第258話 黄泉子
「…………降伏だと?」
ガトラ百人長の声が掠れた。
「はい」と黄泉子は答える。
「私のマスターである彼方様はお優しい方です。皆さんが降伏すれば、身の安全は保証すると言われました」
「…………面白いことを言うな」
ガトラ百人長は左右の手につけたかぎ爪をカチカチと動かす。
「俺たちが、その提案を断ったら?」
「皆さんは死ぬことになります。私が創り出した水晶世界の中で」
「お前が創った?」
「そうです。だから、私が死なない限り、皆さんは外に出ることはできないんです」
「…………ほぉ」
ガトラ百人長の目が細くなる。
「お前…………氷室彼方に召喚されたのか?」
「はい。召喚カードなので」
「召喚カード?」
「彼方様の能力です。」
黄泉子はにこにこと笑いながら答える。
「多分、皆さんにはわかりにくい能力だと思います」
「俺たちの世界の召喚呪文とは違うってことか」
ガトラ百人長は目の前にいる黄泉子を見つめる。
――こいつは自分の意思で喋ってるように見える。氷室彼方の命令に従うだけの存在ではないということか。
――ならば、こいつから氷室彼方の情報を引き出しておくか。調子に乗って、喋ってくれそうだしな。
「氷室彼方はお前たちのような存在を何体召喚できるんだ?」
「…………そうですねぇ」
黄泉子は首を傾けて考え込む。
「両手の数より多いでしょうか」
その言葉に周囲にいた兵士たちの表情が強張る。
「ばっ、バカな。十体などありえん」
「あ、ああ。召喚呪文が使える上位モンスターだって、十体なんて不可能だ」
「すぐにバレるウソをつきやがって」
「お前たちは黙ってろ」
ガトラ百人長は低い声を出した。
――情報通りなら、氷室彼方は、二種類のドラゴンとゴーレム、そしてドリアードと人間の女を召喚できる。この時点で、
――ならば、十体以上召喚できるというのも、あながちウソとも言いきれない。奴は二体同時召喚ができることも隠していたからな。
「氷室彼方はここにいるのか?」
「いいえ。この水晶世界にいるのは私だけです」
黄泉子は兵士たちを見回しながら答える。
「それで、降伏していただけるのでしょうか? そうでないと、困るんです。今、彼方様の体調がよくなくて」
「体調がよくない?」
「そうなんです。高熱が出て、呪文が使えなくなって」
黄泉子は眉間に眉を寄せて、ふっと息を吐く。
「なんとか、私だけは召喚されたんですが、もう限界なんです。ヨム国の騎士の皆さんもウロナ村に行ってしまったし」
「…………それは大変だな」
ガトラ百人長の口が裂けるように広がった。
「ただ、その状況なら、降伏という選択肢はないな」
「え? 降伏しない?」
黄泉子はぱちぱちと目を動かした。
「まっ、待ってください。まさか、私と戦うってことですか?」
「そうなるな。閉じ込められたとはいえ、こっちは九十人以上いて、お前はひとりだけだ」
「たしかに私はひとりですけど、彼方様が設置したアイテムがあるんです」
「アイテム?」
「あれですよ」
黄泉子は空に浮かぶ時計盤を指さす。
◇◇◇
【アイテムカード:黄金の重力時計】
【レア度:★★★★★★★★(8) 半径一キロ以内の重力を少しずつ重くする。具現化時間:2時間。再使用時間:18日】
◇◇◇
「あのでかい時計がアイテムだと?」
ガトラ百人長は赤紫色の空に浮かぶ巨大な時計を見上げる。
「あの時計に何の効果がある?」
「あれ? 気づいてないんですか?」
黄泉子は驚いた顔で周囲の兵士を見回す。
「…………そっか。最初は気づきにくいからなぁ。みんな動いてないし」
「おいっ! ちゃんと話せ。あの時計の効果は何だ?」
「そのうちわかりますよ。時計の針が進めば効果が強くなるし」
「…………そうか。話す気はないんだな」
「降伏するのなら、お話しますよ」
黄泉子は、にっこりと微笑む。
「死にたくなければ、そうするしかないんですよ? よく考えてください」
「他の方法があるだろ」
「他の方法ですか?」
「ああ。その方法はお前が教えてくれたんだぜ」
ガトラ百人長は一歩だけ前に出た。
「お前を殺せば、ここから出ることができるんだからなっ!」
大きく左足を踏み出し、右手につけたかぎ爪を斜めに振り下ろす。
その瞬間――。
黄泉子の足元に小さな魔法陣が出現し、彼女の姿が消える。
「ちっ! 先に魔法陣を描いていたのか」
ガトラ百人長は素早く周囲を見回す。
「全員、足元に注意しろ! 魔法陣が仕掛けられてる可能性があるぞ」
「ふっ、ふふふっ」
上から、黄泉子の笑い声が聞こえてきた。
兵士たちの視線が上を向く。
その視線の先には、宙に浮かぶ魔法陣の上に立った黄泉子の姿があった。
「ガトラさん。ありがとうございます」
「ありがとうだと? どういう意味だ?」
ガトラ百人長は頭上にいる黄泉子に質問した。
「あなたが私を攻撃してくれたからですよ。これで…………」
黄泉子は一瞬、言葉を止めた。
「これで、お前たちを殺せる」
黄泉子の口調が変化した。さっきより声が低くなり、赤い瞳が燃えるように輝く。
「彼方の命令だから、降伏勧告したけど、ほんと断ってくれて感謝だね」
「まさか、お前、わざと…………」
「そう。私を殺せば、ここから出られるって言ったら、当然、殺しにくると思ってさ」
ピンク色の舌を出して、黄泉子は兵士たちを見下ろす。
「お前らは彼方を殺しにきた。そんな奴らを私が許すわけないだろ」
「きっ、貴様…………」
「安心しな。私を殺せば、この世界は消える。その言葉にウソはないよ。他はウソだけどさ」
「他はウソだと?」
「そうさ。彼方は病気じゃないし、この世界には私以外にも味方がいる。でかい奴がね」
突然、耳をつんざくようは咆哮が響き、巨大なドラゴンが舞い降りてきた。
ドラゴンの全長は十五メートル以上あり、全身が透明の皮膚に覆われていた。皮膚の中には数百万個の黄金色の歯車がカチカチと音を立てて動いている。頭部には五つのレンズがあり、両肩には魔法の文字が刻まれた大砲が取り付けられていた。
◇◇◇
【召喚カード:機械仕掛けの破壊兵器 ギアドラゴン】
【レア度:★★★★★★★★★(9) 属性:無 攻撃力:9000 防御力:6500 体力:7500 魔力:0 全体攻撃に特化したドラゴン。能力:物理攻撃ダメージ半減。召喚時間:2時間。再使用時間:25日】
【フレーバーテキスト:バカなっ! 機械王国メルダは、こんな化け物を創り出していたのか(勇者クラムド)】
◇◇◇
「ギュウウウウッ!」
ギアドラゴンは長い首を動かしながら、獣人部隊に襲い掛かった。
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