第267話 レーネとガダエス百人長

 ――十一人か。リーダー直属の部下みたいね。全員、それなりに強い。


 ――せめて、ミケだけでも逃がしたいところだけど。


 レーネは光刃の短剣を構えて、視線を左右に動かす。


「逃げられねぇよ」


 ガダエス百人長は、ゆっくりとレーネに歩み寄る。


「ここにいるのは十一人だが、お前たち程度なら俺だけでも十分だ」

「…………そうね」


 レーネは光刃の短剣を鞘に収めた。


「ほーっ、状況判断ができるじゃねぇか」

「さすがに、これじゃあ、逃げようがないから」


 そう言って、レーネは隣でしっぽの毛を逆立てているミケに触れた。


「ミケ、降参するよ」

「にゃっ! 戦わないのかにゃ?」


 ミケが驚いた顔でレーネを見上げる。


「戦っても勝てない。そこのリーダーの実力はBランク以上だし、周りの兵士もCランクレベルはあると思うから」


「正しい選択だな」


 ガダエス百人長は、にたりと笑う。


「まずは、武器を渡してもらおうか。そっちの猫耳もな」

「…………はぁ」


 レーネは深く息を吐いて、光刃の短剣を放り投げた。


「魔法のポーチとナイフもだ」

「わかってるからっ!」


 不満げな表情で、レーネは魔法のポーチを外し、隠していたナイフを足元に置く。


 ミケも魔法のポーチと短剣を近くにいた兵士に渡した。


「これで文句はないでしょ」

「…………いや、もう一つ、渡してもらうものがある」

「もう一つって…………他には何も」

「お前の足だよ」


 三本の黒い針がレーネの左足に突き刺さった。


「いっ…………」


 レーネは自身の体を支えることができずに片膝をついた。


「ふっ、お前たちには、さんざん逃げ回られたからな。用心のために足は潰させてもらう」


 ガダエス百人長の周囲に十数本の黒い針が浮かび上がった。それが次々とレーネの足に刺さる。


「かっ…………ぐっ…………」


「にゃっ! レーネに何するにゃああ!」

「猫耳っ! お前もだ!」


 黒い針がミケの足に当たる。しかし、黒い針は深く刺さらずにミケの足元に落ちた。


「ちっ! 防御強化のマジックアイテムを装備してるな」

「ミケっ! 逃げて!」


 レーネの言葉にミケが反応した。両手を地面につけ、低い姿勢で兵士たちの間をすり抜ける。


「逃がすなっ!」


 ガダエス百人長が叫ぶ!


 四人の兵士がミケを追いかけるが、手を使い急角度で方向を変えるミケを捕まえることができない。


「うにゃあああ!」


 ミケは気合の声をあげながら、通路に向かって走る。

 黒ひげの兵士が、その行く手を塞いだ。


「バカがっ! どんなに逃げても出口を塞げば意味ないんだよ」


 黒ひげの兵士は両手を左右に広げて、黄ばんだ歯を見せる。


「お前の足は俺が折ってやるぜ」


 その時――。

 黒いサバイバルナイフが黒ひげの兵士の首に突き刺さった。


「があっ…………」


 黒ひげの兵士は呆然とした顔のまま、横倒しに倒れた。

 その背後には、ブレザー服姿の少女が立っていた。年齢は十七歳前後で髪はセミロング、ぱっちりとした左目の下には小さなほくろがあった。


 ◇◇◇

【召喚カード:無邪気な殺人鬼 亜里沙】

【レア度:★★★★★(5) 属性:闇 攻撃力:2000 防御力:400 体力:800 魔力:0 能力:無属性のサバイバルナイフと体術を使う。召喚時間:10時間。再使用時間:7日】

【フレーバーテキスト:人を殺すのが、どうしていけないの? 楽しいし、気持ちいいじゃん】

 ◇◇◇


「あーっ、やっと見つけた」


 少女――亜里沙はミケの頭に手を乗せて、数十メートル先にいるレーネを見る。


「二人とも、まだ生きてたんだね」


 すぐにガダエス百人長が動いた。レーネに駆け寄り、短剣の刃を彼女のノドに押しつける。


「そこの女、一歩も動くなよ。動けば、このシーフを殺す」

「えっ? 人質を取るの?」


 亜里沙はまぶたをぱちぱちと動かす。


「そっちは十人もいるのに戦わないんだ?」

「無駄なことはしねぇよ」


 ガダエス百人長は片方の唇の端を吊り上げる。


「お前と戦っても余裕で勝てるが、人質を使うほうが楽だからな。カークっ! そいつの武器を奪っておけ!」


「はい」と答えて、茶髪の兵士――カークが亜里沙に歩み寄る。


「さあ、短剣を渡してもら…………」


 カークが喋り終える前に亜里沙の右手が動いた。サバイバルナイフの刃がカークの首に触れる。


「あ…………がっ…………」


 首から真っ赤な血が噴き出し、カークはその場に倒れた。


「おっ、お前っ、何やってる?」


 ガダエス百人長が声を荒げた。


「動くなと言ったはずだぞ!」

「一歩もでしょ? だから、足は動かしてないし」

「バカかっ! 抵抗するなってことだ!」


 太い眉を吊り上げて、ガダエス百人長が叫んだ。


「今度、俺たちに逆らったら、シーフの女は殺す。わかったかっ?」

「うーん…………」


 亜里沙は首を左右に傾ける。


「でも、よく考えたらさぁ、そのシーフ、殺せないよね」

「はっ、はぁ?」

「だって、殺したら意味ないじゃん。人質にする予定なんだろうし」

「お前、氷室彼方の仲間じゃないのか?」

「仲間とは違うかな。それに私個人としては、その子が死んでも問題ないし。ある意味、彼方くんを取り合うライバルだから」


 亜里沙はガダエス百人長に近づいた。


「おいっ! 本当に殺していいんだな?」

「うん。彼方くんにバレたらやばいけど、ここにいる全員殺せば大丈夫だし」


「にゃーっ! ミケも殺すつもりかにゃ?」


 ミケが頬を膨らませた。


「ミケは天界鳥の照り焼きを食べるまで死にたくないにゃ」

「大丈夫。美味しいもの食べるより、死ぬほうが楽しいから」


 亜里沙は両足を軽く開いて、腰を落とす。


「じゃあ、始めようか」

「そっ、そいつを殺せ!」


 ガダエス百人長が叫ぶと、九人の兵士が亜里沙に攻撃を仕掛けた。


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