第293話 デスアリス

 ガリアの森の西に、霧に覆われた湿地帯があった。

 中央には深く広いダンジョンあり、その最下層に数十本の石柱が並んだ広間があった。床は青黒く、壁には光る石が均等に埋め込められていた。


 広間の奥にはデスアリスがいた。

 見た目は十三歳ぐらいで、薄い紫色の髪をツインテールにしている。瞳も薄い紫色で口元に小さなほくろがあった。


 デスアリスは金色の首輪に触れながら、目の前で片膝をついているダークエルフの女の報告を聞いていた。


「…………状況から、ガズールの部隊が全滅したのは間違いないかと思われます」

「ガズールを殺したのは氷室彼方?」

「はい。ネフュータスとの戦いでも氷室彼方は霧の結界を使っていたそうです。中で何が起こったのかはわかりませんが」


 ダークエルフの女は頭を下げたまま、言葉を続ける。


「骨の足跡の数から、あの死霊使いを召喚したのではないかと」

「あぁ。スケルトンを増やせる死霊使いね」


 デスアリスは僅かに目を細める。


「…………面倒な相手ね。あれを召喚されたら、軍隊で攻める意味がなくなる。殺されたモンスターの死体を利用されるから」

「ですが、あれ程強力な死霊使いを連続で召喚するのは無理です」

「そうね。死霊使いをいつでも召喚できるのなら、サダル国との戦争の時に何度も召喚するはずよ」

「はい。魔力の回復に時間がかかるのか、秘薬が少なくなっているのか。または、その両方か」


 ダークエルフの女は顔をあげる。


「ならば、このアルマにおまかせください。私の部隊で残った秘薬を全て使わせ、氷室彼方を殺してみせます。私の命を捨ててでも」

「それはダメよ」

「何故ですか? 私はデスアリス様のためならば、自分の死も受け入れます!」


 ダークエルフの女――アルマが金色の瞳でデスアリスを見上げる。


「氷室彼方もダークエルフで幹部の私が自爆攻撃を仕掛けるとは思わないはずです」

「そうね。たしかに氷室彼方の裏をかく作戦だと思う」

「ならばっ!」

「だけど、あなたを失うわけにはいかない」


 デスアリスは白く細い手でアルマのアゴに触れた。


「あなたは私のために、躊躇なく死んでくれる貴重な存在。だから、死んでもらったら困るの。魔神ゼルズの軍隊と戦うことになるかもしれないし」

「デスアリス様…………」


 アルマの褐色の頬が赤くなった。


「…………し、しかし、それでは氷室彼方を殺す者が」


「氷室彼方は、おまかせください」


 突然、太った男が石柱の陰から現れた。


 男は身長百八十センチ程で、きらびやかな服を着ていた。髪は茶色で鼻の下にひげを生やしている。

 大きく腹が膨らんでいるが、外見は人間と変わらないように見えた。


「…………ラズイムか」


 アルマは銀色の眉を中央に寄せた。


「幹部最弱のお前に氷室彼方が倒せると言うのか?」

「ええ。倒せますよ」


 男――ラズイムは分厚い唇の端を吊り上げる。


「デスアリス様。氷室彼方を殺すなら、部隊で攻めるのはいけません」

「どうして?」


 デスアリスがラズイムに質問した。


「氷室彼方はガズールの部隊だけではなく、ネフュータスの軍を全滅させています。数で攻めても無駄です」

「…………そうね。ガズールの部隊の奇襲も氷室彼方にバレてた。誰かが情報を漏らしたのかもしれない」

「はい。多数のモンスターを動かせば目立ちますから」

「なら、あなたはひとりで氷室彼方と戦う気?」

「とんでもない」


 ラズイムは分厚い肩をすくめた。


「そんな危険なことはしませんよ。カーリュス教の信者を使います」

「あぁ。あいつらを利用するのね」

「はい。彼らは太古の邪神カーリュスを崇める者たちです。英雄である氷室彼方を殺すために協力してくれるでしょう」

「…………悪くない手ね」


 デスアリスは口元にこぶしを寄せる。


「それなら、こっちの戦力は減らないし、氷室彼方も油断するかも」

「いえ。氷室彼方は頭がよく、計算高い人物です。油断もしないでしょう」

「それでも殺せると言うの?」

「はい。自爆攻撃など、バカなことをせずとも確実に殺せます」


 その言葉にアルマが反応した。

 一瞬でラズイムの側面に移動し、赤い刃の短剣を振り下ろす。

 ラズイムの手首が青黒い床に落ちた。


「私の作戦をバカにするのか?」


 アルマは短剣の先端をラズイムの顔に向ける。

「そうですねぇ。自分の命さえも捨てるあなたの忠誠心は認めますが」


 ラズイムは目を細めて笑った。


「そこまでする必要はありません。氷室彼方を殺す方法など、いくらでも思いつきますから」

「大言を吐くではないか。魔力も力も弱いお前が」

「ふふっ。私を最弱だと思っているから、あなたは氷室彼方を殺せないんです」

「何だとっ!」

「言っておきますが、私は幹部の皆さんの前で本気を見せたことはありませんよ」


 ラズイムは落ちていた自身の手を拾い上げ、手首にくっつける。五本の太い指が鍵盤楽器を弾くように動いた。


「私はね。氷室彼方と似てるんですよ。自分の実力を隠し、目立つ行動を避ける。そして頭もいい」

「お前と氷室彼方が似てるだと?」

「はい。特別な能力も持ってるところも同じですね」

「特別な能力とは何だ?」

「それは秘密ですよ」


 ラズイムは、ぱかりと口を開けて笑った。


「まあ、私を殺せるのはデスアリス様ぐらいでしょうね」


「ラズイム…………」


 デスアリスが口を開いた。


「いいわ。氷室彼方はあなたにまかせる。必ず殺しなさい。そして有翼人からパルム石を奪って」

「その命令、承りました。安全に効率的に氷室彼方を殺してみせます」


 ラズイムは分厚い唇をヘビのような舌でちろりと舐めた。

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