第268話 亜里沙vsサダル国の兵士

「そうこなくっちゃ!」


 亜里沙はサバイバルナイフを躊躇なく投げた。兵士のノドにそれが突き刺さる。


「おのれっ! 小娘がっ!」


 別の兵士が亜里沙に突っ込む。

 亜里沙は落ちていたロングソードを拾い上げ、転がりながら、兵士の足を斬る。


「ぐああああああっ!」


 兵士は悲鳴をあげて、前のめりに倒れた。


「これで残り七人っ!」


 亜里沙はロングソードを投げて、小石の山を駆け上った。


「逃がすかっ!」


 二人の兵士が亜利沙を追いかけて小石の山を登る。

 亜利沙は小石を掴み、素早く投げた。

 目に小石が当たった兵士が悲鳴をあげて転げ落ちる。


 その時、亜利沙の左肩に黒い針が突き刺さった。


「いっ! 射程長いのね」


 亜利沙は顔を歪めて、斜めに小山を駆け下りる。


「さっさと殺せ!」


 ガダエス百人長が叫ぶ。

 背の低い兵士が短剣を構えて、亜利沙に走り寄った。


「死ねっ!」


 兵士は地を這うような低い姿勢から、短剣を突き出す。その攻撃を予測してたかのように亜利沙は飛び上がり、右膝で兵士のアゴを砕いた。

 倒れた兵士の手から短剣を奪い取り、亜利沙はふっと息を吐く。


 レーネを拘束した状態で、ガダエス百人長が口を動かす。


「バルスっ! お前の呪文で、あの女の動きを止めろ!」

「わかりまし…………」


 側にいた兵士――バルスの声が途切れ、その体がぐらりと傾いた。


「かあっ…………」


 バルスが倒れると、背後にいた少女が姿を見せた。

 少女は十七歳ぐらいで、セーラー服を着ていた。髪はポニーテールで肌は小麦色。右手には鈍く輝く日本刀が握られている。


 ◇◇◇

【召喚カード:剣豪武蔵の子孫 伊緒里】

【レア度:★★★★★★★(7) 属性:風 攻撃力:6000 防御力:800 体力:1700 魔力:0 能力:風属性の日本刀を使う。召喚時間:7時間。再使用時間:20日】

