第271話 戦いの序曲

 三日後の早朝、苔がびっしりと生えた岩の陰から、彼方はサダル国が占領している砦を見つめていた。


 砦の周囲には数千人以上の兵士がいて、移動の準備をしている。


 ――あまり警戒はしてないな。ヨム国が攻めてくるとは思ってないか。


 ――ただ、砦の入り口と見張り用の塔には魔道師がいるな。


 彼方は口元に手を寄せて、考え込む。


 ――もし、僕を警戒してるのなら、どこからか新たな情報を手に入れたか。


 背後の茂みから音がして、ミュリックが姿を見せた。


「ただいまっと」


 ミュリックはピンク色の髪の毛を整えながら、彼方に歩み寄る。


「あなたの予想通り、ウロナ村の西の湿地帯にサダル国の兵士がいたわ。数は一万前後かな」

「一万か…………」


 彼方は視線を西に動かす。


「予想より多いな。その部隊を使って、一気にウロナ村を攻める作戦か」

「ねぇ、彼方。どうして、別の部隊が隠れてるってわかったの?」

「わかってたわけじゃないよ。ただ、ナグチ将軍が動かせる兵力は、まだありそうだったし、部隊を隠すなら、西側が無難かなって。それに何度もウロナ村の南から攻めてるみたいだし」

「わざと同じ攻め方をしてるってこと?」


 ミュリックの質問に彼方はうなずく。


「赤鷲騎士団のガーグ団長が堅実に守ってるからね。強引に攻めると部隊の損害も大きくなるから、一気に勝負をつける作戦かな」

「ふーん。さすが万の策を考える男ね」


 ミュリックはくびれた腰に両手を当てる。


「でも、その策に気づいたあなたもすごいわ。異界で軍師でもやってたの?」

「ただの学生だよ」


 彼方は苦笑する。


「僕の世界での戦いの歴史は知ってるけど、この世界と違って魔法もなかったからね。あんまり参考にならないよ。軍馬を使った戦いもないみたいだし」

「あなたなら、軍師もやれそうだけど」

「そんな気はないよ。なるべく戦いなんてやりたくないし」

「…………まあ、それがあなたのいいところでもあるか」


 ミュリックはため息をついて、首を左右に動かす。


「で、どうやって攻めるの?」

「状況次第かな。今日も動かないようなら…………」


 その時、砦の門が開き、赤黒い鎧を装備した兵士たちが出てきた。

 兵士たちは砦の壁沿いに歩き、北東の森の中に消えていく。


「第七師団が動いたか」

「ウロナ村を攻めるんでしょうね」

「うん。そろそろ、隠してた部隊を使うのかもしれない」


 彼方は親指の爪を唇に寄せて考え込む。


 ――ここからウロナ村まで四、五時間ってところか。となると、こっちが動くのは二時間後ぐらいでいいか。それなら、遠話の呪文を使われても、戻ってくるのに時間がかかる。


「…………ミュリック。二時間後に砦を攻めるよ」


 そう言って、彼方は唇を真一文字に結んだ。


 ◇


 二時間後、彼方は一枚のカードを選択した。


◇◇◇

【召喚カード:蟲の王ゼルブ】

【レア度:★★★★★★★★★(9) 属性:闇 攻撃力:4800 防御力:2200 体力:2500 魔力:1800 能力:異形の蟲たちを特殊召喚して戦う。召喚時間:2時間。再使用時間:25日】

【フレーバーテキスト:奴らのせいで村の小麦畑と家畜が全滅だ。もう死ぬしかない(農夫ニール)】

◇◇◇


 草原に巨大な蟲が出現した。

 それは全長十五メートルを越えていて、上半身がカマキリ、下半身がクモのような形をしていた。全身は黒光りする甲殻に覆われていて、二本の前脚は鎌のように湾曲している。

 眼は赤く頭部には二本の触角が生えていた。


「ギィイイイイイイッ!」


 それ――ゼルブが甲高い鳴き声をあげた。四本の細長い脚を動かし、砦の周囲にいた兵士たちに攻撃を仕掛けた。口から吐いた白い糸が兵士たちの体にまとわりつき、鋭い前脚は頑丈な鎧を切り裂く。


「なっ、何だ、こいつは?」

「見たことのないモンスターだぞ。マンティスの異形種か」

「くそっ! 足が動かん」

「慌てるなっ! 敵はでかいが一匹だ。全員で殺せ!」


 周囲にいた兵士たちがロングソードを構えて、ゼルブに走り寄る。


 その時、体長三メートル近いミミズのような生物がゼルブの周辺に現れた。それは三十匹以上いて、頭部には白く尖った歯が円形状に生えている。

 蟲たちは細長い体をくねらせて、兵士たちに襲い掛かる。円形状の口が大きく開き、兵士の頭部を噛み千切る。

 兵士たちの悲鳴が草原に響いた。


 ◇


 彼方は頭を低くして、ゆっくりと砦に近づいていた。


 ――ゼルブが上手く注意を引きつけてくれてるな。ガデスと違って召喚時間は短いけど、使い勝手は悪くないクリーチャーだ。


 数十メートル進むと、砦の入り口が見えた。


 ――自分の姿を見えなくする幻影龍の指輪は再使用時間のせいで使えないからな。他の手を使うか。


 その時、砦の門が開き、弓矢を持った兵士たちが出てきた。兵士たちは近くにいた彼方に気づかず、ゼルブに向かって走り出す。


 ――よし! 今がチャンスだ!


 彼方は意識を集中させ、カードを選択する。


◇◇◇

【召喚カード:武神呂布の子孫 呂華】

【レア度:★★★★★★★★★(9) 属性:地 攻撃力:9900 防御力:4800 体力:5200 魔力:0 能力:防御力無効、防具無効の強力な攻撃を対象に与える。召喚時間:3時間。再使用時間:25日】

【フレーバーテキスト:りょ、呂華が出たぞーっ! 逃げろーっ!】

◇◇◇


 中華風の鎧を装備した十八歳ぐらいの少女が召喚された。

 少女は切れ長の目をしていて、長い黒髪を後ろに束ねていた。肌は小麦色で、右手には槍と斧が組み合わさったような武器――げきを持っている。


「呂華っ! 門が閉まる前に砦の中に入って、兵士たちを倒して!」

「任務了解っ!」


 呂華は、にっと白い歯を見せて駆け出した。


 門の前にいた兵士たちが呂華に気づく。


「てっ、敵だ! 敵がいるぞ! 門を閉めろ!」

「遅いよっ!」


 呂華は戟を真横に振った。二人の兵士が十メートル以上飛ばされる。


「我は武神呂布の子孫、呂華なりっ! 命がいらぬ者はかかってきなさい!」


 ぶんぶんと戟を振り回しながら、呂華は兵士たちをなぎ倒していく。


「こいつ、強いぞ」

「テレサ千人長を呼んでこい! 急げっ!」


 兵士たちは突っ込んでいく呂華を追いかける。


 ――さあ、こっちも動くか。


 彼方は兵士がいなくなった門から砦に潜入した。


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