第269話 彼方vsガダエス百人長

 状況を察したレーネがすぐに動いた。

 兵士――ゴデルの腹部をひじで打ち、ダグズの脇腹を蹴る。


 レーネから離れた兵士たちに向かって、彼方はシルフの銃の引き金を引く。

 二発の銃声が響き、弧を描いた銃弾がゴデルとダグズの鎧を貫いた。


「ひ、氷室彼方ああっ!」


 ガダエス百人長が顔を歪めて、左手の指を動かした。

 宙に浮かんでいた数百本の黒い針が先端を彼方に向ける。


「死ねえええっ!」


 黒い針が一斉に動き出した。


 彼方は素早く呪文カードを選択する。


◇◇◇

【呪文カード:オーロラの壁】

【レア度:★★(2) 指定の空間に物理、呪文、特殊攻撃を防御する壁を五秒間作る。再使用時間:2日】

◇◇◇


 彼方の目の前に白、赤、緑に変化する半透明の壁が現れた。その壁が全ての黒い針を受け止める。


 ――残り四…………三…………二…………一…………。


 オーロラの壁が消えると同時に、彼方はシルフの銃の引き金を引く。

 銃弾がガダエス百人長の太股に当たった。


「があああっ…………」


 ガダエス百人長の膝ががくりと折れた。


 彼方は銃を構えたまま、ゆっくりとガダエス百人長に近づく。


「まっ、待てっ!」


 ガダエス百人長は短剣を放り投げた。


「お前たちを助けてやる!」

「助けてやる?」


 彼方は首をかしげた。


「そっ、そうだ。ここで俺を殺しても、まだ、四十人以上の部下が残ってる。しかも、お前がここにいるのなら人質の必要もなくなる。つまり、全員、死ぬことになるんだ」

「だから、あなたを殺すなと?」

「そっ、そうだ」


 ガダエス百人長は頬をぴくぴくと動かして笑った。


「部隊の隊長の俺なら、お前たちの命を救うことができる。悪くない取引だろ?」

「そんな取引をする必要はないですね」


 彼方は淡々とした口調で言った。


「こっちのほうが圧倒的に有利な状況になってるし」

「バカかっ! たしかにお前は強いが四十人の精鋭相手に仲間を守れるのか?」


 ガダエス百人長は声を荒げる。


「こっちには弓の名手もいれば、毒を使うアサシンタイプの兵士もいる。それにお前だって、四十人に奇襲されたら、死ぬのは確定だ」

「いや、あなたの部下は四十人も残ってません。僕が殺した三十六人の数を入れてないでしょ?」

「…………はぁっ?」


 ガダエス百人長は、まぶたをぱちぱちと動かす。


「ばらばらに散らばってたし、奇襲をかけることができたから楽に倒せました」

「そ、そんなことあるはず…………」

「事実ですよ」


 彼方は哀しげな瞳で片膝をついたガダエス百人長を見下ろす。


「残念ですが、あなたを含めて、僕の仲間を狙ってきた敵は全員殺します」

「ぜ、全員殺す?」

「ええ。僕が仲間を大事にしてることはバレてますからね。それなら、新たな情報を追加させようと思って」


 彼方はシルフの銃の銃口をガダエス百人長に向ける。


「僕の仲間を狙った者は容赦なく殺される、って情報が広まれば、少しは躊躇してくれるかもしれないし」

「あ…………」


 ガダエス百人長の顔から血の気が引いた。


「あなたは軍人で部隊のリーダーなら、多くの人を殺してきたんでしょう。当然、自分が死ぬことも覚悟できてますよね?」

「…………いっ、いや。ちょっと待て!」


 ガダエス百人長が両手をあげた。


「じょ、情報を教える。お前にとって有益な情報だ」

「有益な情報?」

「そうだ。ナグチ将軍は特別な呪文を使えるんだ。それは…………」


 ガダエス百人長の左手の指が僅かに動いた。

 彼方の後方に数十本の黒い針が出現する。


 その瞬間、彼方はシルフの銃の引き金を引いた。

 銃声が響き、ガダエス百人長の額に穴が開いた。


「あ…………」


 ガダエス百人長は目と口を開いたまま、仰向けに倒れた。同時に呪文で作られた黒い針も消える。


「表情と左手の動きで、ばればれだよ」


 彼方は、ぼそりとつぶやいた。


「彼方ーっ!」


 ミケが彼方に抱きついた。


「信じてたにゃああ。ミケは彼方が助けにきてくれるって信じてたにゃあ」

「うん。間に合ってよかったよ。レーネは大丈夫?」


「なんとかね」


 レーネが片足を引きずりながら、彼方に歩み寄る。


「これぐらいの傷なら、回復薬でなんとかなりそう」

「…………そっか。よかった」


「よくないよっ!」


 亜利沙が頬を膨らませた。


「リーダーは私の獲物だったのに」


「違うよ。リーダーは僕が倒す予定だったんだ」


 伊緒里が不満げな表情でガダエス百人長の死体を見る。


「後一分で斬れたのになぁ」

「誰が倒しても問題ないんだけど」

「ううーっ! それなら、私に殺らせてよ」


 亜利沙がうなるような声を出した。


「シーフと猫耳を必死に守ったんだから」


「うそにゃ!」


 ミケが亜利沙を睨みつける。


「亜利沙はミケたちが死んでも問題ないって言ってたのにゃ」

「あ…………あれは作戦だから」


 亜利沙の頬がぴくりと動く。


「ああ言っておけば、逆にあなたたちを殺しにくいでしょ。だから、心にもないことを言ったんだよ」


「そんな風には見えなかったけど」


 レーネがぼそりとつぶやく。


「えーっ! ひどいよ、みんなっ。私のことを信用してくれないの?」


 亜利沙の言葉に、彼方、ミケ、レーネ、伊緒里は、同時に首を縦に動かした。


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