第283話 ギルマール大臣

「ゼノス王! 騙されてはいけません!」


 ギルマール大臣は彼方を睨み付ける。


「たしかにこの男は異界の魔法が使えるようです。白兵戦の実力もほどほどにはあるのでしょう。しかし、あのナグチ将軍を倒せるようなレベルではありません!」

「何が言いたい?」


 ゼノス王は首をかしげた。


「この男はナグチ将軍を倒していない可能性があるのです」

「倒してないだと?」

「はい。私はガーグ団長の報告書を読みました。この男は峡谷の手前の草原でナグチ将軍を殺したと話したそうです。しかし、そんなことが本当にありえるのでしょうか? しかも、他にも百人単位の部隊をいくつも全滅させたなど、Sランクの冒険者でも不可能なことです」


「お待ちください」


 無言だったガーグ団長が口を開いた。


「私は氷室男爵がウソをついているとは思えません。それにナグチ将軍が彼に殺されたと捕虜にしたサダル国の兵士たちも話しています」

「私もそれは聞いております。ですが、その光景を見た兵士はいないようですぞ」

「では、誰がナグチ将軍を殺したと?」

「ガリアの森の中には危険なモンスターも多く潜んでいます。ナグチ将軍はモンスターに襲われたのではないでしょうか。そして、その光景を氷室男爵は見ていて、利用しようと考えたわけです」


 ギルマール大臣は両手を左右に広げて、貴族たちを見回す。


「よく考えてください。ナグチ将軍が単独行動を取っていて、氷室男爵と一対一で戦った? 敵国の将軍が指揮する部隊を離れて? ありえぬことです」


「ありえるかもしれません」


 白龍騎士団のリューク団長が言った。


「彼方…………氷室男爵の実力はSランクレベルですから」

「ほぅ? Sランクレベルですか?」

「ええ。それに氷室男爵はウソをつくような男ではありません」

「ならば、それを証明してもらいましょう」


 ギルマール大臣は右手を上げた。


 貴族たちをかき分けて、白い法衣を着た三人の巫女たちが彼方に歩み寄る。真ん中にいた巫女は大きな水晶玉を両手で持っていた。


「さて、氷室男爵」


 ギルマール大臣は樽のような体を動かして、彼方の前に立った。


「お前に真実の水晶の儀式を受ける勇気はあるか?」

「真実の水晶?」


 彼方は直径三十センチ近い水晶玉を見つめる。


 ――真実の水晶ってことは、ウソを見抜くマジックアイテムってところか。


「ふふっ、真実の水晶の前では誰もウソをつくことはできぬ。さあ、どうする?」


 ギルマール大臣は勝ち誇ったように胸を張った。


 ――愚かな人だな。こんなことを言って、ナグチ将軍を倒したのが僕だと証明されたら、どうする気なんだろう?


 彼方は瞳を左右に動かす。


 ――ゼノス王は無言か。僕の反応を見たい感じだな。エルフィス王子は…………。


 彼方はゼノス王の横に立っているエルフィス王子に視線を向ける。


 エルフィス王子は笑みを浮かべて、彼方を見つめていた。


 ――二人はギルマール大臣より、まともか。結果次第で行動を決めようってところだろうな。


「おやおや、無言になりましたな」


 ギルマール大臣が彼方に顔を寄せた。


「ウソがバレたくないので、真実の水晶の儀式は受けたくないのかな?」

「…………わかりました」


 彼方は抑揚のない声を出した。


「その儀式、受けます」

「ほーっ、それは素晴らしい」


 ギルマール大臣は、わざとらしく両手を叩いた。


「では、気が変わらないうちに儀式を始めるとしましょう」


 巫女の一人が銀の針を持って、彼方に歩み寄る。


「失礼します」


 巫女は彼方の手を取り、指先に銀の針を刺す。彼方の指先から落ちた血を銀の小皿で受け止め、その血を水晶玉の上部にあるくぼみに落とした。


 水晶玉が一瞬黒く輝く。

 水晶玉を持った背の高い巫女が呪文を唱えると、彼方の体が熱くなった。


「さて、氷室男爵」


 ギルマール大臣が水晶玉に触れた。


「真実の水晶は血の持ち主の言葉に反応する。その言葉が真実なら白く、偽りなら赤く水晶が染まる。つまり、ウソをついてもすぐにバレるということだ。ふふふっ」

「そうですか」

「ふん。では、質問するぞ。氷室男爵、お前はナグチ将軍を殺したのか?」

「…………」

「黙ってないで答えてもらおうか!」


「…………はい。僕がナグチ将軍を殺しました」


 彼方は低い声で言った。


「はっ、ははっ! 言ったな。これで真実がわかるぞ!」


 巫女が持つ水晶玉が白く輝いた。


「ああっ? し、白っ?」


 ギルマール大臣の口が大きく開いたまま、動きを止めた。

 水晶玉の色は十数秒で透明に戻った。


「白だ…………白だったぞ」


 年老いた貴族が掠れた声を出す。


「ならば、氷室男爵はウソをついていなかったことに…………」

「そう…………なりますな」

「え、ええ。喜ばしいこと…………ですな」


「どうやら、結果が出たようだ」


 無言だったゼノス王が口を開いた。


「これで氷室男爵を疑う者はいなくなったな」


「いいえ! まだです!」


 ギルマール大臣は声を張り上げた。


「氷室男爵っ! お前がナグチ将軍を殺したことを認めよう。その上でさらに質問する。お前は魔神ザルドゥを殺したのか?」

「魔神ザルドゥを?」

「そうだ。前にお前はここで言ったはずだ。魔神ザルドゥを倒したとな」


 ギルマール大臣の口が裂けるように広がった。


「お前が平然とウソをつくことを、ここで証明してやろう」


「まっ、待てっ!」


 ゼノス王が慌てた声を出した。


「氷室男爵がザルドゥを倒したことはわかっている。真実の水晶を使う必要はない!」


「その通りです」


 エルフィス王子がゼノス王に同意する。


「ギルマール大臣、よく考えてください。ここには二百人以上の貴族がいるんですよ」


 その時――。


「殺しました」


 彼方の声が全員の耳に届いた。


「僕が魔神ザルドゥを殺しました」


 一瞬、玉座の間が静まり返った。


「ばっ、バカっ! お前は状況がわかってないのか!」


 思わず、エルフィス王子は声を荒げた。


「何故、答えたっ! 黙ってれば…………」


 エルフィス王子の声が途切れた。左右の色が違う瞳に、白く輝く水晶玉が映っていた。

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