第273話 恐るべき敵
白い霧が立ち込める森の中をサダル国の兵士たちが進んでいた。気温は低く、頭上に広がった枝葉が東の空に浮かぶ太陽の光をさえぎっている。
列の中央にいたナグチ将軍に伝令兵が駆け寄った。
伝令兵は彼方に襲われた砦の状況を伝える。
「氷室彼方が…………」
「はっ、はい」
伝令兵は額に浮かんだ汗を拭った。
「氷室彼方は巨大な蟲を召喚し、我らの注意を引いた後、もう一人の仲間と砦に潜入したのです」
「何をやってるっ!」
隣にいた第七師団のカルミーラ師団長が叫んだ。
「門が開いているのに、警戒もしなかったのか?」
「周囲にヨム国の部隊の姿は見えず、モンスター単体での襲撃と誤解したらしく…………」
「氷室彼方が召喚呪文を使えることはわかってたはずだ! 無能どもがっ!」
カルミーラ師団長の怒声に伝令兵の顔が青ざめる。
「仕方ありません」
ナグチ将軍が冷静な声で言った。
「氷室彼方がひとりで攻めてきたので、周囲に配置した斥候や部隊も気づかなかったのでしょう。彼は潜伏系の呪文も使えるようですし。で、そのまま、砦を落とされたなんてことはありませんよね?」
「はっ、はい」
伝令兵が背筋を真っ直ぐに伸ばす。
「氷室彼方は高位の呪文らしきもので砦の一部を破壊し、逃げ去っていきました」
「逃げ去った?」
ナグチ将軍の眉がぴくりと反応する。
「…………もしかして、破壊したのは補給庫ですか?」
「そうです。その攻撃でテレサ千人長が大ケガを…………」
「補給庫だと!」
カルミーラ師団長が伝令兵の両肩を掴んだ。
「食糧は? 食糧はどうなった?」
「しょ、食糧は、ほとんど吹き飛ばされて…………」
「バカがっ!」
カルミーラ師団長は両手の爪を伝令兵に食い込ませる。
「食糧のない軍隊が、どれだけ悲惨な目に遭うか知らないのか」
「伝令兵を責めても意味がありません」
ナグチ将軍がカルミーラ師団長の手に触れる。
「ですが、あの食糧がなければ…………」
「第十三師団と合流すれば、六日は持つでしょう。多少は森で調達もできるでしょうし」
「ならば、その前にウロナ村を落としますか?」
「…………いえ。止めておきましょう」
ナグチ将軍は首を左右に振る。
「砦の食糧がなくなった情報はウロナ村にも届いているでしょう。当然、ガーグ団長は、食糧断ちを狙ってきます」
「では、リシウス城から、すぐに食糧を送らせましょう」
「ええ。それにしても氷室彼方が攻めてくるのは予想外でした。しかもひとりで」
ナグチ将軍はメガネの奥の目を細くする。
――氷室彼方の仲間を捕らえられなかったのは痛いな。一人でも人質にできれば、奴を殺すのは容易だったのに。
――まあいい。氷室彼方が攻めてくるのなら、直接本人を殺せばいいだけだ。
「カルミーラ師団長、パルビス百人長の部隊を呼んでください」
「パルビス百人長を?」
カルミーラ師団長はまぶたを何度も動かす。
「あの部隊はガーグ団長が戦場に出るまで温存する予定では?」
「一万の騎士を動かすガーグ団長より、氷室彼方のほうが十倍以上危険ですからね」
「十倍ですか?」
「ええ。彼は魔神ザルドゥを倒した男ですから」
「えっ? それはヨム国の主張では?」
「事実ですよ」
ナグチ将軍は四天王のゲルガが喋ったことを思い出す。
「氷室彼方は高位の呪文で魔神ザルドゥを倒したようです。ザルドゥは油断してたようですが」
「まさか…………」
カルミーラ師団長の顔がぴくぴくと痙攣する。
「あっ、ありえません。もし、そんな力があるのなら、我らとの戦いで使ってるはずです!」
「制限があるんでしょう。希少な秘薬が必要で、その量が少ないとか」
「異界の秘薬か…………」
「その可能性が高いですね」
ナグチ将軍は青い髪を右手でかきあげる。
「氷室彼方は複数の能力を持っていて、それを秘薬で強化している。問題は底が見えないことです」
「底…………ですか?」
「はい。氷室彼方は余力を残して戦ってます。二体同時召喚ができるのに、一体しか召喚せずに戦っていましたし」
「そんなことをする意味があるのでしょうか?」
カルミーラ師団長は首をかしげる。
「現実に私は頭を悩ませてますよ。氷室彼方は何種類のモンスターを召喚できるのか? いくつの高位呪文を使えるのか? そして、それを使うための秘薬がどれだけ残っているか?」
「…………たしかにそう考えれば、予想以上に危険な相手とも言えますが」
「今までの常識が通じない相手ですからね。だからこそ、確実に殺さないといけません!」
きっぱりとナグチ将軍は言った。
「氷室彼方は近くに潜んでいるはずです。周辺をパルビス百人長の部隊に探らせてください」
「わかりました。暗殺に特化したパルビス百人長の部隊なら、必ず氷室彼方を殺すことができるでしょう。吉報をお待ちください」
カルミーラ師団長は口角を吊り上げたまま、丁寧に頭を下げた。
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