第299話 洞窟の戦い

◇◇◇

【召喚カード:無邪気な殺人鬼 亜里沙】

【レア度:★★★★★(5) 属性:闇 攻撃力:2000 防御力:400 体力:800 魔力:0 能力:無属性のサバイバルナイフと体術を使う。召喚時間:10時間。再使用時間:7日】

【フレーバーテキスト:人を殺すのが、どうしていけないの? 楽しいし、気持ちいいじゃん】

◇◇◇


 彼方の前に、十七歳前後のブレザー服姿の少女が現れた。髪はセミロングで、ぱっちりとした左目の下には小さなほくろがある。桜色の唇は薄く、その右手には黒光りするサバイバルナイフが握られていた。


 少女――亜里沙は、にんまりと笑いながら彼方に歩み寄る。


「彼方くんってさー。よく、私に文句言うけど、たくさん召喚してくれるよね」

「君に向いてる仕事が多いからね」

「ってことは、殺しの仕事かぁ」

「イヤなの?」


 不満げな様子の亜里沙に彼方は質問した。


「そんなことはないけどさぁ。せっかくJKを召喚したんだし、たまには青春してみない?」


 そう言って、亜里沙はチェック柄のスカートの裾を指先でつまみ上げる。


「殺しだけが私の魅力じゃないよ」

「青春の意味がよくわからないけど、今は急いでるから」


 彼方は状況を説明した。


「…………ってわけで、冒険者のミランダさんを助けるのが目的だよ」

「レーネを助けた時と同じってことね」

「そうだね。ただ、敵はゴブリンじゃなくて、人になるよ」

「それは嬉しい情報かな」


 亜里沙はピンク色の舌で上唇を舐めた。


「ゴブリンより、人を殺すほうが楽しいし。で、召喚するのは私だけ?」

「とりあえずはね。敵の数もわからないし、なるべくなら、君だけにしておきたいんだ」

「どうして? 私たちクリーチャーは二体まで召喚できるよね?」

「敵を混乱させるためかな」


 視線を洞窟の入り口に向けたまま、彼方は答えた。


「いつも二体召喚しないことで、僕の能力に制限があるようにしたいんだ。たとえば、秘薬を節約しようとしてるんじゃないか、とかね」

「ふーん。そんなに警戒する必要があるのかなぁー」


 亜里沙はセミロングの髪をかきあげる。


「まっ、私ひとりのほうが獲物を独占できるから、嬉しいんだけどね」

「よろしく頼むよ。今回の敵は容赦しなくていいから」

「んっ? 彼方くんがそんなこと言うなんて珍しいね」

「自分の欲のためには人を殺してもいいって思ってる連中だからね。手加減する必要は全くないよ」

「…………なーんだ。私と同じじゃん。そんな相手なら、遠慮なく殺せるよ」

「君は誰だって遠慮なく殺してるだろ?」


 彼方は呆れた顔で亜里沙に突っ込みを入れた。


 ◇


 洞窟の中は散らばった白く輝く石――白輝石しらきいしで、ぼんやりと照らされていた。空気は冷えていて、どこからか水の流れる音がしている。


 前を歩いていた亜里沙が上半身を捻るようにしてサバイバルナイフを投げた。それは岩陰に隠れていた男の胸元に突き刺さる。


「がっ…………」


 男は大きく口を開いたまま、仰向けに倒れた。


「甘いなぁ。奇襲を狙うなら、短剣の刃の反射には気をつけないと」


 亜里沙は絶命した男に歩み寄り、胸元からサバイバルナイフを引き抜く。


「もしかして、弱い相手なの?」

「まだ、わからないよ」


 彼方は倒れている男の服装を確認する。


「この男は商人っぽいし、戦闘は不慣れだったのかもしれない。カーリュス教の信者はいろんな職についてるみたいだからね。冒険者や兵士なら、もっと手強いと思うよ」

「それは楽しみかな」


 白輝石に光を反射した亜里沙の瞳が揺らめいた。


 ◇


 洞窟の中層にある広い場所に二十人の男たちが集まっていた。鎧をつけた冒険者らしき男、商人風の男、猟師や農夫らしき姿もある。


 小柄な男が、灰色のローブを着た五十代の男に駆け寄った。


「ヨゼフ様! 変な服を着た女が入り込んでます」

「女だと?」


 灰色のローブを着た男――ヨゼフが白い眉を動かした。


「どんな女だ?」

「十代半ばぐらいの女で武器は黒い短剣です。既に七人以上が殺されました」

「…………氷室彼方が召喚した女だな」


 その言葉にカーリュス教の信者たちの顔が強張った。


「まずいぞ。氷室彼方もいるかもしれない。奴はSランクの冒険者だ。俺たちが勝てるような相手じゃない」

「くそっ! あの冒険者、暗殺に失敗して、この場所を話したんだな」

「どうする? 出口にも氷室彼方の部下が待ち伏せしてるかもしれんぞ」


「おちつけ!」


 ヨゼフの声が洞窟内に響いた。


「まずは人質の女を連れて来い」

「使えるのですか?」


 鎧をつけた男が質問した。


「わからん。だが、あの女も氷室彼方に会ってるはずだ。上手くいけば交渉できるかもしれん」

「もし、氷室彼方が人質を無視したら?」

「その時は…………」


「何かありましたか?」


 突然、奥の通路から太った男が現れた。身長は百八十センチ程できらびやかな服を着ている。髪は茶色で鼻の下に整ったひげを生やしていた。


「ラズイム様っ!」


 カーリュス教の信者たちが、人間の姿をした上位モンスターの名前を一斉に口にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る