第296話 ティアナールの決断
「どうして、ティアナールさんが?」
「…………私もお前の兵士になると決めたんだ」
歯切れが悪そうにティアナールが答えた。
「いや、ティアナールさんは白龍騎士団の百人長ですよね? 辺境の城の兵士になれるんですか?」
「問題ない。弟と部下からは引き留められたがな」
「それなのに何故?」
「…………いろいろ事情があるのだ!」
ティアナールの尖った耳が赤くなる。
「父から…………お前の兵士になれと命じられたのだ」
「お父さんから?」
彼方はまぶたをぱちぱちと動かす。
「どうして、ティアナールさんのお父さんがそんなことを?」
「それは…………」
ティアナールは苦痛に耐えるかのように歯を噛み合わせる。
「なるほど…………ね」
彼方の後方にいたレーネが口を開いた。
「一気に王を狙ってきたか」
「王を狙うって?」
「娘を魔神ザルドゥを倒した英雄の妻にしようとしてるってこと」
「ぐっ…………」
ティアナールは僅かに顔を歪める。
「なかなかいい作戦よね。家系に英雄がいると箔がつくし、圧倒的な武力を手に入れることもできる。それに娘も英雄を愛してるし」
「ちっ、違うっ!」
ティアナールは叫んだ。
「愛してなどいない! 私は彼方を尊敬してるんだ。彼方は強くて優しくて、側にいたら心が温かくなって、幸せな気持ちになるだけだ!」
「…………それ、恋愛感情じゃないの?」
「そうではない! これは…………そうだ! 戦友に対する感情だ!」
ティアナールは彼方に視線を戻す。
「私と彼方は、いっしょに戦った戦友だからな。そうだろ? 彼方っ!」
「そうですね」
彼方は笑顔でティアナールの手を握った。
「いろいろ事情があるみたいですが、ティアナールさんがいてくれたら、百人力ですよ」
「あ…………ああ。まかせておけ。こうなった以上は、全力でお前とお前の領地を守ってみせる!」
ティアナールは、ぐっとこぶしを握り締めた。
◇
その日の深夜、彼方は四階にある自室で熱いハチミツ茶を飲んでいた。
木製の机の上には百人の兵士たちの情報が書かれた紙が置いてある。
「百人と話をするのは、なかなか大変だったな」
そうつぶやきながら、寝癖のついた髪の毛に触れる。
――隊長はティアナールさんで問題ない。副長はCランク冒険者の中から選ぶか。その後はティアナールさんにまかせよう。白龍騎士団の百人長だったから、部下の扱いにも慣れてるはずだ。
――ミルカさんが選別してくれたおかげで、怪しい人物はいなかったし、ひとまず、城の守りは彼らにやってもらおう。
彼方は机の引き出しから、キルハ城周辺の地図を取り出した。
――ミュリックの情報によると、リシウス城の兵士たちは守りを固めて、動く気配はないらしい。となると、デスアリスのほうが問題か。僕を狙っているのは確定してるし。
――とはいえ、ガズールの部隊を殲滅したことで、力押しで攻める可能性は低くなったんじゃないかな。どうやって倒されたかもわからないだろうし、戦力が減るのは避けたいはずだ。
「これで諦めてくれれば、楽なんだけどなぁ」
深く息を吐いて、彼方は頬杖を突いた。
その時、扉がノックされ、ティアナールが部屋に入ってきた。
「あれ? まだ、起きてたんですか?」
「ああ。ちょっと話しておかないといけないことがあってな」
ティアナールは彼方に近づき、薄く整った唇を動かした。
「レイマーズ家のカーティスを覚えているか?」
「ティアナールさんが夜会で揉めて決闘することになった貴族ですよね? 僕が代理で決闘をした時の」
「そうだ。奴がリシウス城を私兵三万で攻めることになった」
「あの人が?」
彼方の目が丸くなった。
「カーティスって、ふっくらしてて軍人って感じがしなかったんですが?」
「ああ。奴自身はロングソードを十回振れば、息が上がるような男だ。戦いの経験もないしな」
「それなのにリシウス城を攻めるんですか?」
「軍師きどりなのだ。カーティスは」
ティアナールは短く舌打ちをした。
「自分が軍を指揮していれば、もっと早く戦争を終わらせていたと吹いて回っているようだ。ナグチ将軍より、自分のほうが上だとな」
「根拠もないのに、そこまで自信がある人も珍しいですね」
「名門貴族の中にはよくいる。家来や周囲の者が褒めまくるから、自分が特別な存在だと信じてしまう者がな」
「…………はぁ」
彼方は首を傾ける。
「だけど、どうしてカーティスがリシウス城を攻めるんですか?」
「もともと、あの辺りの土地はレイマーズ家の親族が統治してたからな。それが、このままだと氷室男爵の土地になると思ったんだろう」
ティアナールは机の上に広げられた地図を見る。
「まあ、ナグチ将軍はお前に倒され、第七師団のカルミーラ師団長も死んだ。攻め時ではあるが」
「リシウス城は守りを固めてるようです。勝算はあるんですか?」
「カーティスの能力には期待できないが、指揮する兵士は父親のレイマーズ伯爵の精鋭部隊だからな。力押しでもいけるかもしれん。金獅子騎士団も支援に入るようだし」
「そう…………ですか」
彼方はこめかみに人差し指を当てた。
――カーティスがリシウス城を落とせるのなら、それは僕にとって有り難いことだ。サダル国がキルハ城を攻めにくくなるし。
「上手くいくといいんですが…………」
「んっ? 上手くいったら、領地が減るかもしれないんだぞ?」
ティアナールが首をかしげる。
「構いませんよ。カカドワ山の西側にヨム国の城が増えたほうが安全ですから」
「…………お前らしいな。領地より、仲間の命を優先するか」
ティアナール頬が緩んだ。
「だから、私はお前を…………」
「んっ? 何です?」
「…………そっ、尊敬していると言おうとしたんだ」
「わかってますよ。戦友としてでしょ」
にこやかに彼方は笑った。
「あ、ああ。そうだな。私たちは戦友だからな。はっ、はははっ」
ティアナールは握り締めたこぶしを震わせながら、恨みがましい目で彼方を睨みつけた。
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