第286話 知られた真実(6巻部分開始)
その日、ヨム国の王都ヴェストリアで二つの布告があった。
一つはウロナ村を攻めていたサダル国の軍隊を降伏させたこと。もう一つは魔神ザルドゥが異界人の氷室彼方によって倒されたことだった。
どちらも吉報であり、ヨム国の国民たちは驚き、大いに喜んだ。
「ほんとによかったよ。ウロナ村が占領されたら、ガリアの森はサダル国のものになっちまっただろうしね」
「ガリアの森は資源の宝庫だからな。そこをサダル国に奪われたら、ヨム国は滅んでいたかもしれん」
「ああ。守ってくれた騎士と兵士たちに感謝しないとな」
「これで、当分、戦争は落ち着くだろう。魔神ザルドゥも倒されたしな」
「ねぇ、異界人がザルドゥを倒したって本当なの?」
宿屋の女が首をかしげた。
「前にそんな話が流れてきたけどさ。それってガリアの森がヨム国のものだって宣言するためのウソだったんじゃないの?」
「それが本当だったのさ」
ひげを生やした男が口を開く。
「真実の水晶の儀式で、異界人が本当のことを言ってると証明されたらしい」
「たしかに真実の水晶の儀式で、ウソはつけないよね」
「だから、本物の英雄なんだよ。氷室彼方は」
「氷室彼方様ね。名前覚えておかなくっちゃ」
宿屋の女は真剣な表情で何度も彼方の名を口にした。
◇
王都の西通りにある冒険者ギルドの扉を開けると、五十人前後の冒険者たちが集まっていた。
ロングソードを腰に提げた剣士、杖を持った魔道師、エルフの弓使いに獣人のシーフ。
全員が緊張した様子で唇を真っ直ぐに結んでいる。
彼方の隣にいた獣人ハーフのミケが「ふっふっふっ」と笑った。
「ついに昇級試験の日がやってきたのにゃ。今日のミケは本気にゃ」
「うん。今度は昇級できるといいね」
彼方はミケの頭部に生えている猫の耳を撫でる。
――ミケは避けるのが上手いし、冒険者としての知識もそれなりにある。上手くいけばEランクになれるかもしれないな。
――せっかくだし、僕もEランクになっておくか。もう、依頼を受ける必要はないけど、Fランクは逆に目立つし。
数分後、西地区の冒険者ギルド代表のタカクラが姿を見せた。タカクラは初老の男で、黒いスーツを着ていた。
「時間になりましたので、昇級試験を始めさせていただきます」
タカクラの言葉に冒険者たちの表情が引き締まる。
「Bランクの方はいらっしゃいますか?」
誰も手を上げる者はいない。
「では、Cランクは?」
八人の冒険者が手を上げた。
「Cランクの担当はAランクの魔道師セラさんです。Dランクは同じくAランクのクオールさんにやってもらいます。Eランクの担当はBランクのクロード様です。そして、FランクはBランクのトワレさん…………んっ?」
タカクラの視線が彼方と合った。
「あなたは…………」
タカクラは冒険者たちの間をすり抜けて、彼方の前に立った。
「どうして、あなたがここに?」
「あ、どうも。タカクラさん」
彼方はタカクラに頭を下げた。
「ミケが昇級試験を受けるんで、ついでに僕も受けておこうと思って」
「…………Eランクの試験をですか?」
「はい。Eランクなら、受かる自信があります」
「…………そうでしょうね」
タカクラは眉間にしわを刻んで、首を左右に振った。
「彼方様。あなたは試験を受ける必要はありません。別室にご案内しますので」
「あ…………」
近くにいた冒険者の少年が彼方を指さした。
「こいつ…………氷室彼方だっ!」
その言葉に全員の視線が彼方に向いた。
「おいっ、マジでこいつが氷室彼方なのか?」
「ああ。前にウロナ村で戦ってるところを見たことがあるんだ」
「氷室彼方って、魔神ザルドゥを倒した異界人か?」
「そうさ。魔神もナグチ将軍も彼方さんが倒したんだ」
「こいつが…………」
見開かれた多くの目に彼方の姿が映る。
――やっぱり、目立つのは苦手だな。というか、今までで一番目立ってるかもしれない。
彼方は頬をぴくぴくと動かして、ぎこちない笑顔を作った。
◇
彼方は二階にある部屋に通された。
革製のソファーに腰を下ろすと、正面に座ったタカクラが口を開いた。
「彼方様、まずはお詫びをさせていただきます」
「お詫び?」
「はい。あなたをFランクにしたのは我々の間違いでした。大変失礼なことをしました」
タカクラはイスから立ち上がって、深く頭を下げた。
「いっ、いえ。僕をFランクにしたのは当たり前のことですから」
彼方はぱたぱたと両手を左右に動かす。
「僕はこの世界に来たばかりで何も知らなかったし、魔力もゼロだったから」
「それでも、せめてEランクにするべきでした。こうやって、あなたと話せば、強さの片鱗が見えますので」
タカクラは白く輝くプレートをテーブルの上に置いた。
「これが彼方様の新しいプレートです」
「えっ? 白ってことは…………」
「はい。彼方様はSランクに昇級です」
「Fランクから一気にSランクになれるんですか?」
「いいえ。今回は特例です。彼方様は魔神ザルドゥを倒した英雄ですから、Sランクになるのは当然でしょう」
「…………そうですか」
彼方は白いプレートを手に取る。
――たしか、Sランクはヨム国に八人だったな。僕が九人目になるのか。
「どうしました?」
タカクラが彼方の顔を覗き込む。
「あまり、嬉しそうじゃありませんね」
「…………いえ。Sランクになったら目立つだろうなって思って」
「目立つ…………ですか?」
「はい。目立つのが苦手なんです。視線が気になるし、平穏に生きるのが目標だから」
彼方は首を右に傾けて頭をかく。
「だけど、もう難しそうですね。昇級試験を受けにきていた冒険者の皆さんも僕の名前を知ってたみたいだし」
「…………Sランクになろうがなるまいが、あなたの名前はヨム国中に知れ渡ってますよ。
既に多くの吟遊詩人があなたを称えた歌を酒場や広場で歌ってますから」
「僕の歌…………ですか?」
「ええ。あなたの名前を知らない者など、ヨム国内では赤子ぐらいでしょう」
タカクラはため息をついて、首を左右に振る。
「あなたが平穏に生きるのは、もう無理ですから、その目標は諦めたほうがいいかと」
「そう…………ですよね。は…………ははっ」
乾いた笑い声が彼方の口から漏れた。
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