第270話 飛行船にて

 彼方、ミケ、レーネは廃坑を出て、飛行船の中で香鈴、ミュリック、エルメア、ニーアと合流した。


 彼方は操舵輪を動かして、方向を南に向ける。


「で、どこに行くの?」


 レーネが彼方に質問した。


「ウロナ村の南西にある砦だよ」

「んっ? そこって…………」

「うん。ナグチ将軍がいる砦だね」


 彼方は正面にあるパネルを見ながら、言葉を続ける。


「どうやら、ナグチ将軍は、何が何でも僕を殺したいみたいだ。なら、こっちから攻めようと思って」

「攻めるって、殺すってこと?」

「…………そうなるね」


 小さな針で刺されたかのように、彼方の表情が一瞬歪んだ。


「人もモンスターも殺したいとは思わない。だけど、僕の仲間を傷つける相手なら、容赦しない」

「でも、あの砦には、最低でも三万以上の兵士がいるはずよ」

「もちろん、真っ正面から戦うつもりはないよ。カードの力を使うから」

「それなら、いけるんじゃない」


 ミュリックがぷっくりとした唇を開く。


「あの邪神なら、一気に部隊を全滅させられるし」

「いや、邪神ヴァルネーデは使わないよ」


 彼方は即答した。


「アレは切り札の一つだから、あんまり目立つ場所では使いたくないんだ。制限もあるしね」

「じゃあ、手で持てる大砲みたいな武器を使うの?」

「いや、魔銃童子切も使わない」

「なら、どうすんのよ?」


 ミュリックがピンク色の眉を吊り上げる。


「ネフュータスを殺した時のやり方でいいじゃん。霧の結界張ってさ」

「たしかにあのコンボ…………組み合わせは強力だけど、今回は他の手でいく」

「他にも三万の軍隊と戦える手があるってこと?」


「まあね」と彼方は答える。


「こっちから攻める手なら、いくらでもあるよ」

「いくらでもって…………」


 ミュリックのノドが大きく動いた。


「彼方」


 エルメアが結んでいた唇を開く。


「さっき、制限があると言ったが、秘薬ではないな?」

「うん。僕の能力に秘薬は必要ないよ。ただ、そう思わせたいところはあるかな」

「ニセの情報で混乱させるってことか」

「他にも理由はあるよ。いつも、最善の選択をしてると、それが僕の限界だとわかる。そうなったら、対策を立てられて殺される可能性が高くなるからね」


 彼方は淡々とした口調で言った。


「僕は死にたくないし、君たちにも死んでもらいたくない。だから、自分の能力の限界がわからないようにしておきたいんだ」

「能力の限界か…………」

「そう。僕が何体のクリーチャーを召喚できるのか。いくつの呪文を使えるのか。どれだけのアイテムを持っているのか。それにはどんな制限があるのか。それが知られないことで、僕は有利に戦えるからね」

「…………なるほど。やはり、お前は恐ろしい男だな」


 エルメアが操舵輪を操作する彼方の背中を見つめる。


「魔神ザルドゥを倒せる力があるのに、そこまで考えて行動してるとは」


「恐れ入るのにゃ」


 ミケが彼方の隣で胸を張る。


「彼方は強くてかっこよくて、エッチなのにゃ」

「エッチじゃないから」


 彼方が速攻で突っ込みを入れた。


「とにかく、君たちにも手伝ってもらうから」

「にゃっ! ついにミケパンチを使う時がきたかにゃ」

「いや、ミケの仕事は裏方かな。攻撃は僕がやるから」


「まっ、それが無難ね」


 レーネが肩をすくめる。


「敵は軍人だし、数も圧倒的に多い。私たちは彼方が動きやすいようにサポートに徹したほうがいいと思う」

「不本意だが、その通りだな」


 エルメアがうなずく。


「私たちは強力なマジックアイテムを手に入れたが、軍隊と戦えるレベルではない。命を惜しむ気はないが、無駄死は無意味だからな」

「命は大切にして欲しいな」


 彼方は操舵輪を握ったまま、振り返る。


「君たちが死ぬ姿なんて、絶対に見たくないから」


「安心するにゃ」


 ミケがポンと胸を叩いた。


「ミケは三百歳まで生きるつもりだからにゃ」

「エルフじゃあるまいし、獣人ハーフなら、百歳が限界よ」


 レーネがミケに突っ込みを入れた。


「で、彼方。私たちは何をすればいいの?」

「とりあえず…………」


 彼方は作戦を話し始めた。

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