第266話 レーネとミケ

 廃坑の中はアリの巣のように広がっていた。


 レーネとミケは白く輝く石――白輝石に照らされた坑内を走り続ける。

 地底湖にかかった橋を通り過ぎると、獣臭が漂ってきた。


 ――近くにゴブリンの群れがいるみたいね。数も多そう。


 レーネは足を止め、鋭い視線で周囲を確認する。


 ――右の崖の上に小さな横穴がある。隠れるのによさそうね。


 魔法のポーチからマジックアイテムのロープを取り出し、慣れた手つきで上方に投げる。

 ロープは生き物のように動き、尖った岩に絡みついた。


「ミケっ! これ使って上に隠れてて」


 ◇


 レーネはミケと別れると、獣臭が強くなる坑道を走り続けた。

 数分後、視界が開け、広い空間に出た。

 そこは円錐状にくぼんだ形をしていて、底に数百匹のゴブリンがいた。

 ゴブリンたちは十人前後のグループに分かれて食事を摂っていた。壁際には多くの穴が開いていて、動物や人の骨が散らばっている。


 ――なかなか大きな群れみたいね。


 レーネはゴブリンに見つからないように岩陰に隠れながら、右に移動する。

 呼吸を整えながら、岩の壁に背中をつける。


――わざと足跡もつけてきたし、そろそろ…………。


 数分後、サダル国の兵士たちが姿を見せた。兵士たちもゴブリンの群れに気づき、すぐに体を低くする。


 ――ここまでは計算通りね。


 レーネは鉄製のナイフを取り出し、下方にいるゴブリンに向かって投げた。それがゴブリンの肩に突き刺さる。


「ギュアアアアアッ!」


 ナイフが刺さったゴブリンが悲鳴をあげ、周囲にいたゴブリンたちがサダル国の兵士に気づく。


「ギュイ…………ギュウウ」

「ギャ………ギュギュ」

「ギュガアアッ!」


 リーダらしき大柄のゴブリンが叫ぶと、数百人のゴブリンが一斉に動き出した。短剣や斧を手に取り、サダル国の兵士たちに向かって走り出す。


「くそっ! 応戦しろ!」


 兵士たちは迫ってくるゴブリンと戦い始めた。

 兵士の怒声とゴブリンの鳴き声が数十メートル離れたレーネの耳に届く。


――これで時間稼ぎができるし、人を喰ったゴブリンの群れを退治することもできる。一石二鳥ね。


 レーネは岩陰を移動しながら、狭い横穴に入る。


 ――この坑道には横穴がいっぱいある。上手く利用して逃げ回ってやるから。


 ◇


 翌日の早朝、レーネとミケは廃坑の最深部にいた。

 ミケが焼いたポク芋を食べながら、レーネはため息をついた。


「まずいわね」

「そんなことないにゃ」


 ミケが唇を尖らせた。


「このポク芋は新鮮だし、ちゃんと黒胡椒も振りかけてるにゃ」

「ポク芋のことを言ってるんじゃないの」


 レーネはミケの猫耳を指先で弾く。


「私たちを追ってる部隊は、なかなか優秀なの。ゴブリンの群れもあっという間に全滅させちゃったし」

「だけど、ミケたちも上手に逃げてるにゃ」

「今のところはね。ただ、向こうも部隊を分けて、私たちの逃げ道を減らしてる」

「お外に出れないのかにゃ?」

「そうね。外に繋がってる坑道には見張りがいるから」


 レーネは鋭い視線で隠れている横穴の入り口を見る。


 ――隙があれば、廃坑から出て森に隠れる手も考えてたけど、こうなったら仕方ない。なんとか隠れながら逃げ続けるしかない。


 ――今頃、エルメアが彼方に私たちの状況を伝えてるはず。なら、今日一日粘れば彼方が助けにきてくれる!


「ミケっ! すぐに動くよ。同じ場所にいると危険だからね」

「わかっにゅっま…………みきゅ…………がんまむにゃ」


 ミケはポク芋を頬張りながら、もごもごと口を動かした。


 ◇


 レーネとミケはサダル国の兵士に見つからないように移動を続けた。狭い横穴に潜んで、兵士をやり過ごし、わざと多くの痕跡を残して、彼らの動きを誘導した。

 しかし、サダル国の兵士たちも調べた横穴を丁寧に塞ぎながら、レーネたちを少しずつ追い詰めていった。


 ◇


 レーネが石段を下りると、そこは縦横百メートル以上ある巨大な空間だった。高さも三十メートル以上あり、採掘で出た小石や土があちらこちらに積まれている。壁や天井には光苔が生えていて、巨大な空間全体を照らしていた。


 ――ここは…………隠れるにはいまいちか。視界が広いし、横穴も奥に一つしかない。


 ――とりあえず、奥の横穴をチェックしておくか。


「ミケっ、走るよ」


 背後にいるミケに声をかけて、レーネは走り出す。

 小石の山の横を通り過ぎようとした時、呪文で作られた黒い針がレーネの脇腹に突き刺さった。


「くっ…………」


 レーネは痛みに顔を歪めながら、短剣を構える。


「やっと見つけたぜ。手間かけさせやがって」


 積まれた小石の陰から、赤黒い鎧をつけた痩せた男が現れた。男は三十代後半で青白い肌をしていた。髪はなく、耳にはマジックアイテムらしき金色のピアスをつけている。


「さてと、俺は第七師団別働隊の百人長、ガダエス。お前たちは氷室彼方の女だな?」


「そうにゃ!」


 レーネの代わりにミケが答えた。


「ミケは彼方にしっぽを触られた仲なのにゃ」

「そうか、そうか。それなら安心しろ。お前たちを殺すことはない」

「人質にするんでしょ」


 レーネがガダエス百人長を睨みつける。


「その通りだ。氷室彼方は仲間を見捨てない甘ちゃんらしいからな」

「悪くない手ね。でも、その手なら、こっちも使えるっ!」


 レーネは腰を捻って、光刃の短剣を振った。半透明の刃が飛び出し、ガダエス百人長の足を狙う。

 その攻撃をガダエス百人長は黒い刃の短剣で弾いた。


「ほーっ、なかなか面白い効果がある短剣だな。高く売れそうだ」

「…………ミケっ! 逃げるよ!」

「残念だが、それは無理だな」


 十人の兵士たちが小石の山の陰から現れ、レーネとミケを取り囲んだ。

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