第291話 奇襲

 ガズールの部隊は白い霧が立ち込めた草原を進んでいた。

 風はなく、野草を踏むモンスターの足音だけが聞こえている。


 前方からダークエルフの男がガズールに駆け寄ってきた。


「ガズール様、先行している者から連絡がありました。透明な壁があり、前に進めないようです」

「透明な壁だと?」


 ガズールはたてがみを揺らして首を傾けた。


「壊せないのか?」

「はい。スライムのような弾力がある壁で、草原全体を囲っているようです」

「結界か…………」

「しかも見たことのない結界です。これは…………」

「これは、何だ?」

「…………氷室彼方の仕業ではないかと」


 ダークエルフの男は白い霧に囲まれた草原を見回す。


「奴は我らの動きを知っていて、ここに罠を張っていたと考えるべきです」

「ちっ! 情報が漏れていたのか」


 ガズールは舌打ちをして牙をカチリと鳴らした。


「ゴラックの部隊に周囲を探らせろ。それとメルディールを呼べ。奴なら、結界から抜け出す方法を知ってるかもしれん」


 その時――。


 カタ…………カタ…………カタ…………。


 乾いた木材を叩いたような音が聞こえてきた。


「気をつけろ! 何か近づいてくるぞ!」


 ガズールは腰に提げていた青黒いロングソードを引き抜いた。

 周囲にいたモンスターたちも武器を構えて視線を左右に動かす。


 カタ…………カタ…………カタ…………。


 白い霧の中から、四本腕のスケルトンが現れた。

 スケルトンの骨は青白く輝いていて、動く度に不気味な音を鳴らしている。


「異形種のスケルトンかっ!」


 周囲を囲んでいる無数のスケルトンを見て、ガズールの毛が逆立った。


 カタ……カタカタ…………カタカタカタ…………。


 スケルトンたちが一斉にガズールの部隊に襲い掛かった。

 ゴブリンが叩きつぶされ、リザードマンの皮膚がスケルトンの爪で裂けた。


「舐めるなっ! 雑魚どもがっ!」


 ガズールは近づいてきたスケルトンをロングソードで叩き斬った。上半身だけで動くスケルトンの頭部を太い足で踏みつける。


「ダグレスっ! いるか?」


「はい。ここにおります」


 角が生えた褐色の肌の上位モンスターがガズールに走り寄った。


「お前の部隊で氷室彼方を捜して殺せ! きっと近くにいるはずだ」

「わかりました。おまかせください」


 ダグレスはガズールに頭を下げて、その場から離れる。


「いいかっ! お前らっ!」


 ガズールが叫んだ。


「敵は異形種とはいえ、弱いスケルトンだ! 俺たちの力を見せてやれ!」

「おおおーっ!」


 モンスターたちは雄叫びをあげて、スケルトンと戦い始めた。

 オークが斧を振り回し、リザードマンがロングソードでスケルトンの足を狙う。

 背丈が三メートルを超えるオーガが人の頭よりも大きなこぶしでスケルトンを叩きつぶした。


「いいぞ! その調子だ。耐久力のあるオーガを上手く使え!」


 ガズールは吠えるような声を出した。


「呪文を使える者は南にいるスケルトンを…………」


 突然、爆発音が響いた。


 ガズールの視線が左に向く。

 そこには十数匹の爆弾アリに取りつかれたオーガの姿があった。

 オーガは片膝をついていて、膝の部分の皮膚が深く裂けていた。

 爆弾アリは次々と爆発し、オーガの巨体が横倒しになる。


「氷室彼方が操る蟲かっ!」


 ガズールの持つロングソードが小刻みに震えた。


「くそっ! 氷室彼方めっ!」


 奥歯を強く噛み締め、周囲を見回す。

 ガズールの部下であるモンスターたちは必死にスケルトンと戦っていた。しかし、数で勝るスケルトンに次々と倒され、戦況は不利になっていた。


「ガズール様っ!」


 ダークエルフの男がガズールに駆け寄る。


「死霊使いを発見しました。そいつが我らの死体を使って、スケルトンを召喚してます!」

「わかった。俺が死霊使いを殺す!」


 ガズールとダークエルフの男は南に向かって走り出した。


 ◇


 数十メートル先にいるガデスを見て、ガズールの瞳が輝いた。


「奴が死霊使いだな?」

「はい。あれはザルドゥ様と戦ったアンデッドです」


 ダークエルフの男が答える。


「直接戦うのは危険かと」

「わかってる。ゴブリンの部隊を使え。自爆ゴブリンを混ぜてな」

「ここで自爆ゴブリンを使うのですか?」

「氷室彼方用だったが仕方ない。奴を殺さねば、スケルトンが増え続ける。状況によっては、俺の高位呪文で止めを刺す!」


 ガズールは鎧の内側から秘薬の入った小ビンを取り出した。


 ◇


 次々と襲い掛かってくるゴブリンを鋭い爪で斬り裂きながら、ガデスは唇のない口で笑った。


「カカカッ! いいぞ! どんどん攻めてこい! 我が眷属を生み出すためにな」

「ギュガ…………ギャアアア」


 腹部が異様に膨れたゴブリンがガデスに近づいてきた。


「お前はダメだ」


 ガデスは右手をゴブリンに向ける。

 呪文で作られた黒い糸がゴブリンの体に巻きつく。


「ガ…………ガガッ…………」


 ゴブリンの動きが止まる。

 そのゴブリンにスケルトンが抱きついた。

 ゴブリンの腹部がひび割れ、爆発した。

 抱きついていたスケルトンの骨がばらばらになる。


「カカッ! 我がマスターの情報通りだな」


 ガデスは洞穴のような目で散らばったゴブリンの肉片を見下ろす。


 突然、直径一メートルを超える火球がガデスの頭上に出現した。火球は垂直に落下し、ガデスの体を炎で包んだ。


「グ…………」


 ガデスは全身を燃やされながら、視線を動かす。


 その視線の先に、たてがみを揺らして突っ込んでくるガズールの姿があった。

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