第256話 ガトラ百人長
数日後、カカドワ山の山頂に第七師団のガトラ百人長の部隊がいた。
兵士たちは全員が獣人で狼のような顔をしている。
「ガトラ百人長っ!」
赤黒い鎧をつけた兵士がガトラ百人長に歩み寄った。
「斥候から連絡が入りやしたぜ。キルハ城の周りには変なイバラが生えてて、道が塞がってるそうです」
「変なイバラだと?」
ガトラ百人長は灰色の毛が生えた頬に触れた。
「へい。硬いトゲが無茶苦茶生えてて、抜けるのはきつそうです」
「…………氷室彼方が召喚したドリアードがやったんだろうな」
「あーっ、工兵部隊から情報がありやしたね。胸のでかいドリアードがいたとか」
獣人の兵士がポンと手を叩く。
「おいっ、騎士団の姿はあったか?」
「いいえ。遠目からは誰もいないように見えやした」
「…………うーん」
ガトラ百人長はうなるような声を出した。
「金獅子騎士団の別働隊はどこにいるんだ?」
「もしかして、リシウス城を攻めようとしてるんじゃ?」
「バカな。たかが二千程度の別働隊でリシウス城が落とせるものか」
「じゃあ、他にも別働隊がいるんじゃ…………」
「それも考えにくいなぁ。そんな戦力があるのなら、ナグチ将軍のいる砦を狙ったほうがいい」
白く尖った牙をカチリと鳴らし、ガトラ百人長は灰色の毛をかく。
「まあ、いいか。さっさと氷室彼方を殺して、ウロナ村の戦いに戻るぞ」
「それは無理だと思いますぜ」
「んっ? どうしてだ?」
「俺たちが戻る前に、ナグチ将軍がウロナ村を落としてますよ」
その言葉に、周囲にいた兵士たちが笑い出した。
「違いない。うちの師団長も気合入ってたしな」
「そりゃあ、ヨム国の奴らが気の毒だ。カルミーラ師団長は容赦ないからな」
「あーっ、怖い怖い」
「さあ、お喋りは終わりだ」
ガトラ百人長がパチンと指を鳴らした。
「足を動かせ。二時間でキルハ城まで行くぞ」
獣人の兵士たちは、細い山道を進み始めた。
◇
巨大な月が浮かぶ深夜、ガトラ百人長は鋭い視線をキルハ城に向けていた。
獣人の兵士がガトラ百人長に駆け寄った。
「イバラの除去が終わりやした。細い道ですが、これで城門まで行けますぜ」
「…………時間がかかったな」
「猫が遊んだ毛糸玉のように、イバラがからまってたんです。トゲも硬いし、炎の呪文で焼くのも時間がかかっちまって」
「まあ、いい。城の様子はどうだ?」
「やっぱり、騎士団がいる気配はないっすね」
獣人の兵士が、ちらりとキルハ城を見る。
「もしかして、誰もいないんじゃ?」
「それはないな。わざわざ、氷室彼方はキルハ城を取り戻したんだ。少なくとも、奴だけはいるはずだ」
ガトラ百人長は手の甲まで生えた両手のこぶしを握り締める。
――氷室彼方はFランクの冒険者だが、Sランクの実力があるらしい。一対一で戦ったら、俺は負けるだろう。
――だが、百人で攻めるのなら、俺たちが勝つ。奴がドラゴンを召喚したとしても、そんなものは無視して、本人を狙えばいいだけだ。
「ポルチ十人長、シエロ十人長、シーバ十人長。お前たちの部隊でキルハ城に潜入しろ」
「氷室彼方は殺していいんですか?」
ポルチ十人長の質問にガトラ百人長がうなずく。
「お前たちだけで殺せるようならな。ただ、注意しろよ。氷室彼方は異界人で、見たことのない呪文も使うようだ」
「安心してください」
シーバ十人長が尖った牙を見せて笑う。
「俺の部下たちは全員毒つきの武器を持ってます。傷ひとつでもつければ、それで氷室彼方は終わりですから」
「…………いいか。たとえ、氷室彼方がひとりだったとしても容赦はするな。ティルキル様以上の化け物だと思え」
「化け物ですか? えらく氷室彼方を警戒してますね?」
「嫌な予感がするんだ」
ガトラ百人長は逆立った腕の毛を撫でた。
「ここまできても、金獅子騎士団の姿がないのがな」
「それのどこが問題なんです? いないのなら有り難いことじゃないですか?」
「よく考えてみろ。氷室彼方がリシウス城に潜入した時も、金獅子騎士団の姿はなかった。キルハ城を奪還された時もそうだ」
「え…………ええ。それは知ってますが」
「ってことは、金獅子騎士団の別働隊など、最初からいないんじゃないか?」
「いないって…………」
シーバ十人長の顔が強張った。
「そうだ。もし、氷室彼方が、ずっとひとりで行動してたとしたら、とんでもないことだぞ」
「とんでもない?」
シエロ十人長が首をかしげる。
「わからないのか? 氷室彼方ひとりで第九師団のギジェル千人長の部隊とティルキル様たちを全滅させたかもしれないってことだ」
「あ…………」
シエロ十人長がぱかりと口を開いた。
「…………いっ、いやいや。そんなことあるわけないですよ。仮に氷室彼方がSランクの冒険者だとしても不可能です。ティルキル様だけじゃなく、同じSランクのイゴール様とメルーサ様もいたんですから」
「そう思うか?」
「もちろんです。金獅子騎士団がいないのはウロナ村にいる本隊と合流したからでは?」
「ティルキル様たちを倒した後にか?」
「ええ。そっちのほうがありえますって。ウロナ村に戦力を集中したほうがいいでしょうから」
「たしかにそうだな」
ガトラ百人長は大きく首を縦に動かした。
「俺の考えすぎか…………」
「まあ、それぐらい警戒しておいたほうがいいかもしれません。氷室彼方が強いのは間違いないんですから」
シエロ十人長の言葉に周囲にいた兵士たちの表情が引き締まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます