第284話 真実
「そんなバカな…………」
エルフィス王子は呆然とした顔で水晶玉を凝視する。
他の者も同じ反応だった。
ゼノス王、ギルマール大臣、ゴード宰相。
リューク団長、ウル団長、ガーグ団長…………多くの貴族に兵士たち。
全員が白く輝いている水晶玉を、まばたきすることなく見つめている。
「あ…………ああ…………」
ギルマール大臣の顔から大量の汗が噴き出した。
「こっ、これは間違いだ。水晶…………水晶玉が壊れてるのだ」
「いいえ。そんなことはありません」
水晶を持った巫女が強張った顔で答えた。
「真実の水晶に異常はありません。ですから、氷室男爵はウソをついていないことに」
「では、本当にこいつがザルドゥを殺したと?」
「そう…………なります」
「あ…………ごはっ…………」
ギルマール大臣はノドを押さえて、両膝を床につけた。その顔は蒼白になり、全身が小刻みに震えている。
過呼吸を起こしているようだ。
――こうなるだろうな。
彼方は心の中でため息をつく。
――政治的な理由で僕がザルドゥを倒したと情報が流れてた。でも、誰も本当だと思ってなかったってところか。
ふと、視線をずらすと、リセラ王女と目が合った。
リセラ王女は、にこにこと笑いながら彼方に手を振った。
――リセラ王女は信じてくれてたみたいだな。
数十秒後、ゼノス王が開いていた口を動かした。
「ひ、氷室男爵。お前の疑いは全て晴れた。ザルドゥを倒した褒美も用意しよう」
「それは、もういただいています」
彼方は片膝をついて、頭を下げた。
「ザルドゥを倒したことで、爵位と領地もいただきましたから」
「そっ、そうであったな。はっ、ははっ」
ゼノス王はぎこちない顔で笑った。
◇
その日の夜、王都の西地区にある『裏路地の三角亭』で、香鈴、ミケ、レーネと話をしていた。
「…………というわけで、後五日ぐらいは王都から出られないみたいだ」
「そうなるでしょうね」
レーネがテーブルの上に置かれた紫イチゴに手を伸ばす。
「あなたはヨム国の英雄になったんだから」
「うむにゃ」
彼方の隣に座っていたミケがうなずく。
「彼方男爵は英雄になって、一角マグロの胡椒焼きが毎日食べられる立場になったのにゃ。ご機嫌うるわしいのにゃ」
「だから、ご機嫌うるわしいの使い方が間違ってるって」
彼方は、ぽんとミケの耳を叩く。
「とりあえず、ミュリックたちに伝えておいてくれるかな。ゴーレム村の近くにいるはずだから」
「了解。私が伝えてくるよ」
レーネが軽く右手を上げる。
「遠話の呪文が使えれば楽なんだけどね。あれはあれで習得が難しいし」
「よろしく頼むよ。七原さんとミケは、いつでもキルハ城に戻れるように準備をしておいて」
「うん」と香鈴がうなずいた。
「彼方くんがお金をいっぱいくれたから、いい物が買えるよ」
「お金には余裕があるからね。また、恩賞ももらえるみたいだし」
彼方はテーブルに並んでいる料理を見つめる。
黒毛牛のステーキにポク芋のバター焼き、フルーツサラダにチャモ鳥のシチュー。
――この店で初めて食事をした時は、ミケと二人で銀貨一枚の料理だったな。お金を気にせずに、お腹いっぱい食べられるようになったのは幸せなことだ。
――ただ、この世界で目立たずに生きていくのは難しくなった。二百人以上の貴族たちに顔を覚えられちゃったし。
――まあ、自分が目立つ行動を取ったんだから、仕方ないか。
ふっと彼方がため息をつくと、レーネが首をかしげた。
「どうかしたの?」
「いや、今回は予想以上に目立ちすぎたなって」
「当たり前でしょ。ザルドゥを倒したことが真実の水晶の儀式で証明されちゃったんだから」
レーネは呆れた顔で彼方を見る。
「今ごろ王族だけじゃなくて、他の貴族たちも大騒ぎよ。あなたに取り入ろうって貴族も出てくるでしょうね」
「僕に取り入る…………か」
「ええ。あなたと血縁関係になれば魔神を倒した英雄の家系になれるし」
「血縁関係?」
「娘をあなたの嫁にするってこと」
レーネは両手を腰に当てて、頬を膨らませる。
「よかったわね。貴族のご令嬢をお嫁さんにできて」
「いや、そんな気はないよ」
彼方はぶんぶんと首を左右に振った。
「僕はまだ十七歳だし、結婚なんて考えたこともないよ。相手も僕なんかじゃ、イヤだろうし」
「イヤなわけ、ないでしょ!」
レーネは両方の眉を吊り上げる。
「英雄の妻になれるのよ。歴史に名を残せるかもしれないし、トップクラスの冒険者として、若返りの秘薬や美しくなれる果実を手に入れてくれるかもしれない。それに」
「それに、何?」
「打算だけじゃなくて、あなたは…………み、魅力的な人物だし」
「そうかなぁ?」
「何で、そんなに自己評価が低いのよ!」
レーネは手のひらで木製のテーブルを叩く。
「いや、前の世界でも女の子にモテたことなかったから」
「前の世界でも? 『も』?」
「うん。僕は女の子の気持ちが、よくわからないみたいだから」
彼方は頬をぴくぴくと動かした。
「悪意ある相手の心なら、読みやすいんだけど」
「…………はぁ。ほんと、あなたって」
レーネはイスから立ち上がって、出口に向かう。
「香鈴、ミケっ! ちゃんと彼方に説明しておいてね」
そう言って、レーネは店から出ていった。
「あれ? 何で怒ってたんだろう?」
「それはにゃ」
ミケが口を開いた。
「彼方が紫イチゴを食べ過ぎたからにゃ。ミケはちゃんと数えてたのにゃ。彼方は三個食べてたのにゃ」
「いや、それは違うと思う。というか、そんなことでレーネは怒らないと思うし」
「なら、一角マグロの胡椒焼きを注文しなかったのがいけなかったのかもしれないにゃ」
「この店に一角マグロのメニューはないだろ」
彼方はミケに突っ込みを入れて、視線を香鈴に向ける。
「七原さんはレーネが怒ってた理由がわかるの?」
「あ…………それは…………」
香鈴は小さな唇をぱくぱくと動かす。
「レーネも彼方くんのこと…………ううん。私もわからないかな」
「…………そっか」
人差し指で頬をかきながら、彼方はため息をつく。
「ほんと、女の子の心を読むのは難しいよ」
ぼやいている彼方を見て、香鈴は幸せそうに頬を緩めた。
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