第288話 ニックとミランダ

 彼方はニックとミランダをキルハ城の一階にある客室に案内した。

 そこはサダル国の兵士たちが会議をしていたのか、大きな机とイスが並べられていた。


 彼方、香鈴、ミケ、レーネが廊下側のイスに座り、ニックとミランダが窓際のイスに座った。

 香鈴が用意した紅茶を飲み干し、ニックは口を開く。


「いやぁ、ほんとに助かった。感謝するぜ…………いや、感謝します。氷室男爵」

「言葉遣いは気にしなくていいですよ。ニックさん」


 彼方は白い歯を見せた。


「それより、何でこんなところに?」


「宝探しよ」


 ニックの代わりにミランダが答える。


「サダル国との戦争が一区切りしたし、魔神ザルドゥが死んだのがわかったからね。早めにダンジョンに潜って、高価な素材やレアアイテムを手に入れようって考えたわけ」

「ザルドゥは死んでも、四天王は三人残ってますよ」

「ええ。でも、奴らが拠点にしてるのは、もっと西側のはずだから」


「それに大金を手に入れるためには、多少のリスクはつきものだからな」


 ニックが親指と人差し指で輪を作った。


「俺たちには金が必要だし」

「何か買いたい物があるんですか?」

「ああ。大量のミルクをな」


 ニックはミランダの腹部を指さす。


「後七ヶ月で俺の子が生まれるのさ」


「そういうこと」


 ミランダが自身の腹部を撫でる。


「仕事ができるうちに、しっかり稼いでおかないと」


「そうでしたか」


 彼方はニックとミランダを交互に見る。


 ――子供が生まれるのなら、たくさんお金が必要だろうな。そのための宝探しか。


「お金になりそうな素材は見つかったんですか?」

「ほどほどだな。魔水晶の欠片と腐肉キノコ…………後はドラゴンの牙が一本ってところか。まっ、全部で金貨八枚ってところだ」


「子育てのことも考えると、金貨五十枚は欲しいところね」


 ミランダがため息をつく。


「安心しろって。次のダンジョンにはお宝が眠ってる予感がするんだ」


「まだ、宝探しをするつもりですか?」


 彼方の質問にニックはうなずく。


「最低でも金貨三十枚分は稼ぎたいからな」

「だけど、Dランク二人じゃ危険だと思いますよ」

「ああ。だから深く潜るつもりはないさ。ヤバいと思ったら、すぐに逃げるしな」


 ニックは肩をすくめる。


「で、助けてもらったついでに頼みたいんだが、回復薬の予備をもってないか? 相場の五割増しで買うぞ」

「相場と同じでいいですよ」


 彼方は笑いながら言った。


「回復薬と保存食は多めに用意してますから。それから、危険だと思ったら、この城に避難してください。護衛の兵士はいませんが、この通り、僕の仲間がいますので」


「うむにゃ」


 ミケがイスから立ち上がり、Eランクのプレートをニックに見せる。


「Eランクのミケにまかせておくにゃ。ミケパンチも進化したのにゃ」

「いちいち、プレートを見せなくていいって」


 レーネがミケの腰を手の甲で叩く。


「まっ、産まれてくる赤ちゃんのためにも命は大事にしなさいよ」

「おうっ! 戦うより逃げるが俺たちの基本戦略だからな」


 そう言って、ニックは親指を突き出した。


 ◇


 次の日、ニックとミランダが去って行くと、彼方たちは隠し部屋の改造を始めた。

 召喚クリーチャーも使い、飛行船が隠してあった穴に居住スペースを作った。

 貯蔵庫に並べられた食糧を眺めて、彼方は満足げにうなずく。


 ――小麦粉とポク芋の量は十分だな。塩、コショウ、砂糖もあるし、これなら、二十日以上は、ここに隠れることができるだろう。状況によっては飛行船で脱出もできるし。


 ――後は城の地下室の隠し扉か。もっと見つかりにくくしておかないと。


 彼方が城に戻ると、ニーアが白い翼を動かして舞い降りてきた。


「彼方! キリーネきた」

「キリーネって、四天王ガラドスの参謀の?」

「うん。怖くてきれいな人」


 ニーアが中庭の方向を指さす。


「中庭にいる。彼方を呼んで来いって」

「わかった」


 彼方はニーアといっしょに中庭に向かった。


 ◇


 中庭には、不機嫌そうな顔をしたキリーネが立っていた。

 見た目は二十代の女で、肌は青白く額に角が生えている。瞳は赤く唇の両端から白い牙が見えていた。


 キリーネは近づいてくる彼方を見て、眉間にしわを刻んだ。


「サダル国のナグチ将軍を倒したそうだな」

「あれ? そんなことも知ってるんだ?」

「当たり前だ。お前はガラドス様の最大の敵だからな。情報は少しでも集めておかないと」


 キリーネは短く舌打ちをする。


「で、ナグチ将軍をどうやって倒した?」

「ザルドゥを倒した時の呪文は使ってないよ。人相手に使うような呪文じゃないからね」

「秘薬は温存してるってことか…………」

「そんなところかな」


 彼方の頬が緩んだ。


「で、今日は何の用なの?」

「重大な情報を教えてやろうと思ってな」


 キリーネは彼方に顔を近づける。


「デスアリス配下の軍団長がお前を狙ってるぞ」

「…………軍団長」


 彼方の眉がぴくりと反応した。


「どんなモンスターなの?」

「名はガズール。火属性の魔法を使う残忍な男だ」

「ガラドスより強いのかな?」

「バカなことを言うな。だが、お前にとっては、ガラドス様より危険な相手だろう。ガズールは千体以上のモンスターを使って、この城を攻めるようだしな」

「千体以上か…………」

「ああ。お前が化け物だとバレているからな。もはや、お前相手に油断する者などいない」


 キリーネは白い牙を鳴らして、視線をニーアに向ける。


「ガズールはお前の仲間も容赦なく殺すだろう。まだ、城には護衛の兵士もいないようだし、この状況で千体以上のモンスターに奇襲されたら、お前でも対処できるかどうか」

「そう…………だね」

「だから、伝えにきたのだ。お前を殺すのはガラドス様だからな」


 キリーネは細い眉を吊り上げる。


「今のうちに仲間といっしょに逃げるといい。数日中にガズールの部隊はこの城を襲うはずだ」

「数日中か…………」


 彼方は親指の爪を唇に寄せて考え込む。


 ――まずいな。もうすぐ、城の修復作業のために業者がやってくる。新しい村に移住してくる人もいるだろうし、ニックさんたちみたいに冒険者もやってくるだろう。


 数十秒の沈黙の後、彼方は口を開いた。


「キリーネ。ガズールの部隊がいる場所はわかるかな?」

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