第289話 ガズール
その日の夜、彼方はガリアの森の西にある大きな川のほとりにいた。川の幅は百メートル以上あり、緩やかに流れる水面に巨大な月が映っている。
「そろそろ、準備するか」
彼方の周囲に三百枚のカードが浮かび上がる。
◇◇◇
【アイテムカード:幻影龍の指輪】
【レア度:★★★★★★★★(8) 装備した者と幻影龍の指輪に触れた者の姿を他者から見えなくする。装備した者が戦闘行動を取った場合、その効果は失われる。具現化時間:5時間。再使用時間:19日】
◇◇◇
ドラゴンの目のような形をした幻影龍の指輪を右手の人差し指にはめると、彼方の姿が一瞬、揺らいだ。
――これで僕の姿は見えなくなった。
彼方は上流に向かって走り出す。緑色に発光する森クラゲが浮かぶ獣道を進むと、開けた河原に出た。
そこには千体以上のモンスターが集まっていた。
ゴブリン、オーク、リザードマンにオーガ。ダークエルフに上位モンスターらしき姿もあった。
彼方は足音を忍ばせて、モンスターの群れに近づいた。身長三メートルを超えたオーガの横をすり抜けると、十数メートル先で魔法文字が刻まれた鎧を装備したモンスターが牙のある口を動かしていた。
ライオンのような顔に二十センチ以上伸びた爪、身長は二メートルを超えていて、肩幅が異様に広い。
――キリーネに聞いてた外見と一致するな。あれがガズールか。
モンスター――ガズールは黄土色のたてがみに触れながら、部下たちを見回した。
「情報によると、氷室彼方のいる城には兵はいない。いるのは奴の女だけだ」
「女の数はどのぐらいですか?」
ダークエルフの男がガズールに質問した。
「五人前後で、サキュバスとダークエルフもいるぞ」
「デスアリス様を裏切った女ですね」
「そうだ。そいつらはすぐに殺していい。有翼人の女はパルム石を奪ってから殺せ」
「人質に使わなくていいのですか?」
「人質は異界人の女と猫耳の女でいい。いや、そいつらも必要ないだろうがな」
ガズールはにやりと笑った。
「こっちは千体以上で奇襲をかけるんだ。いかに氷室彼方が強者でも、どうにもなるまい。人質を取る前に奴は死ぬだろう」
「しかし、氷室彼方はザルドゥ様を消滅させる呪文が使えると聞いております。それにドラゴンや巨大なゴーレムも召喚できるとか」
「わかってる。だから、ゴブリンで攻めて、秘薬と魔力を消耗させる。その後に精鋭部隊で一気に氷室彼方を殺すのだ」
「なるほど。いい手ですね」
ダークエルフの男が口角を吊り上げた。
「今までの氷室彼方の行動から、奴が高位呪文や召喚呪文をなるべく使わないように動いているのは明白です。ただ…………」
「ただ、何だ?」
「奴の底が見えないのも事実。まだ秘薬には余裕があり、ドラゴンを召喚しつつ、高位呪文を連続で使ってくる可能性も考慮すべきかと」
「…………まあな」
ガズールは金色の目を細めた。
「ザルドゥ様もネフュータスも氷室彼方に殺された。ガラドスも一騎打ちで奴に不覚を取った。奴が規格外の存在であることは間違いない」
「ならば、自爆ゴブリンの秘術も使ってよろしいでしょうか?」
「…………わざわざ貴重な秘薬を使ってか?」
「はい。最初に攻めるゴブリンの中に自爆ゴブリンを混ぜておけば、一瞬で勝負をつけることができるかもしれません」
ダークエルフの男の声が低くなった。
「氷室彼方は多くの上位モンスターを殺してます。我らも最大限に警戒すべきかと」
「…………いいだろう。二時間で準備しろ」
ガズールは近くにあった大岩に飛び乗った。
モンスターたちの視線がガズールに集まる。
「今から二時間後に出発する。敵はザルドゥ様を倒した氷室彼方だ!」
彼方の名を聞いて、数十体のモンスターが顔を強張らせる。
「奴は強者だが、人間だ。体はもろく、血を流せばすぐに死ぬ。しかも、今なら、奴を護衛する兵士もいない」
ガズールはモンスターたちを見回す。
「これは最大の好機だ! 俺たち全員で奇襲をかけれるのだからな」
モンスターたちの瞳が輝く。
巨体のオーガがにやりと笑い、ゴブリンたちは甲高い鳴き声をあげた。
「いいか! 氷室彼方を見つけたら、何も考えずに突っ込め! 連続で攻めれば、すぐに呪文は使えなくなる。そうなれば、奴はただの剣士だ!」
ガズールはたてがみを揺らして、右手を高く上げる。
「氷室彼方を殺せ! 殺せ! 殺せーっ!」
「おおおーっ!」
モンスターたちは雄叫びをあげ、足を踏み鳴らした。
◇
彼方はモンスターの群れから離れて、近くの木の陰に隠れた。
「何も考えずに突っ込め…………か。悪くない手だな」
――千体以上のモンスターに奇襲されたら、カードの力を使っても厳しい。それに七原さんたちが人質に取られるのもまずい。
彼方は唇を強く噛む。
――モンスターも生き物だ。なるべくなら殺したくない。だけど、僕が殺されれば、七原さんたちも殺される。
左胸に手を当てて、何度も深呼吸をする。
――もう、決めたはずだ。僕は自分と仲間を守るためなら、容赦なく敵を殺すと。
強い痛みに耐えるかのように彼方は顔を歪めた。
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