使用者がフェイクドールの行動を操作することができる。具現化時間:3時間。再使用時間:9日】

◇◇◇


 青緑色の草のつるが絡み合った人形が具現化された。

 彼方がそれに触れると、人形はみるみると大きくなり、彼方と同じ姿に変化する。


 人形――フェイクドールは彼方の意思に従い、水の中を泳ぎ始めた。

 その動きにラズイムが気づいた。


「そこにいましたか」


 ラズイムはルシフィールの剣を避けながら、呪文を詠唱する。

 天井が大きく崩れて、十数個の巨大な岩が彼方の姿をしたフェイクドールの上に落ちた。


 ――今だ!


 水しぶきが上がると同時に、彼方は亜里沙とルシフィールをカードに戻した。


「ふっ…………ふふふっ」


 ラズイムの笑い声が頭上から聞こえてくる。


「ザルドゥ様を倒した英雄が岩に潰されるとは。やはり、人間はもろいですね」


 崩れた天井から、滝のように水が落ち始める。


「では、さようなら……って、誰も聞いてませんね。ふふっ」


 ラズイムは鼻歌を歌いながら、天井の近くにある横穴に消えた。


 ――召喚したクリーチャーを消したことで、僕が死んだと確信したな。ルシフィールで倒せればよかったけど、逃げ回るラズイム相手では相性が悪かった。まあ、いつも計算通りにいくとは限らないか。


 ――とりあえず、水のない場所に移動しよう。ミランダさんが心配だし。


 彼方は意識を失ったままのミランダを抱いて、冷たい水の中を泳ぎだした。


 ◇


 横穴を移動していると、背負っていたミランダが目を覚ました。


「ここは…………?」


 ミランダは口を半開きにしたまま、首を左右に動かした。


「カーリュス教の洞窟の中ですよ。安心してください。もう、危険はありませんから」

「…………ありがとう。まさか、あなたが助けにきてくれるなんて」


 ミランダは彼方から離れて、自分の足で立った。


「で、ニックはどこ? 上にいるの?」

「…………ニックさんは亡くなりました」

「え…………?」


 ミランダの表情が消えた。


「亡くなった?」

「…………はい。ニックさんは自殺しました。自分の胸を短剣で突き刺したんです」


 彼方はニックの最後を淡々と話した。


 無言で聞いていたミランダの瞳が潤み、すっと涙が流れ落ちた。


「…………そう。ニック…………死んじゃったのか」

「ニックさんは、あなたと産まれてくる子供のことを気にしてました」

「でしょうね。あいつ、私にべた惚れだったから」


 涙で濡れたミランダの頬が緩んだ。


「氷室男爵。ニックを許してあげて。お調子者でバカだけど、優しい人なの。人を殺そうとするような男じゃない」

「わかってます。ニックさんは何も悪くありません」

「…………ありがとう」


 ミランダは悲しげな笑みを浮かべて、微かに膨らんだ自身の腹部を撫でた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る