第287話 彼方と仲間たち

 数日後、彼方、香鈴、ミケ、レーネは王都ヴェストリアを出て、ガリアの森の中に潜んでいたサキュバスのミュリック、ダークエルフのエルメア、有翼人のニーアと合流した。


 七人は飛行船でカカドワ山の西側にあるキルハ城に移動した。

 キルハ城に人の姿はなく、サダル国の工兵部隊が置いていった資材が中庭に積まれている。


 レーネが彼方の腕を指で突いた。


「で、これからどうするの? 氷室男爵」

「城の修復作業は王都で頼んだ業者がやってくれることになってるから、僕たちは、隠し部屋を住みやすく改造しておこうか」

「隠し部屋?」

「飛行船が隠されてた場所が城の後ろの斜面にあるんだよ。そこは見つからないようにしておきたいんだ」


 彼方は視線を北に向ける。


 ――リシウス城には、まだサダル国の部隊が残ってる。可能性は低いけど、ここを攻めてくるかもしれない。その時、みんなが隠れる場所を作っておきたいからな。


「了解したにゃ」


 ミケがぐっと親指を立てた。


「Eランクのミケにまかせておくにゃ!」


 ミケは黄土色――Eランクのプレートを仲間たちに見せた。


「いちいち、Eランクのプレート見せなくていいから」


 レーネがミケの頭をぽんと叩く。


「あなたが昇級試験に受かったのは、飛行船の中で何度も聞いたから」

「うむにゃ! ミケは試験官の攻撃をいっぱい避けたのにゃ。そしたら、ぎりぎり合格って言われたのにゃ」


 ミケは自慢げに胸を張った。


「ミケパンチを見せる必要もなかったにゃ」

「それがどんな技かわからないけど、逃げるのが上手いのも才能だからね。そこを認められてよかったじゃない」


 レーネはミケの頭を撫でながら、視線を彼方に向ける。


「とはいえ、当分、冒険者のランクは関係なさそうだけどね。私たちの依頼人は氷室男爵なんだし」


「そうだね」と彼方は答える。


「レーネだけじゃなくて、ミケにも七原さんにも報酬は渡すから。もちろん、ミュリックたちにもね」


「私は金など必要ないぞ」


 エルメアが言った。


「私もニーアも人の町や村には行けないからな」

「いや、キルハ城の近くにも村ができるみたいなんだ。その村には君たちも入れるようにするから」

「そんなことができるのか?」

「一応、僕が領主だからね」


 彼方は白い歯を見せて笑う。


「ニーアもお買い物できる?」


 ニーアが瞳を輝かせて、彼方に質問した。


「うん。服もお菓子も自分の好きな物が買えるよ」

「それなら、ニーア、お仕事頑張ってお金もらう」


 ニーアは真剣な眼差しで背中の白い翼を動かした。


「じゃあ、私は寝てるから、みんな頑張ってね」


 ミュリックが両手を上げて、大きくあくびをした。


「夜になったら起こして。彼方の相手をしないといけないから」


「何言ってんの?」


 レーネが呆れた顔でミュリックを見る。


「あなたも働きなさいよ。七人しかいないんだから」

「サキュバスは夜型なの。昼間は調子が出ないのよ。それにあなたたちじゃ、ベッドの上で彼方を満足させられないでしょ。経験もなさそうだし」

「は…………はぁっ?」


 レーネの顔が真っ赤になる。


「ミュリックは寝てていいよ。夜に働いてもらうから」


 彼方が言った。


「あっ、やっと、その気になってくれたのね」


 ミュリックは彼方の腕を取り、ふくよかな胸を押しつける。


「若い男なんだから、当たり前よね。で、どんなプレイが好みなの?」

「偵察かな」

「うんうん。偵察って気持ちいいよね…………って、偵察っ!?」

「そう。リシウス城の偵察を頼むよ」

「また、リシウス城なの?」


 ミュリックはがっくりと肩を落とす。


「サダル国の動きは知っておきたいからね。君は人間に化けることができるし」

「…………しょうがないわね。あなたをサダル国の兵士に殺させるわけにはいかないし」


 金の首輪を指で叩いて、ミュリックはため息をつく。


「あなたは強くて魅力的な主ではあるけど、淡泊で欲がないのが欠点ね。あなたが本気を出せばジウス大陸を支配できるのに」

「男爵になって領地ももらえたんだから、それで十分だよ」


 彼方は補修中のキルハ城を見上げる。


 ――みんなで住める場所が手に入ったのはいいけど、城は大きすぎだな。それに村ができるのなら、やることも増えそうだ。


 ――七原さんの寿命を戻すための薬の情報も集めないといけないし、忙しくなるな。


 その時、門の外から爆発音が聞こえてきた。


「みんなは城の中に入ってて! 僕が行くっ!」


 すぐに彼方は反応して走り出した。


 門の外に出ると、百数十メートル先の斜面で二十代の男と女が十数匹のゴブリンと戦っているのが見えた。

 男はロングソード、女は杖を持っていて、冒険者風の服を着ている。


 ――ゴブリンが十二匹か。武器は短剣で毒つきではなさそうだ。この程度なら…………。


 彼方の周囲に三百枚のカードが浮かび上がった。


◇◇◇

【召喚カード:お手軽武闘家 チュリン】

【レア度:★(1) 属性:地 攻撃力:1700 防御力:500 体力:600 魔力:0 能力:ネオ玉鋼で作られたかぎ爪を両手に装備している。召喚時間:5分。再使用時間:3日】

【フレーバーテキスト:5分あれば大抵のことはできるから。戦闘も恋愛もね】

◇◇◇


 十五歳前後の少女――チュリンが現れた。チュリンは鮮やかなチャイナ服を着ていて、両手に鈍く輝くかぎ爪を装備している。つやのある長い髪は茶色で瞳は赤かった。


「チュリン! ゴブリンを倒して!」

「任務把握っ! 私にまかせといて!」


 チュリンは一気に斜面を駆け下り、ゴブリンに攻撃を仕掛けた。

 両手に装備したかぎ爪で痩せたゴブリンの首を斬り、側にいたゴブリンの腹を蹴り上げた。


「ギュアアアッ!」


 蹴られたゴブリンは鳴き声をあげて、斜面を転がり落ちる。

 チュリンは体を半回転させて、別のゴブリンの胸元を斬り裂く。

 残ったゴブリンたちは腰を低くして後ずさりする。


 彼方が男の冒険者の隣で短剣を構えると、ゴブリンの表情から敵意が消えた。


「ギュ…………ギュギュ」


 ゴブリンたちは彼方に背を向けて逃げ出した。


「おっと、逃がさないから」


 チュリンがゴブリンを追って走り出す。


 ――残りのゴブリンは七匹か。それならチュリンだけで問題なさそうだな。


 彼方は視線を男に向ける。


「大丈夫ですか?」

「あ…………ああ。助かったぜ」


 男は額の汗を拭いながら、深く息を吐き出した。


「森であいつらの群れに襲われてな。ヤバいところだった」


「ありがとう」


 女が彼方に近づき、頭を下げる。


「あなたのおかげで…………あれ? あなた…………もしかして、氷室男爵?」

「ええ。そうですけど」

「…………ウソ。こんなところでヨム国の英雄に会えるなんて」


 女は大きく開いた口を左手で押さえた。


「マジかよ…………」


 男は大きく目を開いて、彼方を凝視する。


「えーと…………あなたたちは?」

「あっ! すまねぇ。俺はニック。こいつはミランダ。二人ともDランクの冒険者さ」


 そう言って、ニックはベルトに挟み込んでいる緑色のプレートを指さした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る