第257話 獣人部隊
ポルチ十人長、シエロ十人長、シーバ十人長は三十人の部下とともにキルハ城に接近した。獣人の兵士が壁を登り、内側から城門を開く。
「行くぞ」
ポルチ十人長を先頭にして、兵士たちが動き出す。
その光景をガトラ百人長は離れた場所から見ていた。
「さて、どうなるか…………」
――氷室彼方は、こっちの動きに気づいているはずだ。だが、ドラゴンやゴーレムを召喚してくる気配はない。できない理由があるのか…………それとも…………。
全身に生えた灰色の毛に触れながら、ガトラ百人長は開いた城門を見つめる。
十五分後、若い獣人の兵士が城門から出てきた。兵士はガトラ百人長に走り寄り、口を開く。
「報告します。城の中には誰もいません」
「誰もいない? 氷室彼方もいないのか?」
「はい。一通り捜したのですが…………」
「もっと、しっかり捜せ! 氷室彼方がいないはずはない。どこかに隠れてるはずだ!」
「はっ、はい」
兵士は慌てた様子でキルハ城に戻る。
「ガトラ百人長」
隣にいた黒毛の兵士が牙の生えた口を開く。
「どうします? 金獅子騎士団の別働隊はいなさそうですが」
「…………俺たちも城に入るぞ。ドベル十人長の部隊だけは、ここで待機しろ」
ガトラ百人長は金色の瞳でキルハ城をにらみつける。
――氷室彼方は今までの標的とは違って考えが読みにくい。領主だから、キルハ城を取り戻したいのはわかるが、金獅子騎士団がいないのに奪い返しても意味がない。
――まさか、ひとりでキルハ城を守ろうなんて思ってるはずもないし。
「…………楽な仕事のはずなんだが」
逆立った灰色の毛を見て、ガトラ百人長は首を右に傾けた。
◇
ガトラ百人長は六十数名の部下といっしょに城門からキルハ城に入った。
一階の大広間には、ポルチ十人長、シエロ十人長、シーバ十人長とその部下たちがいた。
「氷室彼方はいたか?」
ガトラ百人長の質問に、ポルチ十人長が首を左右に動かす。
「まだ、見つかってません。ただ、さっきまで、四階の部屋に人がいた形跡がありました」
「さっきまで?」
「熱の残った紅茶がコップに入ってたそうです」
「一人分か?」
「ええ」とポルチ十人長が答える。
「多分、氷室彼方は俺たちに気づいて逃げたんじゃないですか? 隠れてるより、そのほうが正解だと思いますよ。あ、もちろん、氷室彼方にとってですが」
「それは…………そうだな」
ガトラ百人長は大広間を見回す。
「誰もいないならよかったじゃないですか」
シエロ十人長は白い牙を見せて笑った。
「俺たちの部隊が無傷でキルハ城を取り戻せたんです。恩賞も増えるし、ガトラ百人長は千人長になれるんじゃないですか。金獅子騎士団のディラス団長の首も取ったし」
その言葉に兵士たちの表情が緩んだ。
その時――。
大広間の床に巨大な魔法陣が出現した。
魔法陣が輝くと同時に、大広間にいた九十数名の兵士たちの姿が消えた。
◇
「ここは…………」
ガトラ百人長は口を大きく開けたまま、視線を動かした。
そこは青白く輝く水晶が無数に存在する場所だった。巨大な水晶が立ち並び、空には巨大な時計盤が浮かんでいる。
――転移の魔法陣を使われたのか。しかし、床にそんな痕跡はなかったし、秘薬も見当たらなかった。
「異界の呪文か…………」
ガトラ百人長はぎりりと牙を鳴らした。
「ポルチ十人長、シエロ十人長! お前たちの部隊で周囲を探れ!」
「はい」「わかりました」
二人の十人長は素早く部下たちに指示を出す。
「いいかっ! 落ち着け!」
動揺している部下たちに向かって、ガトラ百人長が声を張り上げた。
「これは氷室彼方の小細工だ。慌てる必要はないぞ!」
そう言いながら、マジックアイテムのかぎ爪を両手に装備する。
――くそっ! 転移呪文まで使えるとは聞いてないぞ。隠してたのか。
――だが、奴も俺たちのことを知らない。災害レベルの巨大ドラゴンさえも倒した俺たちの連携攻撃を!
ガトラ百人長の瞳孔が縦に細くなる。
――まずは、ここがどこかを把握して…………んっ?
数十メートル先の水晶の陰から、二十代前半の女が姿を現した。
青みがかったセミロングの黒髪に赤い瞳。ぶかぶかの黒い服を着ていて、右手には先端が尖った金色の杖を持っていた。
◇◇◇
【召喚カード:異界の魔道師 黄泉子】
【レア度:★★★★★★(6) 属性:光、闇 攻撃力:2200 防御力:1200 体力:1700 魔力:6800 能力:様々な効果を持つ魔法陣を使って戦う。召喚時間:24時間。再使用時間:14日】
【フレーバーテキスト:黄泉子さんはいい人です。あんなに優しくて、心が清らかな人は見たことがありません(純情な少年兵士ティーロ)】
◇◇◇
女――黄泉子は不安げな表情を浮かべて、兵士たちに近づき、十数メートル手前でぴたりと足を止めた。
「あ、あのぉ。お話があるんですけど、隊長さんはどなたですか?」
「俺だ」とガトラ百人長が答えた。
周囲にいる兵士たちが武器を構えて、少女を取り囲む。
「お前は氷室彼方の仲間だな?」
「はい。魔道師の黄泉子です」
黄泉子は丁寧に頭を下げる。
「あなたの名前を教えていただけますか?」
「…………ガトラ百人長」
ガトラ百人長は自身の名を口にする。
「お前が俺たちをここに転移させたんだな?」
「はい。私が魔法陣を使って、皆さんをここに転移させました」
そう言って、黄泉子はにっこりと微笑んだ。
兵士たちは不思議そうな顔で黄泉子を見つめる。
敵である自分たちに囲まれた状態で平然としている彼女に違和感を覚えているようだ。
それはガトラ百人長も同じだった。
――こいつ…………何を考えてる? この状況で自分が殺されないとでも思っているのか?
両足を軽く曲げ、いつでも黄泉子を攻撃できる体勢を取る。
「…………話とは何だ?」
「実はぁ…………」
黄泉子は、もじもじと体を動かす。
「大変申し上げにくいんですけど、皆さんに降伏してもらいたいんです」
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