第297話 訪問者2

 数日後、彼方はキルハ城の中庭で、ミケ、ミュリック、エルメアとポク芋畑に生えた雑草を抜いていた。


 既に太陽は真上にあり、日射しが彼方の足元に黒い影を作っている。


「ちょっと、彼方っ!」


 ミュリックが引き抜いた雑草を握り締めて、彼方に声をかけた。


「どうして、私が畑仕事しなければいけないのよっ!?」

「楽しい仕事だと思うけど」


 彼方は両手についた土を払いながら言った。


「危険な仕事じゃないし、ポク芋の収穫も楽しみじゃないか」


「うむにゃ」


 ミケが彼方に同意した。


「この畑には、ミケが厳選した種芋が埋まっているのにゃ。八十日後には最高のポク芋を食べさせてあげるのにゃ」

「まあ、ポク芋料理も嫌いじゃないけど」


 ミュリックがため息をつく。


「それにさー。ミケはとにかく、何で私とエルメアなの? 香鈴やニーアのほうが、こういう仕事に向いてるでしょ」

「いや、君たちのほうがいいんだよ」


 彼方は近くで訓練をしている兵士たちに視線を向ける。


「君とエルメアが仲間なことは、みんなに伝えたけど、こうやって、仕事をしてる姿を見せたほうが、より安心するだろ?」

「…………なるほどね」


 ミュリックはピンク色の髪をかき上げる。


「それで、サキュバスの私とダークエルフのエルメアに畑仕事をやらせてるわけか」

「七原さんとレーネとニーアには昼食の準備をしてもらってるしね」


 彼方は額に浮かんだ汗を拭う。


 ――当分の間は自給自足でやっていくしかない。近くの森でチャモ鳥や赤猪が獲れるし、川で魚も釣れる。果物や野菜もなんとかなるだろう。後は村が発展してくれれば、小麦や乳製品も王都やウロナ村に戻らずに買うことができるか。


 彼方は修復された自分の城を見上げる。


 ――今は領主の仕事を真面目にやるしかないな。それが、仲間を守ることにも繋がるはずだし。


 その時、うさぎ耳のピュートが彼方に駆け寄ってきた。


「彼方さ…………氷室男爵。報告があるです」

「彼方でいいよ。何かあったの?」

「Dランクの冒険者が彼方さんに話があるって言ってるです」

「んっ? Dランク?」

「ニックって剣士なのです」

「あーっ、ニックさんか」


 彼方は二十日程前に出会った二十代の冒険者の顔を思い出した。


 ――まだ、宝探しをやってたのか。奥さんのミランダさんが身重なんだから、無理しないほうがいいのに。


「わかった。会おう」


 彼方は城門に向かって歩き出した。


 ◇


 城門を出ると、ニックの姿が目に入った。

 ニックは城門を守る兵士と話をしていた。


「ニックさん。どうしたんですか?」


 彼方が声をかけると、ニックは白い歯を見せた。


「氷室男爵に伝えたい情報があってな」

「…………そうですか」


 彼方は腰に提げていた短剣を引き抜いた。


「おっ、おい。どうしたんだよ?」


 ニックは頬をぴくぴくと動かした。


「それは僕のセリフですよ。左手に何か持ってますよね? 暗器ですか?」

「あ…………」


 ニックの顔が蒼白になった。


「きっ、貴様っ!」


 体格のいい兵士が剣を引き抜いた。

 彼方の背後にいたピュートも慌てた様子で短剣を構える。


「二人とも、大丈夫だから」


 彼方は柔らかな声を出して、一歩前に出る。


「ニックさん。僕を狙うなら、もっと表情を自然にしたほうがいいですよ。顔が強張ってたし、声の調子も前と違ってました」

「くっ…………」


 ニックは三角形の暗器を投げ捨て、ロングソードを両手で握り締めた。


「さすがだよ。氷室男爵。隙をつけばなんとかなると思ったが、Dランクの俺とは格が違ったか」

「ミランダさんが人質に取られてるんですか?」


 その言葉に、ニックの目が大きく開いた。


「…………どうして、そう思う?」

「ニックさんと別行動する理由がないし、金目的で僕を狙うのはリスクが高すぎますからね。サダル国ですか?」

「どうだっていいだろっ!」


 ニックはロングソードの刃を彼方に向ける。


「俺はお前を殺すしかないんだ! そうしないとミランダが…………」

「殺される…………ですか?」

「そうだ。奴らは人を殺すことに躊躇などないからな」

「カーリュス教か…………」


 彼方は自身の唇を軽く噛んだ。


 ――前にカーリュス教はネフュータスと組んでいた。また、モンスターと組んでる可能性はあるか。この前、デスアリスの軍隊が攻めてきたばかりだし。


「…………ニックさん。ミランダさんを人質に取った相手は顔を見せてましたか?」

「か、顔?」


 ニックがまぶたをぱちぱちと動かした。


「ええ。もし、相手がカーリュス教であなたに顔を見せているのなら、僕を殺したとしても、ミランダさんは助かりませんよ。顔を見られた相手を生かしておくのは危険ですからね」

「そんなことはないっ! 奴らは約束してくれたんだ。お前を殺せば、ミランダを助けると」

「カーリュス教の信者って約束を守るんですか?」

「…………それは」


 半開きになったニックの唇が震え出す。


「カーリュス教は四大国全てが禁止してる宗教なんですよね? たしか、自分の欲のためなら人を殺してもいいとか。そんな人たちを信じるの?」

「…………そう…………だよな」


 ニックの瞳から戦意が消え、持っていたロングソードが足元に落ちた。


「氷室男爵…………頼みがある」

「ミランダさんを助けてくれ、ですか?」

「そうだ。奴らは南の低地にある洞窟に潜んでる。そこにミランダもいる。報酬は金貨二十五枚分の素材だ」


 ニックは腰につけていた魔法のポーチを外して彼方の前に投げた。


「すまなかった。あんたはヨム国を救った英雄なのに、こんなことをして。その責任を取らせてもらう」


 ニックは胸元からナイフを取り出し、自身の胸に深く突き刺した。


「ミランダを…………俺の子供を救ってく…………」


 ぐらりとニックの体が傾き、そのまま体が横倒しになった。

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