第285話 四天王(5巻部分終了)

 ガリアの森の西に大きな湖があった。その中央には小さな島があり、半壊した石造りの神殿が建っていた。屋根の部分はなく、石柱には緑のつるが巻きついている。


 巨大な月に照らされた祭壇の前に黒いドレス姿の少女が現れた。年は十三歳ぐらいで、紫色の髪をツインテールにしている。瞳は髪の色と同じ紫色、口元には小さなほくろがある。


 少女――デスアリスは結んでいた唇を開いた。


「いつまで隠れてるの?」


「…………あれ? 気づいてたんだ?」


 中性的な声が響き、十代前半の少年が石柱の陰から姿を見せた。

 少年の肌は白く、髪は銀色。白い上着とズボンには金の刺繍がしてある。


 少年――ゲルガは金色の目を細くして、デスアリスに歩み寄る。


「今度は見つからないと思ったのになぁ。上手く気配を消せたと思ったのに」

「かくれんぼはいいから、呼び出した理由を教えて」


 デスアリスは冷たい声を出した。


「せっかちだなぁ。久しぶりにあったんだから、お茶でも飲みながら、近況報告でもしようよ」

「あなたと馴れ合うつもりはないから」

「悲しいなぁ。ネフュータスも死んじゃって、元四天王も結束を高めるべきだと思ってるのに」

「で、呼び出した理由は?」

「…………はぁ、わかったよ。氷室彼方の仲間に有翼人がいることを伝えておこうと思ってね」

「有翼人?」


 デスアリスの眉が僅かに動く。


「そう。君を裏切ったダークエルフも氷室彼方のところにいるよ」

「…………何が目的で、その情報を私に伝えたの?」

「ただの親切だよ。有翼人の額にあるパルム石を欲しがってたみたいだからさ」


 ゲルガは手のひらを上に向けて、肩をすくめた。


「たしか、パルム石って、生物創造の儀式に必要なんだよね。他にも、いろいろとレアな素材を集めてるみたいだし、ネフュータスのキメラ以上の化け物を創るつもりなのかな?」

「…………あなたに話す必要はないから」


 デスアリスは紫色の瞳でゲルガを見つめる。


「あなたの考えはわかってる。私に氷室彼方を殺させたいんでしょ?」

「その通りだよ」


 ゲルガはパチパチと両手を叩いた。


「ガラドスは氷室彼方と当分再戦する気はなさそうだし。何より、君のほうが確実に彼を殺せると思ってさ。兵の数も一番多いし」

「…………」


 数秒間、デスアリスは沈黙した。


「…………いいわ。氷室彼方は私が殺す。その代わり、マゾン島の先遣隊はあなたが対処して」

「えーっ? そっちのほうが危険じゃないか? 魔神ゼルズの軍隊に僕だけで立ち向かえってこと?」

「あなたにも四万以上の部下がいるでしょ。それに先遣隊の中にゼルズはいないだろうし」

「…………わかったよ。先遣隊は僕がなんとかする」


 ゲルガはため息をついて、銀色の髪をかき上げる。


「それにしても、魔神ゼルズまでジウス大陸を狙ってくるなんてね。これで、わからなくなってきたな」

「何がわからないの?」

「ジウス大陸の支配者が誰になるかだよ。僕たちか、それとも魔神ゼルズか。ふっ、ふふっ」

「楽しそうね」


 デスアリスは呆れた顔でゲルガを見る。


「ゼルズはザルドゥ様に匹敵…………いや、それを越えた存在かもしれない。そんな魔神と戦うのが楽しいの?」


「まあね」とゲルガは答える。


「自分より強いかもしれない相手と戦うのはぞくぞくするからね」

「それなら、氷室彼方とも戦えばいいのに」

「君が倒されたら、そうするよ」


 ゲルガは舌を出して笑った。


「まあ、その可能性は低そうだね。氷室彼方は常識を越えた存在だけど、ネーデ時代から生きてる生物に勝てるとは思えないよ。君が油断しなければね」

「わかってる。相手はザルドゥ様を殺し、ネフュータスを殺した人間だもの。油断なんてするわけない」

「それなら、君が負けることはないね。配下にも強い上位モンスターが揃っているし」

「ええ。氷室彼方は私と戦うことさえできないでしょうね」


 デスアリスは口角を吊り上げた。


「今は氷室彼方の情報も集まってる。召喚できるモンスターの種類に高位呪文。具現化したマジックアイテムに白兵戦の腕前。持ってる秘薬の量はわからないけど、戦い方から多くはないはずよ」

「そこまでわかってるのなら、僕から助言することはなさそうだ」


 ゲルガは目を細くして笑う。


「じゃあ、話も終わったことだし、お茶でもどうかな? すぐに部下に用意させるけど」

「あなたとじゃれ合うつもりはないわ」

「えーっ? 僕はゼルズの先遣隊と戦うんだよ? 死んじゃって、二度と君に会うことができないかもしれないのに」

「面白い冗談ね。あなたが死ぬわけないでしょ」


 デスアリスはゲルガに背を向けて歩き出した。


「ゼルズの先遣隊を全滅させたら、また、連絡して」


 そう言うと同時にデスアリスの姿が消えた。


「あらら? もう少し話したかったのになぁ」


 頭をかきながら、ゲルガはため息をつく。


「まあ、いいか。さっさと先遣隊を全滅させて、デスアリスと氷室彼方の戦いを見物させてもらおうかな。そっちのほうが面白そうだし」


 ゲルガの瞳が夜行性の獣のように妖しく輝いた。

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