【フレーバーテキスト:ご先祖様の名にかけて、剣なら誰にも負けない!】

 ◇◇◇


 少女――伊緒里は口角を吊り上げた唇を開いた。


「剣豪武蔵の子孫、伊緒里っ! ここに見参!」


 二人の兵士が同時に動いた。右と左からロングソードで伊緒里に攻撃を仕掛ける。

 伊緒里はぐっと腰を落とし、素早い動きで日本刀を真横に振った。鋭い刃が兵士の体を鎧ごと斬り、振り切った日本刀が逆方向にいた兵士のロングソードを受け止める。


「くおおおっ!」


 兵士は強い力でロングソードを押しつける。

 伊緒里は左足を引きながら力を抜き、兵士の右側に移動する。

 兵士の体がぐらりと傾いた。

 伊緒里は日本刀を斜めに振り下ろす。


「ぐあっ…………」


 兵士は顔を歪めたまま、横倒しになった。


「ちょっと、伊緒里っ!」


 数十メートル離れた場所から、亜利沙が叫んだ。


「私が見つけた獲物なんだから、勝手に殺さないでよ!」

「獲物って、亜利沙のほうがピンチだったじゃん」


 伊緒里が唇を尖らせる。


「しかも、人質まで取られてるし」

「人質は大丈夫だよ。彼方くんの迷惑になるぐらいなら、死ぬって言ってたし」


「言ってないからっ!」


 亜利沙の言葉にレーネが突っ込みを入れた。


「私はあなたたちと違って、一度死んだら終わりなのっ!」

「もう、わがままだなぁ」


 亜利沙は不満げにため息をつく。


「お前ら…………」


 ガダエス百人長が小刻みに体を震わせた。


「楽に死ねると思うなよ。人質は一人でもいいんだからな」

「というか、もう、こっちのほうが有利じゃないかな」


 亜利沙が倒れている兵士たちを見回す。


「私より強い伊緒里がきちゃったし、そっちの数は、もう三人しかいないじゃん」

「バカがっ! 俺たちの部隊は百人以上だ。すぐに集まってくるぞ」

「そこから十七人引いといてよ。私が殺しちゃったから」


「僕が二十八人斬ったよ」


 伊緒里が会話に割り込んだ。


「それが本当だとしても、まだ、四十人以上残ってるっ!」


 ガダエス百人長は声を荒げた。


「ゴデル、ダグズっ!」


 二人の兵士に拘束していたレーネを渡し、ガダエス百人長はズボンのポケットから秘薬の入った円筒を取り出す。それを全身に振りかける。

 ガダエス百人長の体が黄白色に輝いた。


「高級な秘薬を使わせやがって」


 空中に数百本の黒い針が具現化された。


「さあ、どうする? 言っておくが、数だけじゃなく、威力も強化してるからな。綺麗な顔が穴だらけになってもいいのなら、攻めてこいよ」

「ふーん。面白そうだね」


 伊緒里が唇を舐めて、ガダエス百人長に近づく。


「待ってよ、伊緒里」


 亜利沙が伊緒里の肩を掴んだ。


「私が殺るから、伊緒里は休んでて」

「亜利沙こそ、休んでなよ。ケガしてるじゃん」

「これぐらいたいしたことないって! むしろ、ケガしてたほうが調子よくなるし」


 亜利沙はケガをした肩をぐるぐると回す。


「ってわけで、伊緒里はミケを守ってて」

「いやいや。僕が攻めて、亜利沙がミケを守ったほうがいいよ」

「伊緒里は二十八人も殺してるんだから、もういいじゃん」

「だけど、あいつ、リーダーみたいだし、ほどほどに強そうだからさ。戦ってみたいんだよね」

「じゃあ、私の後で」


「二人で攻めてよっ!」


 兵士に拘束されているレーネが叫んだ。


「あなたたちがいっしょに攻めたら、確実にこいつを倒せるでしょ!」

「やれるもんなら、やってみろっ!」


 ガダエス百人長が左手の指を動かした。 

 宙に浮かんでいた黒い針が一直線に亜利沙と伊緒里を襲う。


「おっと!」


 伊緒里は迫ってくる黒い針を日本刀で叩き落とす。

 亜利沙は前転しながら黒い針を避けて、ガダエス百人長に向かって走り出す。


「バカがっ! 死ねっ!」


 数十本の黒い針が亜利沙に迫る。

 亜利沙はぐっと両膝を曲げ、後方に一回転した。

 黒い針が地面に突き刺さる。


「近づかせるかよっ!」


 新たな黒い針が具現化し、亜利沙と伊緒里の動きを牽制する。


「はははっ! どうした、どうした? 十メートルも近寄れないじゃないか」


 ガダエス百人長は大きく口を開けて笑う。


「この呪文は俺のオリジナルでな。攻めだけじゃなく、こうやって守りにも使えるのさ」

「たしかに使い勝手がよさそうな呪文だけど」


 伊緒里が日本刀を斜めに構えて、すり足で前に出る。


「対処方法はいくつかあるかな」

「…………ほぅ」


 ガダエス百人長の声が低くなる。


「その対処方法が間違っていることを教えてやる!」


 その時――。


 銃声が響き渡り、ガダエス百人長の鎧に小さな穴が開いた。


◇◇◇

【アイテムカード:シルフの銃】

【レア度:★★★(3) 風属性の銃。風の精霊の力で遮蔽物を避ける弾丸を撃つことができる。弾は六発。具現化時間:5分。再使用時間:10日】

◇◇◇


「あ…………」


 ガダエス百人長は呆然とした顔で周囲を見回す。その視線の先に銀色の銃を持つ彼方の姿があった。

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