第265話 彼方の仲間たち

 ミフジ高原の南にある林で狩りをしていたシーフのレーネの足が止まった。軽やかな動きで広葉樹に登り、鋭い目つきで周囲を見回す。


 数百メートル先にいる百名前後の兵士を発見して、レーネは薄い唇を噛んだ。


「サダル国の兵士か。こんなところに来るってことは…………私たちが目的か」


 ――まさか、この場所が見つかるなんて想定外ね。


 レーネは広葉樹から飛び降り、林の中を走り出す。木々の間をすり抜けながら、なだらかな斜面を駆け下りる。


 十分後、レーネは洞窟の入り口に到着した。

 入り口では、ダークエルフのエルメアと有翼人のニーアが昼食の準備をしていた。


「エルメア、ニーアっ! サダル国の兵士が近くにいる。逃げる準備をして!」

「何人いる?」


 エルメアが魔風の弓を手に取り、レーネに質問した。


「百人前後ね。目的は、当然、私たちのはず」

「人質にするってことか」

「彼方が一番嫌がる手だからね」


 レーネは視線を左右に動かす。


「香鈴とミケとミュリックは?」

「香鈴とミュリックは洞窟の中だ。ニーア、二人を呼んできてくれ!」


「うん。わかった」


 ニーアが慌てた様子で洞窟の中に入る。


「ミケはどこ?」

「ミケはポク芋を掘りに東の林に行くと言ってたぞ」

「…………わかった。あなたたちは北の崖に逃げて。空を飛べるミュリックがいれば、向こう側の森に行けるから。その後は…………」

「隠していた飛行船で脱出だな」

「うん。私とミケは待たなくていいから」

「いっしょに飛行船で逃げるんじゃないのか?」


 エルメアは驚いた顔でレーネを見る。


「東の林から、飛行船のある場所まで行くのに時間がかかるでしょ。私とミケはレドラ鉱山に行く」

「レドラ鉱山? あそこは廃坑になっていて、誰もいないはずだぞ」

「だからいいのよ。隠れる場所はいっぱいあるし。彼方と合流してから迎えにきて!」

「…………わかった。気をつけろよ」

「そっちもね」


 エルメアとこぶしを合わせて、レーネは東に向かって走り出した。


 ◇


「ミケーっ!」


 森クラゲが浮かぶ東の林で、レーネは仲間の名を呼んだ。


 がさがさと茂みが音を立て、両手にポク芋を持ったミケが現れた。


「にゃっ! レーネにゃ」


 ミケは茶色のしっぽを振りながら、レーネに歩み寄る。


「安心するにゃ。ちゃんとポク芋は手に入れたにゃ。レーネには二番目に大きなのをあげるからにゃ」

「ポク芋のことはどうでもいいのっ! サダル国の兵士が攻めてきたのよ」


 レーネはミケの頭を軽く叩く。


「エルメアたちは飛行船で逃げる予定。私たちは時間稼ぎしながら、別方向に逃げるから」

「時間稼ぎかにゃ?」

「そう。目立つ痕跡を残してきたからね。兵士たちはこっちに来るはず」

「危険が危ない状況にゃ」

「だから、急ぐよ! 私たちが捕まったら、彼方が困るんだから」

「了解したにゃ。ミケの本気を見せる時がきたのにゃ」


 ミケは真剣な顔をして、両手のポク芋を握り締めた。


 ◇


 レーネとミケは風の吹く草原を東に向かって走っていた。

 後方からサダル国の兵士の声が聞こえてくる。


「こっちだ! こっちに二人いるぞ!」

「足を狙って動けなくしろ! 絶対に殺すなよ!」


 ――やっぱり、私たちを人質にするつもりね。


 レーネは彼方からもらった短剣を鞘から抜く。

 それは彼方が浮遊島でドクロ――如月竜太郎から受け取ったマジックアイテムだった。


【光刃の短剣】

【光属性の短剣。柄の部分を操作して、魔力の続く限り、刃を飛ばすことができる】


 ――私の魔力量は少ないけど、前に試したら、十本は光の刃を作れた。それで十分戦える!


 レーネは体を捻りながら、光刃の短剣を振った。半透明の刃が飛び出し、迫ってきていた兵士の鎧に突き刺さる。


「があっ…………」


 細身の兵士が胸を押さえながら倒れた。


「悪いけど、こっちは悪意のある相手に手加減する気はないから」


 意識を集中させると、柄の部分から、新たな刃が具現化された。


「ミケっ! もっと急いでっ! 足の速い連中が近くまできてる」

「にゃっ! ミケパンチは使わなくていいのかにゃ?」


 ミケが走りながら口を動かす。


「今は逃げ続けるのが正しい選択なの!」


 そう言いながら、レーネは十数メートル後ろにいた兵士に向かって、光刃の短剣を振る。

 飛び出した半透明の刃が兵士の太股に突き刺さる。


 ――これで、近くにいるのは残り…………二人か。その後ろには何十人も兵士がいるはず。作戦通りではあるけど、ここで捕まったら、意味ない。絶対に逃げ切らないと。


 レーネは唇を強く結んで、草原を駆け抜けた。


 ◇


 四時間後、レーネとミケはミフジ高原の東にあるレドラ鉱山に逃げ込んでいた。

 既に周囲は暗くなり、夜空には巨大な月が浮かんでいる。

 鉱山の入り口に集まっているサダル国の兵士たちを見て、レーネは短く舌打ちをした。


 ――上手く逃げ切れたと思ったのに。追跡専門の兵士がいるってことね。


 ――だけど、エルメアたちは上手く逃げてくれたみたい。なら、後は私たちが粘ればいいだけ。そしたら、彼方が助けにきてくれる。


 レーネは隣にいたミケの肩に触れる。


「ミケっ! ここからが正念場よ。坑道の中を逃げ回って、時間を稼ぐから」

「うむにゃ。ミケは逃げるのが得意だから安心するのにゃ。それに守護精霊の首輪もあるからにゃ」


 ミケはネーデ文明の文字が刻まれた首輪に触れる。


「油断しちゃダメ。坑道の中にはモンスターもいるはずだから」

「そんな怖いところに逃げるのかにゃ?」

「たしかにモンスターは危険だけど、それはこっちだけじゃないからね」


 そう言って、レーネは上唇を舌で舐めた。

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