第261話 ナグチ将軍とカルミーラ師団長

 ウロナ村の南西にある砦の一室で、ナグチ将軍は部下の報告を聞いていた。


「獣人部隊が全滅…………ですか」


 メガネの奥の目が針のように細くなる。


「は…………はい」


 茶髪の女兵士が緊張した様子で言葉を続ける。


「ガトラ百人長を含め、九十名以上が行方不明になっていて、生存確認ができているのは十名程度です」

「…………それは予想外でしたね」


 ナグチ将軍は人差し指で自身のこめかみをトントンと叩く。


「金獅子騎士団の別働隊の姿は確認できましたか?」

「いいえ。キルハ城にヨム国の軍隊がいる気配はなかったそうです」

「そう…………ですか」


 ナグチ将軍は沈黙した。


 ――ガトラ百人長は用心深く、状況に応じて動ける男だ。多分、金獅子騎士団の別働隊がいないことで、キルハ城を攻める決断をしたんだろう。


 ――そして、待ち伏せしていた氷室彼方にやられたか。警戒していたはずなのに。


「予想外の手を使われたんでしょうね。私たちが知らない手を…………」


 突然、扉が開き、第七師団のカルミーラ師団長が部屋に入ってきた。


 カルミーラ師団長は長い黒髪をなびかせて、ナグチ将軍に歩み寄る。


「ナグチ将軍っ! 私にキルハ城攻略を命じてください!」

「キルハ城攻略?」

「はい。ガトラ百人長の仇を取りたいんです!」


 カルミーラ師団長は両手のこぶしを小刻みに震わせる。


「氷室彼方は、我が第七師団の名に傷をつけました。この汚名を返上するためには、奴の首が必要なんです!」

「落ち着いてください。今、あなたに戦場を離れられるのは困ります」


 ナグチ将軍は怒りの表情を浮かべているカルミーラ師団長の肩に触れた。


「キルハ城にいる氷室彼方より、ウロナ村の攻略のほうが重要ですから」

「ですがっ!」

「私の命令に従えないと?」

「いっ…………いえ。そういうわけでは…………」


 カルミーラ師団長の体がぴくりと動く。


「安心してください」


 ナグチ将軍は、にっこりと笑う。


「たかが百人の部隊が全滅しただけで、第七師団の名は傷つけられていませんよ。それに、氷室彼方は死ぬんです。ウロナ村が落ちた後に…………」


 ◇


 翌日の早朝、ナグチ将軍は第七師団の兵士七千人とともに砦を出発した。霧が立ち込めたガリアの森の中を、静かに北東に進む。


 やがて、森が開け、広大な開墾地に出た。

 五百メートル先に敷かれた横陣を見て、ナグチ将軍の表情が引き締まる。


 隣にいたカルミーラ師団長が口を開く。


「前に戦った陣形と同じですね」

「ええ。横陣を三つに分けて、盾持ちの騎士を増やしてます。守り重視の陣にして、戦況が不利になったら、すぐにウロナ村に撤退する。悪くない手ですよ」


 ナグチ将軍はヨム国の陣を見つめる。


「ただ…………今日は狙ってるようですね」

「狙ってる?」

「はい。騎士たちの動きが前とは違いますし、伝令兵の数も増えている。それに、指揮しているのは白龍騎士団のリューク団長ですから」


 ナグチ将軍は指先でメガネの位置を調整する。


「前の戦いで、彼はこちらの動きを探っていました。私がどんな戦い方をするのか、確認したかったんでしょう」

「だから、別働隊を使わずに戦えと指示されたのですね?」


 カルミーラ師団長の質問にナグチ将軍はうなずく。


「…………今回は、お互いに本気で戦えそうですね」


 ――どんな策を準備しているのか、楽しみですよ。リューク団長。


 ナグチ将軍はメガネの奥の目を細めて、ヨム国の陣を眺めた。


 ◇


 一時間後、第七師団は白龍騎士団に攻撃を仕掛けた。

 呪文で具現化された炎の矢が飛び交う中、ロングソードを持つ兵士たちが一角鳥の陣で左側の横陣に突っ込む。


 さらに中央に数十体のモンスターが現れた。

 全長十メートルを超えるドラゴンに背丈が三メートル近いオーガ、マンティスに双頭トカゲ。

 それらは数十人の召喚師たちが召喚したモンスターだった。


 モンスターたちは中央の横陣に向かって走り出す。

 その動きに合わせて、ヨム国の召喚師たちもモンスターを召喚する。

 ドラゴン、ゴーレム、ケルベロス…………。


 モンスターたちは開墾地の中央でぶつかり合った。

 ドラゴンの咆哮が響き、吐き出したブレスが周囲の空気を熱くする。


「攻めろ! 攻めろ!」


 後方にいるカルミーラ師団長が叫んだ。


「中央はモンスターどもにまかせておいて、左から崩すぞ。シルン千人長の部隊を突っ込ませろ!」

「はっ、はいっ!」


 若い伝令兵たちが走り出す。


 その後ろで、ナグチ将軍は戦況を眺めていた。


 ――召喚されたモンスターの力は、ほぼ互角か。白龍騎士団の中にも、よい召喚師がいるようだ。他の騎士たちの練度も高い。


 ――だが、第七師団の本気の攻めを受け止めるには五千では足りない。策があるとしたら、伏兵だろうな。


「ナグチ将軍」


 中性的な顔立ちの兵士がナグチ将軍の前で頭を下げた。


「斥候より、連絡が入りました。ヨム国の兵士千人が西から近づいてきてます」

「でしょうね」


 ナグチ将軍は視線を西の森に向ける。


「トルック千人長、あなたの部隊で足止めをお願いします」

「殲滅する必要はないのですか?」

「足止めだけで十分です。二時間程度粘ってもらえれば、こっちで白龍騎士団の本陣を落としますから」


 そう言って、ナグチ将軍は戦場に視線を戻した。

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